『陰を追う犬』
深夜の公衆トイレ。
男は、ある“裏切り者”を始末した。
男の職業は殺し屋で、依頼を受けては人を消し、その報酬で生計を立てていた。
しかし、男はそろそろ潮時かと思案する。
特に今回は苦戦した。
殺し屋にあるまじき感情。
公私混同。
おかげでビョーキの方も悪化しそうだ。
足元を数百匹の蟻が這いずり回る。
その蟻どもがよじ登ってきて、男の身体を食い尽くそうとする。
男は耐えられなくなって、走って、闇の彼方に身を投げ込む。
そうして家の近くまで来た路地裏で、ある一匹の野良犬とすれ違った。
通り過ぎ、角を折れようとした刹那、老人の声が男を呼び止めた。
「おい」
男は振り返り、人影を確認するが、誰もいない。
夜はまだ深く、先ほどの犬がこちらを見ているだけ。
気のせいかと思い、踵を返す。
「だからおい」
もう一度呼び止められ、もう一度振り返る。
変わらず、路地裏は闇に包まれている。
犬が、喋った……?
男は犬と目を合わせる。
「何か食い物はあるか」
犬の目は血走り、老人の声で口を開いた。
「他をあたれ」
「お前しかいない」
「知るか」
冷たく見捨て、その場を去ろうとするが、足は重い。
ガハッ、ビタタッ……。
妙な音がし、後ろ髪を引かれる思いでそこを見ると、犬が吐血し、倒れていた。
するとけたたましく高い音が鳴り響いて、男の耳をつん裂いた。
あああああっ……!
耳を押さえ、その場にうずくまり、凄い圧力に屈し、目を瞑る。
パッと目を開けると、男は自宅の寝床にいた。
夢?
男は最悪な気分で起き上がり、いつもの身支度をする。
忘れ物はないか。
火元は消えているか。
戸締りはちゃんとしたか。
何度も、何度も、何度も点検をし、それが無駄だとわかっていても、さらに確認を重ねた。
そうしてようやく家を離れ、路地裏を通る。
「おい」
男は耳を疑った。
怯えと、諦めと、同時に、迎えが来た安心感で、コウフクを得ていた。




