3、視線
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稲高は大自然に囲まれた地獄……秘密の花園のような所で、春の花が咲き乱れていた。春の麗らかな陽気とは裏腹に、私の気分は憂鬱だった。
それでも、親の反対を押しきって入学した高校。ろくに調べもしないで入学した手前、退学して家に帰る事だけはできない。
それに、寮暮らしも慣れて来た。寮のご飯は美味しくて、寮母さんも先輩達もいい人ばかり。あまりに快適で寮に入ってから1週間、今まで一度も眠れないなんて事は無かった。
そんな私が……昨日は一睡もできなかった。
「一葉、おはよ~!」
「おはよ……」
友達の笑顔が眩しい!私に声をかけて来たのは、地元出身の天然系女子、未来ちゃんだった。
「大丈夫?」
「ちょっと……寝不足で……」
今日の私は快く挨拶のできる状態じゃなかった。
「何?そんなに面白い動画でもあった?」
「あ、そうか。動画でも見て気を紛らわしたら良かったんだ……」
「え?どうしたの?家で何かあった?あ、一葉は家じゃなくて寮だよね?」
未来ちゃんは私の検索画面を見て、少し驚いた。
それは……
『人の目が気にならなくなる方法』
「一葉もしかして、あがり症?今日何か発表あったっけ?」
「違うの……実は……」
私は昨日、寮であった事を未来ちゃんに話した。
自分は比較的神経が図太い方だと思っていた。全然神経質じゃないし、ある程度の事なら許容できると思っていた。
だけど…………だけど…………
ずっと窓から誰かに見られてると、その視線に気の休まる時間が無い!!
昨日の夕方、カーテンを閉めようとベランダのある窓の前に立った。ふと、気がつくと、目の前に坊主頭の見知らぬ男子がいた。
「ひぃいっ!先輩!ひ、人が!人がベランダにいます!」
思わずルームメイトの先輩を呼んだ。先輩は、3年生の早坂 美奈恵先輩。美奈惠さんは女子の寮長も努めていて、とても頼りになる先輩だった。
窓辺に佇む、無表情な坊主頭を見て思った。
え?何?これ幽霊?私、幽霊見えちゃってる?
「あーそれ、井出ね」
「イデ?」
「3年C組の井出」
3年?先輩?はぁ?!人間!?私はガラス越しに話しかけてみた。
「あの……何かご用ですか?」
「………………」
え?無視?ずっと無視?
「あ~井出に話かけても無駄。いいのいいの!気にしないで。こいつ一晩中そこにいるけど、何もしないから」
「…………は?」
「撮影もしないし、話もしない。こいつ、見てるだけで本当に何もしないから」
いやいやいやいや!!何もしないから放置っておかしいでしょ!?
「いや~流石に私達も1年の時は騒いだんだけどね、何度注意しても時々来るんだよね~。もうこっちも騒ぐのも疲れちゃって。見られるだけで何も害が無いから放っておいてるの」
見られる方が根負け!?そんな事ある!?
「ま、慣れるまでは大変だろうけど、井出の事は網戸に止まってる虫だと思って放置していいから」
な、慣れる!?この状況に慣れた先輩って一体何者!?
私は平然を保つようにした。なるべく落ち着いて……落ち着いて……ふと、気になって窓を見ると……
ぎゃーーーー!!目が合う!怖い!怖すぎる!
それは、ベッドに入ってからも続いて…………
その視線から逃れるために、夜中に何度も何度も行きたくもないトイレに行った。もういっそのことトイレで寝ようとも思った。でも、トイレで寝るのはやっぱり体が辛くてベッドに戻った。
私の話を聞いて、未来ちゃんは憐れみの顔でこっちを見ていた。
「その窓から見てる人の視線で、一睡もできなかったって訳ね……なんか、寮って洗濯とか掃除とか全部自分でやらなきゃいけないから大変だな~!とか思ってたけど………………やっぱり……大変だねぇ……」
「違う意味でね?そっちにストレスが溜まって洗濯とか掃除が全然苦じゃないよ」
むしろ部屋にいたくなくて共有スペースにいるから先輩達によく可愛がってもらってる気がする。
稲高は元々女子の入学希望者が少ない上に、寮に住む女子はもっと少なかった。3学年合わせて五人。皆それぞれ家にいられない理由を持つ、ワケありさん達。
ルームメイトの美奈惠さんは、両親と死別。おばあ様と暮らしてたけど、ご高齢で施設へ入ったからという理由で寮を選択したと言っていた。美奈惠さんは立ち振舞いが上品で、おそらく元々はそこそこのお嬢様だったと思われる。だから、人の視線という監視体制に慣れていて、井出先輩がいても平気なんじゃないかと思った。
じゃなきゃ普通慣れる!?あの視線、全然慣れる気がしないんだけど!!
ここは友達は優しい子ばかりだし、クラスメイトもルームメイトもみんないい人達ばかり。授業もほぼ自習。
でも、この学校は何かが惜しい……。




