29、医務室
29
私を簀巻きにした枝本さんは、医務室から自分達の部屋へ連れ戻った。当然、簀巻きにされて戻って来た私を見て野口が驚いていた。
「え?拉致!?新川?医務室に行ったんじゃ……」
「行ったは……行ったんだけど……」
枝本さんは私をベッドに隠すと、部屋を出てどこかへ行ってしまった。
「こっち……野口のベッド……」
「俺のはこっち」
私が枝本さんのだと思っていたベッドは野口のベッドだった。
そりゃ自分のベッドに誰かが寝てたら不審に思うよね……。あの時野口にバレたのは当たり前。自分のベッドに枝本さんが寝たとしてもオカシイ話。
あの後…………
私が全力で大暴れして拒否した結果、あまりに目立つため医務室に一旦戻った。
部屋は妙に静かだった。私は簀巻きのまま埃まみれのベッドに座った。
「辛いか?少し横になれ」
「横に……なる……方が……辛い……」
暴れたせいか、かなり体力が削がれた。今は横になって寝られるほど余裕は無い。
「横になれないのか……」
すると、枝本さんは私の隣に座って自分の肩に私の肩を引いた。
「だったらせめて寄りかかれ」
枝本さんの大きな体に寄りかかり、細い呼吸で精一杯息をした。
あぁ、この状況……私が喘息じゃなきゃ、凄くいい感じなのに……。
枝本さんの胸の音……心地いい。少し落ち着いて来た気がする。発作も慣れると、苦しさの程度がわかって来る。
しばらくそのまま薄暗い部屋で、私の喘鳴と弱まった雨の滴の落ちる音を聞いた。
「何か……気が紛れるように……話……して……ください……」
「なんだその無茶振り」
その無茶振りに驚いていたけど、枝本さんは話始めた。
「正直……こんな事になるとは思わなかった。悪かった」
私はすぐに枝本さんの肩に押しつけていた頭をあげて、横に振った。
「遊びに……夢中で……天気予報……見てなくて……」
気圧の変化でも発作は起こる。その事を忘れていた。だから、春や秋の大気が不安定な時は特に注意が必要だった。さらにはハウスダストのアレルギー。だから埃っぽい所も注意が必要だった。
わかっていてもつい対策を怠ってしまう。そして発作が起こる。やっぱりまだ私にはコントロールが難しいのかもしれない。母に大丈夫だと言い張ったのに、何だか情けなくなった。枝本さんにもこんなに迷惑かけちゃってる……
「ご迷惑……ゴホッ!……おかけして……すみ……」
「迷惑じゃない。は嘘になるか……」
枝本さんは少し困った顔をして、下を向いた。
「俺は今まで殲滅委員会だとかくだらないと思ってた」
今この状況でなんつーカミングアウト!?
「虫嫌いで迷惑がかかっている事は自分でも自覚がある。だから、4Kの中の1つだとバカにされても仕方がないと思っていた」
稲高の4Kは臭い、汚い、キツイ、邦夫がいる。それほど嫌煙されていた。
「でも、お前に迷惑をかけられた事でわかった」
あ、迷惑って言った。めちゃくちゃハッキリ言ったよ。でも、その迷惑は悪い意味じゃなかった。
「お前の発作がいつ起こるかいつも不安になった。だから、お前ら殲滅委員もそんな気持ちでいたのかと考えるようになった」
枝本さんは、殲滅委員ですらバカにされていると思ってたんだ……。
「でも、お前はいつも真剣だった。いつも真面目に俺に向き合おうとした。だから……友達になった」
私が男だから……友達。じゃあもし……女だったら?ふとそんな事を考えてしまった。
「お前が苦しそうにしていたら、何かしてやりたくなる。他人のために何かをしたいと思うのは初めてだ。だから、こうやって何もできない自分がもどかしい」
それは……友達を想う枝本さんの優しい気持ちだった。やっぱり枝本さんは優しい。
私は何も言えなくて、少し頷いた。
「どうすればいい?……俺はこのままお前が苦しむ姿を見続けるしかないのか?」
そんな事を言われると、枝本さんの顔を見るのが辛い。
「喘息の発作で死ぬ場合もあるんだろ?」
もしかして、枝本さんは喘息の事を調べてくれたの?
私はその言葉にゆっくりと頷いた。
「このままここで死ぬか、病院へ行って退学か、少し考えれば……考え無くても答えはわかるだろ」
そんなの、どっちにしたって枝本さんの側にはいられない。そんなの嫌。それなら一晩耐えて生き残る可能性の方に賭ける。
それが結果的に枝本さんに心配をかけるとしても……
枝本さん………………そんな顔しないで……。
その顔を見たら私の胸が痛くなった。苦しくなった。
違う。きっとこれは発作。発作で痛くなった胸。発作で苦しくなった胸。決して枝本さんの顔を見て枝本さんの事を想ったわけじゃない。
女は…………虫と同じなんだから……。
そう、自分に言い聞かせた。
「やっぱり……寮母さんを起こして……迷惑……だけど……部屋の薬を……」
「部屋のどこにあるんだ?」
「椅子の上の……鞄……」
学校に持って行く物はいつも椅子の上に置いていた。その鞄の中に薬があるはず。
その言葉を聞くと、枝本さんはすぐに私を抱えて医務室を出て行った。




