21、見られたく無いもの
21
気まずい。
何だか枝本さんの顔を見るのが恥ずかしくて、朝の挨拶が控えめになった。
「枝本さん……お、おはようございます……」
害虫殲滅委員会の仕事もだいぶ慣れて来て、何故か私のシフトが妙に多くなった。そりゃ他の人は他にスポーツをやってたり受験だったりで、私ほど暇じゃない。だから完全に押しつけられている。
「また新川か?」
「すみません。あの、私じゃ嫌ですか?」
「別に。誰が来ても同じだ」
そう言って枝本さんは生徒会会議室で1人で勉強を始めた。
「ちゃんと自習するなら、教室でやりません?」
そうすれば単位がギリギリなんて事にはならない。そのためにはやっぱり虫嫌いを克服しなければ……もし虫が出たら他の人に迷惑がかかる。おそらく生徒会会議室で1人でいるのは、クラスメイトに迷惑がかかるから。
珍しく枝本さんが「そうだな」と言って教室へ向かった。
「新川はGWは家に帰るのか?」
「はい……1日だけ帰る事になりました」
いよいよGW1週間前になり「GWの予定は?」と寮母さんに訊かれた。寮暮らしのワケアリさん達は当然のように誰も帰らなかった。本来長期休みの場合、寮も閉鎖とかもあり得る。だけど、ここは稲高。アスリート候補の男子は、盆も正月も無く練習に励む。でも男子と違って女子は残る理由は無い。
寮母さんが住み込みで働いているので、変わらず寮にいていいと言ってくれていた。
それでも、1年目の私は一度顔を見せに帰った方がいいと薦められて……仕方なく1日だけ実家に帰る事にした。
「枝本さんはGWどうするんですか?」
「別に?このまま寮にいる」
そっか。それ以上はまだ訊けなかった。
「はぁ……」
私がため息をつくと、その様子を見た枝本さんが訊いてきた。
「どうした?新川は家に帰るのが嫌なのか?」
そっち?そっちのため息じゃないけど……
「少し……嫌です。でも、喘息の薬も少なくなって来たので、GWでも開いているかかりつけの病院で診てもらう事にしたんです」
帰りたくは無くても、薬は必要。これから梅雨の季節になれば症状は変わるかもしれない。薬のストックがあった方が何かと安心だと思う。
「それは……大変だな」
「私みたいに子供の時から喘息持ちだと慣れですよ、慣れ。自己管理がまだまだ十分にできないので、またご迷惑をおかけする事もあるかと思いますが……」
「別に。迷惑だとは思って無い。俺にできる事があれば何でも頼ればいい」
何だか枝本さんが頼もしい。頼っていいって言われると、何だか安心する。
枝本さんの隣は安心できる。そう思えるようになってきた。
「うわっ!なんかいる!」
「あ、カメムシ!攻撃すると臭いですよ?」
私は慌てて廊下の端にいたカメムシに殺虫剤をふりかけた。
「うわぁあああ!」
「枝本さん落ち着いてください!」
前言撤回。安心はできない。稲高に虫がいる限り、全然安心はできない。
うわ……まずい……
予想以上に殺虫剤を撒きすぎて、煙を少し吸ってしまった。最近、発作は無かったのに……
みるみるうちに息が苦しくなって、喘鳴が聞こえて来た。
「大丈夫か?新川」
「薬……」
慌てて鞄の中を探しても、薬は中には見当たらなかった。そういえば……ロッカーに起きっぱなしだった。
でも、せっかく枝本さんが教室に行こうとしてる。ここで 私が足を引っ張っちゃいけない。
「大丈夫です……教室……行きましょう。今行けば……2限……間に合います」
息が切れて、話すのが苦しい。
「どこに薬がある?」
「いえ……枝本さんに……これ以上ご迷惑を……おかけ……」
「だから迷惑だと思ってねぇって言ってんだろ!!」
枝本さんの突然の大きな声に驚いた。
驚いて、何故か涙が出た。
「私……私……」
胸が苦しい。
「新川……?悪い……。薬はどこだ?言え!寮か?教室か?」
「…………ロッカー」
私のその言葉を聞いた瞬間、枝本さんは私を抱えて1年のロッカーのある廊下まで走った。
枝本さんは私からロッカーの鍵を奪うと、すぐにロッカーを開けて薬を探した。目の前のポーチに全然気がつかなかったから、思わず「ポーチ……」と言ってしまった。そのかすかな言葉を枝本さんは聞き逃さなかった。
「これか!」
枝本さんは私にそのポーチを渡してくれた。
薬……
と思ってポーチを開けた瞬間、枝本さんには見られたく無いものが入っていた。これはまずい。私はすぐに薬だけを出して、ポーチを後ろに隠した。
「?今何を隠した?」
「いえ!薬、ありがとうございます!」
私は枝本さんの目の前で薬を吸った。この薬は即効性があるけど、副作用が出る。今度もやっぱり心臓がドキドキした。そして手が震えて、ポーチを落としてしまった。すると、すぐにそのポーチを枝本さんが拾おうとした。
「待って!!」
私は思わず枝本さんを止めてしまった。
もう、どう思われてもいい。とにかくこれだけは本当に枝本さんに見られたく無い。そう思って自分でポーチを拾ってすぐにポーチだけロッカーにしまった。
「はぁ……はぁ……」
震えた手で、鍵をしっかりと閉めた。これで枝本さんに見られる事も無い。やっぱり薬が効くまで息が切れる。
「新川……お前、あの袋に何を隠しているんだ?」
ひぃいいいいい!!枝本さんが突っ込んできた!!
いや、これだけは絶対に無理!絶対に答えられない!




