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ゲーム実況に縛りプレイを求めるのはお前(妹)だけだ。  作者: 白姫真夜
1話「俺達だからこそ」
9/11

1話【両親と友達との朝】3/5

「...ああ。いいけど」


 俺はそう言い残すと、電話を切った。モーングコールを頼んだ覚えは無いが...まあ。断る義理もあるまい。数少ない友達を大事に出来ないのであれば、それはもう人間不信だというものだ。

 半分開きかけたカーテンに手を伸ばし、朝の日差しを体に注ぎ込ませる。っと目がいてえ...。朝の快感とは程遠い嫌悪感を目を通して体の中に取り込ませながら、俺は背中をぼりぼりと掻く。


 今日も一日が始まる。


 学校への支度を済ませ、階段を通して一階に下りる。リビングでは既に現母と父がいて、朝食を取っている。二人の目が俺に向く。


「おはようございます」

「あらー。おはようゆあちゃん」

「...おはよう」


 両親、両者正反対な性格だ。

 母の詩張請美しばりうけみさんは朗らかで優しい性格だ。何に大しても動じず、大概のイレギュラーな事件も、「あらー」とか、「まあ」とかの軽い口調で対応してくる。俺の事をゆあちゃんと呼び、少しでも俺に気を使わせない様に、自由に振る舞ってくれている。くくるの事を誰よりも心配しているが、無理して傷つけるのは可哀想と、くくるの主観性に委ねて、また学校にへと向かう日を楽しみにしている。

 父の詩張誠二しばりせいじさんは、対照的に冷静で、無表情。落ち着きのある所は請美さんと似た部分であるが、人一倍に社会性だとか、世間体などを気にしている為、引きこもりであるくくるには逸早く復帰してもらい、学校に行って貰いたいらしい。


 二人共、俺の大切な両親だ。勿論こんな俺を引き取ってくれた事も、家族同等に愛してくれている事にも感謝している。だけど...。


「...おはようございます。請美さん。誠二さん」


 俺は一年経った今でも、父さんや、母さんとは言えずにいた。


 勿論この人達を嫌いな訳が無い。だけどうまく言えないが、この二人と、あの人達を同じ様に見るのは気が引ける気がした。それともまだ俺はこの家を引目に見てしまっているのだろうか。どちらにせよ個人的には深刻な問題である。名前呼びからの切り替え時を見失ってしまったのがあまりにも大きい。俺が突然名前から、母さんや父さんと呼んでみろ...。当然二人共己の耳を疑う事だろう。もしかしたら「...生意気な餓鬼だ」なんて思われないだろうか。

 まあ当然思わないだろうな。この人達は。むしろ待ちわびている筈だ。きっとこの二人は、俺がそう呼んでくれる日を心待ちにしてくれている。だけど俺には、どうしても踏み出す勇気が無かった。だからいつまでも敬語で話してしまうのだ。一番問題が無い方法を探り、今の平凡が変わる事を恐れているから。


 つまり、俺はまだ俺なんだという事を思い知らされている。


 俺がいつもの席に腰を下ろすと、請美さんが湯煎して暖めた牛乳を俺に差し出す。この人曰く、朝はホットの牛乳を飲んでおけば、健康でむきむきでのびのびになれるらしい。...むきむき...?...のびのび...。俺はふと頭にくくるの姿を思い浮かべる。まあ、まだ中学二年生だし、色々とまあこれからだろう。それだとしてもあの小動物みたいな身長はいかがなものだろうと思うが。


「ゆあちゃん朝は何食べる?ご飯ー?それともパンー?」


 この話の流れは...。まあ、まさかな。と俺は頂いた牛乳を啜る。


「それとも...く・く・る?」

「...ぶっ!!!」


 予想外な名前が上がった所で俺は牛乳を毒きりの要領でまき散らす。そう来たか...。完全に油断した。むせ込んでいる俺に満足げな請美さんを横目に、誠二さんは黙ってみそ汁を啜っている。

 幸いにもホットだった為、あまり口には牛乳を含んでいない。せっせと台拭きで机を磨く。


「...娘を差し出さないでください。本気にしたらどうするんですか」


 勿論冗談だが、こういうのは家族団欒(一人除く)の場で気軽に口に出していい話題ではない。と、俺は思っている。紛いなりにも、実現可能な話だ。慎むべし。慎むべし。


「まあ。でもゆあちゃんはそんな悪い事をしないって知ってるから。もしそんな事になっても、大切にしてくれるって信じているわ。ねえ?あなた」

「...馬鹿な話だ。本当にそんな事になって周りの目が冷たくなったらどうする。言動には気をつける事だな」

 

 安パイなお返事です。というより誠二さんらしい解答だ。請美さんは手をあらまあの形にすると、上品に笑う。


「おほほ。やだあ。本気にしちゃって。詩張ジョークじゃない」

「...くだらない冗談に俺を巻き込むな。夕空も迷惑しているだろ」

「ええ?そうなの?ゆあちゃん」

「え!?...ああいやまあ...どうなんでしょうか」


 急に俺に振るものだからうまく対応出来ない。臨機応変。唐突な振りは俺の苦手分野だ。困っている俺に助け舟を出す様に、誠二さんはそう言えば。と話を切り出した。


「...そう言えば。くくるの様子はどうだ?」


 助け舟...?なのか...?これ...?もしかしたら俺は思った以上の泥舟に乗らされたかもしれない。

 まあ、さっきの微妙な話題よりはましだろう。とまあなんら正当性の無い理由を頭の中で作り上げると、俺はこほんと咳払いする。そして誠二さんの質問に答えた。


「...ここ一年一緒にいましたが、特に変わりはありません。至っていつも通りのくくるな感じがします。初めて会った頃と比べれば、それはまあ大分会話が円滑に進む様にはなった気がしますが」


 誠二さんは、ふうんと声を漏らすと、顎に手を添える。


「...普通か...。あの子にとっての普通は大抵他の人からみたら普通ではないものだ。だからあくまでお前の主観を聞きたい。どうだ?」


 俺の主観か...。まあ確かに、一般人代表みたいなもんだもんな俺って。だが、俺の答えは変わらない。


「...俺の主観であってもです。それに誠二さんでも、請美さんでも、今のくくるの姿を見たら、部屋に引き蘢り始めた時の様子となんら変わりないと思う筈です。俺はただあいつと一緒にいてゲームをしているだけなので、それでくくるが突然学校に行きたい。だとか、引きこもりを卒業する。だとかは言い出すとは思えません」


 くくるは、朝食や昼食や夕食も。家族で囲んで食べる事はしない。時間になったら部屋の前に置いて、くくるがこっそりそれを持ち去り、食べた後はまた部屋の前に出す。その繰り返しだ。お風呂やトイレなどの必要な事は、深夜に静まった頃を見計らってか、共働きな二人が家から出た頃を見て済ませている。極力二人の事を避けているくくるの事を知らないのは、無理も無い話だ。くくるがそうさせているのだから。だから二人からの質問には時折こうして答えている。親からの注文なども、俺を通してくくるの元にへと伝わっている。言わば俺は詩張家の伝書鳩みたいなものだ。


「...絶対に行かない...。くくるがそう言ったのか?」

「...いや...くくるとはそういう話はしません...。あくまでそう思っているんだろうなと、俺の主観での話です」

「そうか。なら一度話をして欲しい。学校に行きたくないのか。もう家に引き蘢る事はやめないのか。それを聞いて欲しい」

「...そうですか」


 嫌です。と、はっきりと言いたかった。今のくくるにそれを聞くのは余りにも酷だ。例えそれが、誠二さんが二年間も待った結果であろうと。それでもくくるにとっては、たったの二年間での筈だ。体に出来る目に見える傷よりも、目に見えない心の傷が厄介な部分は、そういう本人と他者との価値観に違いがあるからなのだろう。

 とにかく今のくくるにそういう話をするべきではない。あいつの口から言う日を待ちましょう。とは...


「...また、聞いてみます」

「頼んだ」


 ...言えず。この会話で、俺はなんとも無力なのだろうか。と思い知らされるはめになった。


「...請美。お前から聞きたい事は何かないのか?」

「...うーん。そうねえ」


 請美さんはわざとらしく考えるポーズをする。なんか彫刻になりそうなくらいには決まっている。飾ってしまいたいくらいだ。


「...くーちゃんは元気なのかしら?」


 くーちゃんって。いつもながらインパクトのある略称だ。


「...まあ、元気ではあると思います。うきうきしながらゲームしてますし」

「...うきうき?うきうきしているの?」

「はい。勿論顔には出しませんが、行動で、まあなんとなくは」

「そう...」


 些細にも程がある質問に、俺は淡々と答えると、請美さんはにこりと微笑んで牛乳に手を添えた。


「...ならいいわ。くーちゃんの幸せが一番。暫く面倒かけると思うけれど、これからも宜しくね。ゆあちゃん」

「...?はい...」


 意味ありげに聞こえる会話にも思えるが。恐らく意味なんて無いのだろう。

 さて、こんなものでいいのだろうか。それ以降は二人から話が上がる事はなく、静かな朝食が続いた。俺は腕時計を見ると、椅子に置いてあった鞄を持って椅子から立ち上がる。


「...あら。ゆあちゃん早いわね。いつもはもっとゆっくりしているのに」

「今朝はちょっと用事があるんです。ごちそうさまでした」

「いえいえーお粗末様でしたー。気をつけてねー」


 とまあこんなやり取りがあった。なんというか家に居ると常時面接会場気分で、どうものびのびとはいられない。正直に言って学校の方がまだ落ち着けるというのはなんという皮肉だろうか。

 それでも、俺はあの人達が本当に大好きなのだと。それだけは曲げずに自信満々に言ってやりたい。...本人の前では言えないが。


 さて、「まあいいけど」で終わった電話の真意が気になって仕方が無い方の為に時間を進めよう。

 まず結果から言うと、朝に俺と電話をしていたのは友人の小春日和だ。さて、俺の優雅な朝を邪魔してくれた御礼。どうして差し上げようか。舞台は家から学校に向かい、下駄箱をくぐり抜けてそこから階段を上がった所での事だ。


「あ、おーい夕空くん。こっちこっちー!」


 教室に入る前に寄った音楽室の前に立寄ると、予定通りそこには日和がいた。腕時計で時間を確認する。いつもよりも三十分も登校時間が早い。...なのにこいつときたら。日和は無駄に余る胸を弾ませながら、ぴょんぴょん跳ねて俺のに手を振る。元気いいなこいつ。


「いやあ!ごめんね急に呼び出して」

「...別にいいけど。それよりもこんな朝から俺を呼んで周りから勘違いされたらどうする」


 小春は首を傾げ、へー?とまぬけな声を上げる。


「...勘違いって...。あ!確かに!」

「そうだろ?知らない人からしたら、この光景を見て俺達がつきあって...」

「夕空くんはもしかして合唱部に入るんじゃないかって!そんな勘違いされたら面倒だもんね!場所がいけなかった。うん」

「...ん?」

「ん...?」

 

 両者、顔を見合う。黒く、肩にまで下ろしたセミロング。性格に反して清純な顔立ち。...いやそんな確認をしてどうする。意見の食い違いというか、捉え方の違い。まあ男女間で起こりうる想定内な事態だが、邪な思考を働かせていた俺に対し、少しもの恥ずかしさを感じた。


「...ああ。もしかして夕空くん。勘違いって...え!?」

「...なんでもない!で、話ってなんだ?」


 一瞬顔を赤らめ、周りをきょろきょろし始めた日和を呼び覚ます。相変わらず反応がいちいち可愛い。うるさいけど何処か憎めないんだよなこいつ。うちの無表情愛玩小動物も少しはこいつを見習ってほしいものだ。

 ...おっと。なんか今寒気が...。


「あ!ああ!そうだね。ええとね」


 俺が何か望ましくない悪寒に怯えていると、日和は床に置いていた学生鞄から小包を取り出す。それは文庫本くらいに収まった四角い形をしていて、小包には「小春電気」と書かれている。まさか...と、俺は嫌な気を感じた。


「...なあ。これってまさか」

「ゲーム」

「...は?」

「だからゲームだよ。新作の」


 ここは学び舎の園。学習の聖域。だと、思っていたのは俺だけだったのだろうか。俺は小包を手渡され、暫く時間を置いていやいや。と手をひらひらと振る。


「なんでこれ持ってきた?高校生になったとしても、うちの学校ゲームは基本持ってくるの禁止だって知ってるよな?」

「だから、こうして密会して例のブツを手渡したって訳じゃん」

「言い方を変えて余計悪そうに見せるな。大体学校が終わってからでもいいだろ。なんで今俺に渡すんだよ」


 学校に不要なものを持ってきてそれがバレれば、当然教育指導の先生によって咎められ、貴重な午後を反省文で浪費するはめになる。それくらいこいつも馬鹿だろうが分かっている筈だ。「馬鹿」だろうが。なんで俺は今強調した。

 日和は、そんな俺の考えを反するかの如く、ちっちっち。と、細い指を振る。


「あまいなあ夕空くん。そんな危険物を私が持ってて、先生にばれたらどうするのさ。そういうものは手早く私の元からさよならばいばいするのが聡明な判断というものだよ。少年」


 はあ。


「...ほう。つまり俺に責任を押し付けて、お前は何もかもを無かった事にしよう。と、そういう訳だな」

「...頭良いね...。流石は夕空くんだよお!」

「ちょい顔貸せ」

「んー?」


 どうなるかまあ常人には検討は付くだろうが、馬鹿なこいつはいそいそと俺に頭を差し出してくる。俺はその手頃に痛めつけられそうな頭に拳を添えると、勢い良くぐりぐりと圧迫し始める。日和は人間とは思えない奇声を上げる。


「いたたたたたあああ!!いたっ!?えちょま!?すっげええいたいよこれ夕空くん!!???」

「だろうな。痛めつけているのだから」

「そんな冷徹に返されても私の頭が持たないよおおお!!!た!!!タスけてくれええええ!!!!」


 じたばたと抵抗を試みる日和。だが、たまに居るんだよな。痛いと痛いほど体が強張ってうまく抵抗出来なくなる奴が。こいつはどうやらその類いらしい。まあ、そうなればこの拷問を終わらせるも終わらせないも俺のさじ加減になる訳で。このままだと永遠に続ける事になりそうなので、俺はこいつに救済の余地を与える。


「どうしてこうなったか簡潔に答えた上で謝罪の言葉があれば解放してやる」

「まじかああああああああ!!ええ、ええええ!!!?とええとねええ!!!」


 まあ考えている時間くらいは痛みを和らげてやろうと、せめてもの慈悲で圧迫を弱める。うーんうーん。と長考の上で、こいつが導きだした結論は...。


「...夕空くんが...短気だから...?」


 時は凍り付いた。そして動き出す。


「おっし。ならばお望み通り短期決戦にしてやる」

「へ?」


 こんな拷問を他の誰かに見られたら厄介だ。事は早急に済ませるに限る。俺はピンクの悪魔みたく深く息を吸い込み、拳に力を入れると、頭蓋骨の芯に向かって押し込んでいく。そんでもって朝の廊下に再び日和の悲鳴が響き渡るのであった。ちゃんちゃん。


 いや終わらねえよ。


 朝チュンとは違うが、小鳥の愛らしい囀りが聞こえてくる。俺達は満員電車の座席宜しく肩を寄せてへたりと座り込んでいる。



「...はあ。はあ。...凄いよ。夕空くん...激しいんだから」

「...はあ。はあ。うるせえ誰のせいでこうなったと思ってるんだ...」

「...ふう」


 朝の一戦を終えて、ぜえぜえ。と息吐き出しながら廊下の端に寄りかかる二人、まじで何をしているんだこいつら。と冷静になって見ればそう思う。日和は、柔らかく微笑むと、俺に顔を向けた。


「でも、なんか青春してるね」


 と、...シチュエーションも邪魔してか、なんかせこい。


「...まあ、そうかもな」


 たまにある。何気ないこの一言に、不覚ながらこいつにときめいてしまうのだ。もやもやを断ち切ろうと、俺は窓を開ける。全開まで開けると、淵に腕を置いた。なんとも風が心地いい。吹き出た汗を撫でる様にして流れ込んでくる。

 山に囲まれたこの街にも、次第に大きな店が立ち並んできた。大通りも、歩道の整備が始まっている。街灯がついて、レンガのおしゃれな道に舗装されて、ここも時期に都会になっていくのだろうか。時間の流れを感じていく。


「...お前さ。なんでゲームなんか渡す訳?」

「...んー?」

「なんか気になったから」


 実はこうしてこいつからゲームを託されるのは今回が初めてじゃない。時折こうして小包に入れられてゲームを渡されると、感想を求めてくる。学校で渡されたのは今回が初めてだった為動揺したが。こいつからのゲームのプレゼントはもはや恒例行事にまで成りつつある。

 日和は天井を見上げると、口を開く。


「...んー?まあ、幾つか理由はあるんだけどさ。...色々と省いて。略してしまって言うのなら、私の家が電気屋でその娘だからっていう説明じゃ不足かい?」


 俺は即答する。


「不足だ。そんな事はとうの昔に知っている。大体お前と会った場所がその小春電気だったしな。...それでも俺に渡す義理は無いだろ。確かにゲームが好きだって言ったのは俺の方だし、始めも喜んで受け取っていたけどさ」


 当然始めの方も何事!?と思ってはいたが、数を重ねて行くに連れて、こいつのゲームプレゼントに何かしらの意味がある様な気がした。だから俺はこの時、丁度いいと思い聞き出す事にしたのだ。


「...何か、俺に頼みたい事でもあるのか?」

「そんな疾しい理由があるなら、はっきりそう言うよ。変に夕空くんには迷惑かけられないしね」

「よく言うよ。こんな危ない危険物を俺に押し付けておいて」


 俺は小包をひらひらとさせる。日和は笑った。 


「...私からのプレゼント。夕空君は嬉しい?」

「ん?まあ、貰えるものは貰っておかないとな。相手にも悪いし」

「ふーん。そういう意地悪言うんだ。夕空くんって」

「お互いにな」

「えへへ」

「てかなんだよその勘違いにも及びそうな聞き方。まるでお前がバレンタインデーのチョコを渡して感想を求めてくる、年頃な恋に走る乙女みたいだぞ」

「...」


 おや...。反応が帰らない。なんだ...?俺は奇妙な違和感を覚え、しゃがみ込んでいるこいつの顔を覗く。


「...日和?おーい」

「...や!?な!なななんだね!」


 まるで道ばたで見かけた金剛力士像を三度見するかの様な慌てぶりで俺から距離を置く。何故か日和の顔は、真っ赤だった。確かこういう話、日和苦手なんだったっけ。たまにこういう恋愛絡みの振りをすると、拒否反応みたいに過剰に顔を赤らめたりするし。悪い事したな。


「...なんでもない。忘れろ」


 俺は多少反省の姿を見せると、また何気なく景色を眺め始めた。その時に風に流されて聞こえてきた。日和の言葉。


「...忘れないと、駄目ですか?」


 日和の声がいつにも増して落ち着いている。正直、俺が聞いた事のない日和の声だった。てか...何故に敬語?俺とは親しげにやってきただろう。どうしたのかは分からないが、事の重大さを理解し俺は真剣に答える事にした。


「...別に、無理に忘れろとは言わないさ。ただお前が気に病む様な話の振り方だったら可哀想だなって思っただけだ。悪い事したなら謝るよ」

「...そっか」

「誰しも嫌な事はあるだろうし、やりたくない事も。聞きたくない事もあるだろうさ。だから俺は強要なんかしないよ」


 俺は何故かこの言葉をくくると重ね合わせていた。朝の誠二さんとの会話。俺もこうして、しっかりと自分の意見を言える様にはなりたいが、まだ時間がかかるだろうな。

 小春は俯くと、小さく、今にも消えそうな声で呟く。


「...やっぱり。変わらないんだね。あの頃から」


 ...やっぱ...。か.....ら....


「...ん?なんだって?」


 やっぱり辺りで途切れてしまい、俺の鼓膜には届かない。なんて言ったのか真相は分からないまま、日和は「なんでもない」と笑うと、この話を終える。


「そろそろ皆がくる頃だから。夕空くんはとんずらした方がいいんじゃないかな。本当に合唱部の仲間入りしちゃったら大変だよ?妹ちゃんの事だってあるんだから」

「...それもそうだな。まあ、とにかくゲームありがとう。ちゃんと隠し通して、くくると一緒にでもやらせてもらうよ」

「...うん。また教室でね!」


手元の時計は七時四十分を示している。部活動に励む青春組によって次第に人が賑わい始める頃だ。


「...あ。そう言えば」


 俺はすっかりと日和からどうしてゲームを渡すかの理由を聞き逃してしまった。あの奇妙な反応も含めて、これも全てあいつの計画通りだとしたらどうしたものか。俺の周りの人間は皆策士になってしまう。恐ろしや恐ろしや。

 だけど、俺にはそれを探る余地はない。策士に勝る人間はこの世でたった一種類。策士だけしか知恵競べを働かせられない。だけどご存知の通り俺にそんな力はない。もしそんな力が俺にあったとしても、


 「策士策に溺れる」とはこういう事だ。という手本にしかならないだろう。


 俺は小包を学生鞄に詰め込むと、欠伸をして教室にへと向かった。

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