表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/171

誘拐事件 10 五月五日 月曜日

 目が覚めるとそこは倉庫だった。

 左右にコンテナが綺麗に積まれ、奥には搬入口と思われる大きなシャッターがある。このシャッターは完全に下りており、倉庫内は薄暗い。今が朝か昼かはわからないけれど、天井にある細長い窓から日が差しているので日中なのは間違いなかった。どうしてこんな場所で寝ていたのだろうか。というか両手両足を縛られ、床に放置されている。


 ……昨日はワタさんの所に行って、帰りに朝見刑事に会い、晩ご飯を奢ってもらった。そして一人で自転車を押しながら暗い夜道を歩き、神森さんの所へ帰った。いや、帰っている最中に後ろから強い衝撃を受けた。……何者かに襲われた。ということは、僕はその何者かにこの倉庫まで運ばれてきたということらしい。


 拉致、そして監禁。

 僕はこの状況を経験している。経験したことがあることを知っている。


 七年前の夏、河部市内の複数の児童が一斉に行方不明になる事件が発生した。

通称、河部ハーメルン事件。ハーメルンの笛吹き男の逸話からそう呼ばれるようになったこの事件の被害者は二十名以上にも及んだらしい。犯人グループは子供達を一斉に拉致し、一カ月以上も監禁し、そのうちの何人かを殺した。

 当時小学四年生だった或江米太あるえこめたもその中の一人だった。そして、僕が救出された時には全ての記憶と感情を失くしていた。

 ちなみに犯人グループは子供達の救出と同時に捕まり、その全員が獄中で命を絶ったらしい。犯行の動機や方法は全て闇に葬られたのであった。


 事件から七年経った今も僕の記憶は戻らないままである。感情も失くしたままである。だから、僕はわからなくなってからの世界しか知らない。

 気が付けば分らず屋の僕だったのだ。


 そして、この事件を境に、姉は格闘技を習い始めた。両親や病院の先生は僕を元に戻そうと、感情がある状態に戻そうと努力した。写真やビデオ、映画などを見せて、感情が芽生えるように刺激を与え続けた。けれど、僕は変わらなかった。


 そんな頃、僕は一人の女の子と出会った。その子が誰だったのかはわからない。あれが夢の続きだったのか、現実だったのか確信が持てないくらいにあやふやである。ただ、わからない自分でもいいと思えたことは確かである。

 そのことを僕は姉に伝えた。すると姉は僕を元に戻すのではなく、普通に生活が送れるように感情があるように振る舞う方法を考え、教えてくれるようになった。習い始めた格闘技や外の生活のことも教えてくれた。つまり、感情を頭で理解しているだけの今の僕は、姉の努力の賜物だ。姉のおかげで僕は普通のフリをして、普通になる努力をする高校生をやっている。

 ちなみに、僕は七年前の事件について詳しいことを聞いていないし、調べてもいない。被害者としてではなく、一般人として噂に聞いたことがある程度である。僕が僕である前のことだ。知っていても過去は変わらないし、知ったところで今の僕であることは変わらない。知っていても知らなくても同じである。


 過去の話はこのくらいにして、どうして僕は再びこのような状況におかれているのだろうか。どうして拉致され、監禁されなければならないのだろうか。さっぱりわからない。


「目、覚めたんっすね。おはようっす」


 声がした方を見ると、赤い女の人が僕を見下ろしていた。いかにも不良で暴走族です、と言わんばかりの真っ赤な特攻服姿だ。腰辺りまである異常に長い髪も毛先まで真っ赤に染められている。この人が僕を連れ去り、ここに閉じ込めているのだろうか。けれど僕はこんな赤い人は知らない。こんな真っ赤な知り合いはいない。赤の他人である。


「あなたは誰ですか?」


「あっしはベニっす」


 真っ赤なお姉さんはにこっと笑う。案外素直に教えてくれたと思ったら、明らかに偽名だった。その真っ赤な姿から付けられたあだ名か何かなのだろう。


「ベニさん、ここはどこですか?」


大輪おおわ港の倉庫っす」


 大輪とは僕が住んでいる河部市から遠く離れた県内でも有数の港街だ。昔から交易が盛んで、多くの倉庫が立ち並んでいることで有名な所だ。


「どうして僕は倉庫にいるんでしょうか?」


「それはあの野郎がここまで連れてきたからっすよ。あ、お姉様に報告しないといけないっすね」


 そう言ってベニさんは特攻服のポケットからケータイ(これも赤い)を取り出して誰かに電話をかける。


「お姉様、或江米太が目を覚ましたっす」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ