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恋桜事件 16 四月十三日 日曜日

 土曜日は大変でした。嫌がるワタさんを何度も説得して、無理やり駅前まで連れて行った。マリーさんとの約束である『一年間よろしく会』に参加するためである。結構な人数が参加したその会はカラオケに始まりボーリング、ゲームセンターをはしごするハードなものだった。そういった集まりに参加したことがなかった僕は終盤にはヘトヘトになり、ワタさんはタブレット端末で美少女ゲームをやっていた。マリーさんはワタさんが来てくれたということだけで満足してくれたようなので、ワタさんの振る舞いについては何も言っていなかった。取引は無事に完了したのである。


 今日はそんな疲れた体を引きずって、カサエ町商店街で買い物をしてから、いつもの洋菓子店でアイスとケーキを買って、神森さんのアパートにやってきたのである。けれど疲れているからといって神森さんのお世話に手を抜くことは一切しなかった。

 かねてより計画していた春を感じさせる料理を彼女にふるまい、予定されていた客人を迎えるための準備をした。


 客人は黒い中折れ帽の少女、並木桜さんである。今回のネックレスの一件のお礼を神森さんにもしたいというメッセージが昨日の『一年間よろしく会』の最中に僕の元に届いたので、今日来てもらったというわけである。


 約束通りの時間に訪ねてきた桜さんは、デートしたときと同じ格好だった。そして、お礼の品は桜さんお気に入りの紅茶店オリジナルのハーブティーの詰め合わせ。なんとも桜さんらしいお礼である。

 神森さんは、大抵の客人の前ではクマの山に体を埋めた生首状態で対応する。例外はゆずかちゃんと知り合いの刑事さんくらいで、もちろん今日も生首スタイルである。


 三人でケーキを食べ、ひと段落したところで桜さんはクマ山の生首である神森さんの正面に座り直し、「今回はありがとうございました」といって言って桜さんは神森さんに頭を下げた。

 神森さんは、僕がケーキを食べさせた後からずっと目を閉じている。寝ているのではないのだろうかと思いながらも、僕はクマの山に礼を述べる桜さんを横から眺める。

 神森さんの反応が一切ないので桜さんは諦めたのか、今度は僕に向かって頭を下げる。


「ごめんなさい。騙すような真似しちゃって」


「いえ、探偵だと勘違いしたのは僕の方ですから、頭を上げてください」


 そう言うと桜さんは頭を上げ、口を開く。


「昔、黒の探偵さんに助けられたことがあったんです。そのときの彼女はとても格好良くて、自分で自分のことを名探偵だと名乗っていて、私は素直に憧れました。あの人の様になりたかったんです」


「それで同じ格好をしていたんですね」


「はい、それで格好を真似するだけじゃなく、彼女の様に困っている人の力になろうと思ったんです。そんなとき、親友が片思いしていることを知りました。それで恋愛相談から始めることにしたんです」


 親友というのはもちろん、柏木先輩のことだ。


「ちゃんと恋愛もしたことがない私のアドバイスが正しいものだったかはわからないけど、彼女は片思いの相手と結ばれました。私はとても嬉しかった。誰かの力に、親友の力になれたことが素直に嬉しかったです」


 そう言った彼女は少し俯き、再び話し出す。


「私は少し浮かれてました。その親友の彼氏が悩んでいると知って、彼の相談にものるようになったんです。内容が内容なだけに彼女には秘密にしていました」

 

 神森さんはまだ目を閉じている。本当に寝ているのかもしれない。コンタクトを付けたまま寝るのは危険なので、できればちゃんと桜さんの話を聞いていてほしいのだけれど。

 そんな僕の思いなどつゆ知らず、桜さんは語る。


「そしてあの日、彼女を傷つけてしまった。それから一切連絡をとることができなくて、そのまま春休みが終わってしまいました。始業式の日、会って彼女に本当のことを言おうと、登校したんですけど、もういろんなところに噂が広まっていて、私は教室に入ることができませんでした。帰り道に満開の桜が見えて、なんだかとても悲しくなりました。それで思ったんです。彼女は遠くに行ってしまったんだって」


「そこに僕が現れて、探偵だと勘違いしてしまった」


「その通りです」


「すみません。余計なことをしてしまいました」


「いえいえ、そんなことないです。間違いを訂正しなかった私が悪かったんです。それに、或江君と相談屋さんがいなければ私はずっと一人で泣いて、誰からの連絡も絶っていたと思うので、園田先輩がネックレスを私に返すこともなかったと思います」


 そう言って桜さんは俯く。


「……迂闊だったんです。嫉妬ってよくわかっていなかったです。まさかこんなことになるなんて思っていませんでした」


 こんなこと、というのは柏木先輩との関係や、女子生徒を中心に春休み中に広まった噂や、ネット掲示板への書き込み、そして暴漢に襲われたことだろう。


「それで、あの後はどうでした?」


「なんとか会うことができて、ちゃんと説明することができました。ちゃんと謝ることができました。そしたら親友は泣きじゃくりながらも、わかってくれました。それで、私にも謝ってくれました。……噂の件もできる限り対処してくれるみたいです。園田先輩は、友達からやり直すと言っていました。私も、元の様に戻れるとは思っていません。けれど、学校には明日から行こうと思います」


「噂の件ですけど、そんなに気にしなくても大丈夫だと思いますよ。ネットの方はもう全て削除されたみたいですし」


 首を傾げる桜さん。『どうしてあなたがそんなことを言うの?』という表情である。

 神森さんに頼まれたとはいえ、最後まで面倒を見るのは大変だ。僕はあの後、情報屋であるワタさんに、ネット上の書き込みの削除と噂の打消しを依頼したのだ。所謂、火消しというやつである。おかげで『一年間よろしく会』の後、コンビニでマネーカードを何枚か買うことになってしまった。まあ、そんな些細な苦労まで桜さんに言う必要はない。明日から安心して学校に行ってくれればそれでいい。


「しっとかー。じぇらしーだね」


 突然クマ山から声がしたのでそちらを見ると、神森さんは目を開けて、碧い瞳で桜さんを見つめていた。


「恋をすればわかると思うよ」


「はい」


 神森さんらしくない言葉に桜さんは素直に返事をし、微笑む。

 桜さんはもう大丈夫だろう。いつかきっと、好きな人ができて、前に進むのだろう。

 なんて目の前の光景を眺めていると、


「ってあるたろうが言ってた」


 神森さんはそう言って再び目を閉じ、「ぷるるるるる」と唇を震わせた。

 やっぱり神森さんの言葉ではなかった。僕の姉の言葉だった。さすがは百合戦士、或江麦子である。その言葉の意味も重みも僕や神森さんにはわからない。頭で理解できても、心の奥で僕たちはわかっていない。


「ふわふらちゃんはワシのことすき?」


「え?」


「ワシはすきだよ」


「お気持ちだけ受け取っておきます」


 桜さんはもう一度神森さんに頭を下げてから、立ち上がる。


「では、今日は失礼します。ありがとうございました」


「はーい。またねー」


 クマ山の頂上から適当に客人を送り出す神森さんを残し、僕は玄関先まで桜さんを見送りにいく。桜さんは靴を履いて、僕の目の前に立つ。


「今回は本当にありがとうございました」


「いえいえ、また何かあったら言ってください。僕は相談屋の助手ですから」


「早計です。失敗してしまったとはいえ、私は探偵です。なので、相談屋さんに頼るのは今回が最初で最後です」


「では、こうして話すのもこれが最後かもしれませんね。お互い違うクラスですし」


「早計です」


 黒い中折れ帽に、手を当て、キメポーズをとる桜さん。


「私はまた或江君お茶に誘いますから、最後ではないです」


 そう言ってから、彼女は頬を赤くして俯く。


「その……、助けてくれたときの或江君、とってもカッコ良かったですから」


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