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恋桜事件 15

「おなかがすいてちからがでないよう」


 なんとかインターホンで柏木先輩を説得し、門の中へ入っていく二人を見届けた僕は、その足で神森さんが住むアオヰコーポにやってきていた。今回の事件の報告をする為ではない。明日はマリーさんとの約束があるので、今日のうちに料理を作りだめしておかなければならないからである。そして、僕がリビングにやってくると、神森さんはTシャツ姿でお腹を押さえ、倒れ込んでいた。


「お、な、か、が」


 そう言って、苦しそうに悶え始める神森さん。その頭の傍にピザの箱が転がっているので、一昨日から何も食べていなかったわけではなさそうである。というかさっき食べたみたいである。匂いが充満している。つまり、神森さんのお腹は満たされており、これは紛れもなく演技である。昨日すっぽかして作り置きをしていかなかった僕への忠告なのだろう。『ワシを放っておいたら、こうなるよ』ということだ。まあ、完全にバレバレなのだけれど。


「昨日はすみませんでした」


「ふわふらの子どうなった? った?」


 と、神森さんはさっきの演技がまるでなかったことの様に話しかけてきた。語尾が繰り返されているので、多少は気になっていたということだろう。


「無事にネックレスを見つけることができました」


「あ、じんぞうがかんぞうの上に乗っかってる!」


 倒れた状態のままごろごろとクマのぬいぐるみの元へ行ってしまう神森さん。

 気にはなっていても、通常運転である。


「それと、言われた通り、友人のほうもなんとかなると思います」


「かんぞう、かわええ。……ゆうじん? ああ、もういっこの星の子?」


「さすが神森さん。今回も全てお見通しだったんですね」


「そんなことないよー。人と物、両方は無理だとおもってた。あるじろ、すごいね」


 と、言いながら僕に背を向けて大量のクマの中に顔を埋めている。あまり褒められている気がしない褒められ方だ。


「僕は何もしていませんよ。僕が関与しなくても、両方解決していたと思いますし。というか、今日まで桜さんが探偵だと思ってました」


「ええええええええ!」


 クマのぬいぐるみの山の中で突然叫び出す神森さん。


「どうしたんですか?」


「じんぞうの首がもげてる」


 『じんぞう』にそんな事態が? これはまた僕の裁縫セットが活躍しそうな展開である。とりあえず『じんぞう』の状態を確認すべく、神森さんがいる傍まで駆け寄ると、神森さんはクマの山から顔を出す。


「っていうのは嘘」と言って舌を出した。

 裁縫セットの活躍は延期されてしまった。少し残念に思いながら、ご飯を作りに来たことを思い出した僕は台所へ向かうことにする。とぼとぼと歩いていると後ろから神森さんの声が聞こえる。


「そう言えばあるじろは知らなかったんだっけ。なるほど。なるほど。あるたろうは本当に用心深いなあ。ね、じんぞう」


 振り返ると神森さんは『じんぞう』を右手に持ち、話しかけている。


「『そうでござるー』きゃ、じんぞうかわええ」


「何をですか?」


「ワシだよ」


「はい?」


「まっくろ探偵! ワシのことだもん!」


 そう言って『じんぞう』をぶんぶんと振り回す。神森さんはどこまでも金色で、どこまでも碧い瞳をしている。神森さんが探偵、というか『相談屋』なのは知っているけれど、この人の一体どこが黒いというのだろうか。


「ちょっと待ってて、目玉外すから」


 と言って、神森さんは左手を自分の左目に突っ込む。

 目玉を外すなんて、そんな化物じみたことができるなんてきる人間がいるなんて聞いたことがない。もしいるのならばそれはギネスブックか何かに載っているはずである。タイトルは『世界一目玉が外れる人間』とかだ。


 神森さんの左手がゆっくりと顔から離れていく。そして、手が離された左目は黒かった。どこまでも真っ黒な瞳に僕は吸い込まれそうになる。


「コンタクトだったんですか」


 なんとなく神森さんが寝ているところを見たことがない。なんて思っていたけれど、コンタクトレンズをしていたのなら頷ける。レンズを付けたまま寝るのは失明につながるという話をどこかで聞いたことがあった。いやいや、なにが西洋人じみている碧い瞳だ。思いっきり騙されていたんじゃないか、僕。


「よいしょ、よいしょ」


 僕のことなどお構いなしに神森さんはオッドアイ状態でクマのぬいぐるみの山に手を突っ込み、何かを取り出し、僕に渡した。渡されたのは小さな箱である。

 『これでアナタもブロンドガール』と書かれたそれは言うまでもなく毛染め液のパッケージだ。商品名の上の吹き出しには『本物の質感UP』などと書かれている。


「これで染めてるんだよ。すごいでしょ、えっへん」


 どこか満足げな神森さんは僕を騙していたなんてこれっぽっちも思っていない。

 いや、なにがハニーブロンドだ。思いっきり染めているではないか。


 というかそんなことよりも、神森さんは本当に黒の探偵だったらしい。探偵まがいではなく、元探偵。しかも、警察に協力して、七年前の河部ハーメルン事件の様な誘拐事件や通り魔事件や密室トリック、替え玉殺人といった事件を解決し、百発百中の名推理でこの地域一帯に名を轟かせた後、卒業と同時に姿をくらました黒の探偵だ。そんなミステリー小説に出てきそうな伝説の名探偵だったらしい。

 なんてことだ。そんな事実、全く知らなかった。けれど、動揺しているわけでも、事実を隠されていたことに腹を立てているわけでもない。なので、ここは桜さんの妹で相談屋の常連客であるゆずかちゃんの言葉を借りることにする。


「しんじらっれなーい」


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