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21.リターンマッチ

「……ちょうど、上手い感じで到着したみたいだな」


 閉まっていたドアを蹴り飛ばしたあと、沸騰した頭を冷まさせるかのように俺は小さく呟く。あー、恥ずかしい。今日の俺はどっか熱血系のように叫んでばかりだ、おかげで喉もガラガラしてきた。

 そんな俺を苦しそうな目で見るロトナ。……上手くないな、怪我させる前に来ることが出来なかった時点で上手く到着なんて言ってられなかった。


「……や、きょう……?」

「……何も言うな」

「えっ……?」

「言い訳も今は言う気は無いし、痛いだろその怪我。止血するから待ってろ」


 紫光の力なら、止血ぐらいはなんてことはない。ほんと万能能力だ、頭のいい奴が持ってたらもっと凄いことできたんじゃないかってぐらいにな。

 さて、その前に――あの銀髪野郎を何とかしなきゃいけないか。


「よう銀髪にーさん、久方ぶり」

「……性懲りもない男という存在を確認」

「最高に嫌な皮肉を淡々と言ってくれるな。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。ロトナの止血を待ってもらうぜ?」

「……理解不能。聞く余地はないと判断」

「ああ、そう言うと思った。なら――昨日のアレ、やり返させてもらう――」


 そう言った瞬間に、俺は一瞬で銀髪野郎の近くへと接近し、


「ぜっ」

「!」


 鳩尾を狙った拳をぶち当て、十メートルほど後ろのコンクリートの壁まで打ち飛ばした。

 勿論、紫光で纏った攻撃、紫腕撃でだ。本来は敵を弾くための一発だが……今回はドクターの時のように加減してなかったから十分に痛いだろう。


 地面に倒れているロトナの方を振り向くと、ポカンと口を開けて俺を見ていた。なんだよ、その意外そうな顔は――と聞きたいとこだが、今は傷を防ぐことが先か。


「ジッとしてろよ」


 俺はかがんで、ロトナの傷口付近に向けて紫光を当てる。すると、流れていた血が徐々に止まり始める。


「あっ……止まっ、た……?」


 それに対してロトナはポカンとしていた顔を切り替えて、驚いた表情で言う。うっし、とりあえず応急処置は出来た。後は病院にでも治療してもらえばいいか。


「傷が広がると厄介だからその辺で大人しくしとけよロトナ」

「……だ、だめ……! 弥京は、早く逃げて……!」

「いいや却下だね。お前の意見ですぐに帰れるような覚悟で俺がここまで来たと思ってるのか? それに――お前のおにーさんは既に俺を敵と認識してくれたようだぜ」


 壁に叩きつけられてよろめいていた銀髪野郎はゆらりと体勢を整え、怒りを灯したような目つきでこちらを睨んできている。……そういう目も出来るなら最初からやっとけってんだ。


「そ、それでもダメ……! これは、私のもんだい。私と、お兄ちゃんの、もんだい。だから……!」

「――いいや、違うね」

「……えっ……?」

「コイツは――」


 銀髪野郎が左足を踏み込む。それと同時に俺も右足を前に踏み込む。

 そうさ、コイツはロトナの問題じゃない。いや、こいつの問題でもあるかもしれないが、俺がここに来たのは頼られたいとか、そういうんじゃない。守れなかった自分への勝手な戒めとか、負けて悔しかったから改めて勝つためとかそういうの全てをひっくるめて――



「――俺の、問題プライドだ」



 銀髪野郎が魔法陣を足に展開した瞬間に、俺も駆け出した。


++++++


「……どうやって、あのボウヤここに」


 廊下で立ち尽くすように、ボディコンの女――価値峰ヒノエは驚いていた。

 研究所に牢島弥京が現われたことに。そして、昨日あっさりと倒れたというのにタイププロトとまともに戦り合えていることに。


「自動機械人形が働いてなかったって言うの? こうもあっさり侵入を許すなんて……!」

「ヒッヒッヒィ、いいや、貴様のオートロボットはちゃんと働いていたぞ」


 歯噛みしていたヒノエはかけられた言葉に怒気を込めながら振り向く、そこには両手を汚れた白衣のポケットに入れて不敵に笑うドクターRがいた。


「……あらぁ? うちの研究員じゃあ無さそうねぇ。みずぼらしさでわかるわ」

「ヒッヒッヒィ、正解だ時代遅れ女。こんなチンケで平凡な研究所ではこのドクターRの器は納まりきらんからなぁ」

「ドクターR? ああ、研究所をプロトナンバーに破壊されたおばかな人だったわね。そんなおばかさんのくせにその発言は大言壮語にも程があるわよ?」

「大言も吐けん盗人にはこの僕の器など分かるわけもない。よって、貴様のような愚か者には研究所は不要だ。僕がもらってやろう、ヒッヒッヒィ!」

「頭がイッちゃってるのね、可哀想。でも――」


 ヒノエは上着のポケットから懐中電灯のようなものを取り出し、スイッチを入れて振り下ろす。すると、バシンッと叩く音が研究所の廊下に鳴り響く。


「勝手に研究所に入ってきた挙句、邪魔をしてくれたお礼に、身体にたっぷり私の愛をぶつけてあげるわ。貧乏博士さん」

「……ふんっ、光の鞭――レーザーウィップか。技術によるものか魔法によるものかは見てわかりかねるが――」


 ドクターRは対抗するように腕を掲げ、腕時計のボタンを人差し指で押す。そして、輝きと共に物体が右腕に装着される。


「このR式橙色鉄拳型パワーマシンガンアームクラッシャーで貴様のちゃちな科学物質など砕いてくれるわ、ヒッヒッヒッヒィッ!」


 歯をむき出しにし、ドクターRは意気揚々と走り出し、そのまま橙色の機械腕を以てヒノエに向かって殴りかかった。



 そして、場面は再びもう一方の戦場へと移る。


「ちっ……!」

「…………」


 タイププロトと牢島弥京。二人は互角にお互いに一進一退の攻防を行っていた。

 いくつかの攻防のあと、間を置くように二人は肉弾戦を止め、後方へと飛び出すように仰け反る。


(……コイツ、防御が疎かかと思えば魔法陣を展開してちゃんと致命傷を回避しやがる……魔法陣を介してしか魔法も使いそうにないし、本当にコイツ魔法陣使いかよ)


 ちっ、と弥京は憎たらしげに舌打ちをする。一方でタイププロトは一息つくだけで、特に反応は無かった。


(……まだまだ余裕ってか。こちとらは、ここに来るまでに紫光を結構使って疲れてきてるんだけどな)


 拳を構えつつ、肩で呼吸を整えながら悔しげに歯を食いしばる弥京。

 そう、ゴミ山の破壊やロボットとの戦闘、傷口の止血など、ここに来るまでに弥京は体力を消費させながらも紫光を使ってきた。

 そして現在も、弥京は身体の内部全身に紫光を纏いながら戦っている。それによって、身体能力を強化させてタイププロトの速さと渡り合えていた。


 しかしそれは体力を二倍に消費すると同様でもありつつ、更に手に紫光を纏わせて戦っていたために消費は更に高まり、ただでさえ少なくなっていた弥京の体力は残り僅かとなってしまっていた。


(あー、ペース配分考えて戦うべきだったか。ガラにもなく熱くなりすぎて全力で戦ってたのが失敗だったかね)


 自嘲するように弥京は薄ら笑いを浮かべる。それを見ても、タイププロトの鋭い目つきは絵のように変わることは無い。


(……へっ、悔やんでもろくなことなんて無いんだ。それにまだ悔やむような状況じゃない)


 弥京は足に力を込め、地面をしっかりと踏みしめる。


(悔やむか悔やまないかは――この決着の後にわかることだからな……!)


 そして、再びタイププロトへと向かって行く。それと同時にタイププロトも迎撃するかのように突撃する。

 両者は互いに相手の攻撃を感性、視界を利用しつつ回避し防御する。


 弥京の紫光を纏う強力な拳もタイププロトは魔法陣で守り、その身体で避ける。

 タイププロトの不意打ちにも近い光の線も高速の蹴りも弥京は紫光で防ぎ、身で躱す。


 涼しげなタイププロトに対し、熱気を帯びながら汗を噴出させている弥京は挙動を止めずに問う。


「お前、ロトナの兄貴なんだろ……なのにどうして殺そうとしやがる」

「関連性皆無。情報開示は不要」

「……そういう考えって訳かよ、ますます気に食わないぜアンタ。どっかの誰かを思い出させてくれる感じで――――最悪に、心底、死んで欲しいぜ……っ!」


 弥京は拳を軽く開き、爪先に紫光を纏う。

 その爪を纏った弥京は腕を下から突き上げるように穿つ。それに反応していたタイププロトは円形の魔法陣を展開し防ぐ。


 ――だが、幽光の爪は魔法の盾をその守りを突破して切り裂き、爪痕を刻んで消失させる。


 タイププロトはその光景に、絵のような瞳孔を見開いた。

 それとほぼ同時、弥京の紫色の光をつけた左拳がタイププロトの右頬を捉え、槍で貫くように打ち抜き殴り飛ばした。


 幾度の身体の捻りと共に吹っ飛ばされたタイププロトは、膝を笑わせながらもゆっくりと立ち上がり、右頬を右手で押さえながら弥京を恨めしげに睨み付ける。

 そして再びタイププロトは目を見開く。


 その睨みつけた対象は既にタイププロトの至近距離にまで接近しており――腹部へと、右拳を釘打ち機のごとく突き刺してきた。

 タイププロトは苦悶の表情とともに空気を吐き出させられる。それでも、牢島弥京の攻撃は止まらない。


「っおっらぁぁぁっ!!」


 顎、左頬、右鎖骨、左脇腹。上半身の至る場所に向けて弥京は声と共に左と右の連打を放つ。

 弥京の耳に、身体からの限界を示すように軋む音が聞こえてくる。それを現すように身体に鉛のような疲労感が身体に襲い掛かる


 だが、止まらない。

 タイププロトは全身に打撲痕が出来てしまいそうな、これだけの連撃を受けようとも倒れてはやらないと言う刃物のような目で弥京を睨みつけていた。


 それを弥京は気配で理解していた。故に、この連打を止めれば次にしっぺ返しを間違いなく食らってしまうと分かっていた。


 けれども、脳がそれを理解してくれていても、身体がそれについては行けなかった。


「っ……!」


 ガクンと、膝が曲がる。

 身体の限界、紫光の持続の限界がついに気力を超えて現われた。


 猛烈な連撃に堪え、よろめくタイププロト。

 瞬間、タイププロトは身体も整えずに弥京の顔面に拳を打ち込む。


「ぐっ……」


 弥京は先ほどまでのように俊敏でもない殴打を躱すことも出来ずに後ずさってしまう。

 そして、攻守を入れ替えるようにタイププロトは左足の蹴りを弥京の開いた右脇腹へと放ち、顎に向けて掌底で打ち抜いた後に弥京の胸に右拳を突き当てる。


「……陣法・衝波撃」


 タイププロトが呟く。

 その直後、魔法陣がタイププロトの右拳の先に展開されたと同時に弥京は身体に何かが透過する感じを覚えながらも真っ直線に吹き飛び、壁に叩きつけられる。


(や、やっ、ろう……さっきの、意趣返しのつもりかよ……)


 弥京の額から血が流れ始めるも、それに気をまわす余裕もなく、ただただ腕に力をこめて地面に力なく立つ。

 それはタイププロトも同様で、先程の反撃が最後の力だったといわんばかりに俯きながら、足を震わせて立っている。


(……華奢な割には耐えてくれるぜ……見た目によらないのが多すぎるんだよこの世界は)


 弥京は辛そうな表情で、右側の歯を噛み締める。

 タイププロトも、銀髪を乱れさせながらも闘志を以て弥京を再度睨みつける。負ける訳には行かない、という視線で。


 弥京にはその視線の意味がわからなかった。無感情かと思いきや、諦めの悪さを見せる目つき。――そこまで考えて、弥京は納得した。

 コイツは、確かにロトナの兄貴だと納得したのだ。


「も、もう……止め、て、やきょう。もう、もういいから……」


 座り込んでいたロトナの悲痛そうな声が弥京に聴こえてくる。弥京がそちらを見ると、ロトナの目からは今にも涙が零れそうであった。

 だから、弥京は言った。


「……ああ、でももうちょっとだけ待てって。あと少し、あと少しでこの勝負を終わらせるからよ。そんで――ちゃんと、あそこの馬鹿な兄貴と話し合わせてやる。だから、それまで待っていてくれよ。もうちょっと、てな」


 不器用に口元を吊り上げて弥京はロトナに言う。大人のように渋くも無く、子供のように純粋でもない、不躾で下手くそな笑みで。

 ロトナはそれに見とれてしまう。夢で見た、兄の笑顔とそれがどこか重なるような気がして。


 弥京は言った後、再びタイププロトへと目を移す。

 タイププロトは弱弱しくも姿勢を良くして立ちながら、右の掌を弥京に向けていた。


 これが、最後になる。

 弥京は空間を支配する空気からそう察知した。


 それならば、弱音も吐けないし虚弱になっても居られない。

 弥京は振り絞るように体内に紫光を巡らせる。


 脳がシャットダウンしたがっている、と弥京は瞼に襲い掛かる重みと脳に響く痛みから察知する。


(けど、そうも行かないよな。このまま倒れたら昨日の焼き増し、いいや、明日が無くなる分だけ昨日より最悪になるんだ。――だったら、電池切れギリギリまでもっかい粘ろうぜ本体。死ぬよりは、死ぬかも知れないのほうが上等だろう?)


 身体に自分で説得し、逆境に喜ぶように口を吊り上げる。弥京は右手を軽く開き、紫光の爪を作り出す。


「……法式・光乱射」


 そんな弥京を迎え撃つは、十では足りないほどの魔法陣。

 ロトナはその光景を見て、絶句してしまう。

 だが弥京は、駆け出す。嬉々として、打ち破るために。


 そして、魔法陣から無言の放出が為される。

 ロトナが制止の声をあげようとするも、光の線が轟音をあげて声を掻き消し、弥京をもかき消そうと穿たれる。


 一本、二本、三本。

 両手では数え切れないほどの神秘的に粒子を見せる魔法の線が弥京の視界に映り出される。

 だが目標は唯一、一人。一人の妹を殺そうとした大馬鹿野郎のみ。


 目に痛いぐらいに煌びやかな光も視界の隅に置きながら、弥京は躱して回避して避けて、タイププロトへと駆け抜けていく。

 数え切れないほどの線はその進行を阻むかのように弥京の身体を幾度も貫いていく。だがやはり、弥京は留まらない。


 昨日ならば、これだけの攻撃を食らってしまえば弥京は呆気もなく死んでしまっただろう。しかし今の牢島弥京は止まれないほどの闘争心と、思いを以て駆け抜けている。昨日まででは出せ得なかった力を、発揮している。

 たったそれだけで、彼は止まらない。常識の人間ではなく、非日常の化身として彼はタイププロトへと襲い掛かっていた。


 それに一番驚愕していたのは、タイププロトであった。彼は、幽霊の如く透過するように光線を避けて向かう弥京に対し、焦りを感じていた。


(理解、不能。何故、能力者程度が自分に拮抗出来る。何故、自分を打ち破ろうとしている。俺は、ナンバータイプとして生み出された最強の存在の一部。負けるはずが、無い。負けたら――ロトナ、が――)


 驚きながらも考えていた思考は、自分の前方に展開していた魔法陣を切り裂かれ、停止する。

 消失した魔法陣の代わりに、タイププロトの瞳に牢島弥京の姿が映しだされる。


「……なっ……」


 タイププロトは初めて、想像外と言わんばかりの声を漏らす。

 弥京の姿は光の線によってあらゆる部位が焦げ、貫かれ、文句のつけようもなくボロボロになっている。


 ――だが、構えられた右拳に宿る揺らめく紫色の光だけはその怪しい輝きを何も変えていなかった。


 幽鬼のように危険で、それでいてどこか優しげな光。


 それまでの彼らしくもなく、タイププロトはそんなことを感じ取った。


「――幽霊のゴースト・ライト……」


 穏やかに、機械的じゃない口調で彼は呟く。



「……っだぁあああああっ!!!」



 そして、全てを打ち潰す全霊を込めた幽羅の拳がタイププロトの腹部に突き刺さり――彼は宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられ、倒れた。

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