20.苦戦
「あらあら、ボーロボロ、ね」
戦闘開始から十分。
歌でも口ずさむような気軽さで、ボディコンの女は呟いた。
目線の先は、透明な壁の向こう側にいる銀髪の少女。プロトナンバー、ロトナ・プレグリンス。
既にロトナの綺麗な肌はタイププロトの攻撃によって酷く傷ついてしまっている。それでも、ロトナは諦めたような目をせずにタイププロトと対峙していた。
「……負け、ない……」
自分を奮い立たせるようにロトナは言葉を振り絞る。
しかし、声は真実を表すかのようにか細く、ロトナ自身もダメージが蓄積されてふら付いていた。
「……遠距離性能、変化無し」
対して、タイププロトは無傷。自分の近くで魔法陣を三つ展開し、いつでも攻撃可能だと言わんばかりであった。
(速さと攻撃のおおさに、差が、ありすぎる)
ロトナとて、この十分間のうちに何もしていなかった訳ではない。
タイププロトの魔法陣から放たれる光の球を避けながらも接近戦を仕掛けようとしていた。しかし、仕掛ける前に接近戦を仕掛けられてタイミングを崩されたり、打撃を逆にカウンターされるなど、近接戦闘においても手玉に取られてしまっていた。
(なら、もう手は一つしかない)
ブラスト・ベルブス。
彼女が唯一扱える魔法であり、強大な威力の攻撃。
ロトナはそれを使う以外に勝ち目はないと感じていた。しかし。
(……でも、こんな遠くで撃って当たるとは思えない)
彼女はそれを軽んじて撃とうとはしなかった。
撃つのは、確実に当てられるその時。ロトナはそう考えた。
「最終、確認」
それを知ってか知らずか、タイププロトは呟く。
次の瞬間、タイププロトの展開していた魔法陣から矢の如き光の線が発射される。
(弥京を傷つけた、つらぬく、レーザー光線のやつ……!)
ロトナはそれを視認した瞬間に真横へ跳ぶ。そして両足が地面についたと思った直後、ロトナは即座に地面を蹴り、駆ける。
「想定範囲内、追尾」
しかし、タイププロトはその行動を呼んでいたかのように静かに呟く。
ロトナはタイププロトの視線の先を追うように、後方へ意識を向ける。
目視したものは、外れたはずの三本の光線が新たに発生していた魔法陣に跳ね返り反射されたかのように再び向かって来るという事実。
「っ……!」
ロトナは歯噛みしつつ、高速の光線を再び横に飛んで回避する。
「無駄だ」
だが、光線は再び発生する魔法陣の壁に跳ね返る。
線のような閃光はロトナを射抜こうとするかのように残像を残しながら、一本一本が全てを貫いていくかのように多角的に向かって来る。
それでも、ロトナは自分の身体能力を持って回避する。しかし、避けれども避けれども同じことが繰り返される。
タイププロトに近づこうとしているのに近づけず、避けているのに動けない。糸で引っ張られて無理やり踊らされているような感覚をロトナは覚える。
だが、不利なのは自分だともロトナはタイププロトの涼しげな表情を見て察知する。
ずっと躱し続けてどうにかなるのならばいざ知らず、そうならないのならば身体を動かし避け続ける自分の方が先に参ってしまうと。
(こうなったら、この位置から、撃ってみる、しか……)
ロトナは回避しながらタイププロトを見つめて考える。しかし、すぐにその考えをかき消す。
この距離から撃っても、動きながらではまともに当てられない。何より、距離からして発射して彼の元に到達するまでに一、二秒ほどのタイムラグがあるとロトナは考えた。
「戦闘における思考はバグにおける被害は微少と推測」
そんな考えすら読むかのように、タイププロトは呟く。
余裕そうだ、そう考えて聞き流そうとした時――ロトナの頭で、何かが引っかかってしまう。
(……そういえば、どうして、こんなあっさりと戦えてるん、だろ)
しかし、その疑問は許されないとも言うように一本の光線が動きを若干止めてしまったロトナの肌をかすめる。
そのジリッとした痛みでハッとし、再び回避に専念する。
(今は、そんなこと考えているばあいじゃない。どうにかしてあの人の近くに行って――魔法を、撃つ……!)
ロトナは攻撃を回避しながら、少しずつ動きを変えていく。
タイププロトもそれを察知したのか、ピクリと眉を動かす。
(だんだん、なれて、きた……!)
ロトナの足取りが、軽々しくなっていく。
先程までの釣られるような回避の仕方から、自らステップを踏んで、向かって来る光線をあしらうように避け始めてきていた。それどころか、避けながら一歩一歩ゆっくりとタイププロトの近くへと進んでいた。
タイププロトはそれに気づいていないのか無表情のままで、光線の跳ね返しを行っている。それは、ロトナにチャンスだと思わせた。
そして――腰を捻り、膝を曲げ、最小限の動きで攻撃を避けた瞬間にロトナは疾走した。
距離は5メートル程。それを彼女の疾走は即座に零にする。
ロトナは、両手を平たく突き出す。
あの魔法を上半身に向かって撃ち放てば、熊の獣人のように打ち倒すことが出来る。いや、彼の場合は並大抵ではない耐久性のおかげで死なずに済んだと行っても過言ではない。
では、目の前にいる男に撃てばどうなるのか。
(やんなきゃ。やんなきゃ、いけない……!)
ロトナの両の手から、白い光が現われ始める。
そして、言葉と共にロトナの持つ唯一にして最大の攻撃を、躊躇い無く――
『――お前を、母さんを、父さんも守ってられるような奴になることに決まってるだろ』
――撃とうとして、手を止めてしまった。
ロトナの頭の中で、葛藤が巻き起こる。
自分の兄を、自分の魔法で打ち倒すというのか。夢の中で、自分を守ると言ってくれた兄を、倒すのか――と。
だが――彼には、迷いは存在しなかった。
「直撃」
タイププロトが言葉を発した直後。再度の迷いを断ち切るように――ロトナの左肩と右足首を光の線が無情に貫いた。
「あっ、うう、あぅっ……!?」
その場で崩れ落ちそうになったロトナに追い討ちと言わんばかりに、タイププロトは鳩尾に拳を打ち込む。拳はロトナの腹部を貫くようにメリメリと刺さり、三メートル程も吹っ飛ばす。
蹴られた石ころのように転がりながら、ロトナは咳き込む。
そして、痛い。という感情が頭の中で痛みと共に反響する。それを抑えきれずに、ロトナは痛みを声にしながらか弱く叫ぶ。
「戦闘続行不能と確認。戦闘能力の向上も微少、よって処遇に変更無し。予定通り、廃棄する」
ロトナが苦しむ様子を見せても眉一つ動かさずに、タイププロトは氷のような冷たさで言い放つ。
その顔には、確かに彼女の見た夢の中の少年の面影はある。けれど、印象は全く当てはまることなどなかった。
(なんで、とまどって、しまったんだろ)
ロトナはふがいない、と自分で責める。
せっかくの千載一遇のチャンスだったというのに。相手は自分をそんな風に見ていなかったと言うのに、私情を挟みこんでいる様子なんて微塵も無かったのに、それなのに何故こんなことを考えてしまったのか。
明らかに失敗だったとロトナは自分でもわかっていた、けれど、止めてしまった理由だってわかっていた。
そう――夢の中の少年の言葉があまりにも綺麗で、信じてしまいたいぐらいに格好良かったからだ。
だけど、そんなものに引きずられていたのは自分だけで、夢も見なきゃそれも思い出せなかったくせに都合のいいものにすがってしまった自分の甘さがこの状況を引き出してしまったのだと。ロトナもわかってしまっていた。
それでも、ロトナは何故こうなったのか、と感情的に思ってしまう。
あの記憶も、自分の中に存在した偽物の記憶の一つなのか。あの少年の笑顔も言葉も嘘で、そんなものは存在しなかったのだろうか。
それとも――もう、この人は自分を妹だなんて思っていないのだろうか。
何が本当なのか、どうしてこんなに痛いのか、自分が一体何なのか。
謎と痛みがロトナの頭の中でごちゃごちゃになっていく。自分がぐちゃぐちゃに溶けていく、そんな感覚すらロトナは覚え始める。
タイププロトの右手が、ロトナに狙いを定めるかのように突き出される。
薄く開けた目でそれを見て、自分はここで終わるんだ、とロトナは悟ってしまう。
(……よく、わかんないまま、死んじゃうんだ)
それを実感したロトナは、抗うことを放棄した。
わからないものはわからない。それで終わってしまうのも、いいのかも知れない。彼女はそれでいいと納得しようとした。
けれど、それでも一つだけ、彼女は未練があった。
(……もう一回、みんなで、遊んでみたかったな)
昨日の買い物の時のことを思い出しながら、そう思った。
でも、それはもう叶わない。
もう、ここで終わっちゃうのだからと、続けてロトナは考えた。いましがた受けていた痛みよりも、ずっと苦しそうな思いで。
そして、ここから先、彼女の物語は終わる。
あっけない幕切れで、彼女の人生は終わる。
「うおおおらぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
彼女の終わると思い描いてしまっていた人生は、一人の少年の叫び声にかき消されるかのように、泡沫のままに終わった。




