19.争うべきもの
「……地震……?」
研究所内。
ボディコンをつけた女に連れられてどこかに歩いていたロトナは震える天井を見ながら、呟いた。
「あら、珍しいわね。けど、そんなの気にする必要は無いわプロトナンバー。今はいかにタイププロトを凌駕するかを考えた方がいいわよ? じゃないと、貴女死んじゃうからね」
「……あなたは、どっちの味方なの」
「どっちでもないわよ? 貴女のお兄さんのタイププロトが勝とうが、貴女自身が勝とうが私はどっちだって構わない。お仕事としては何も変わることはないからね」
ボディコンの女はロトナを横目で見ながらクスリと微笑む。まるで挑発しているかのように。
その態度を鋭敏に察したのか、ロトナはボディコンの女を目を細めて目線を返す。
「あら、勘違いしちゃ駄目よ? 貴女の相手は――あくまで、タイププロトなんだから」
ボディコンの女はそう言ったと同時に足を止め、右側を目を動かす。
ロトナがそちらを見ると、壁がガラスのように透けており、その中にはロトナを真っ直ぐ見ている銀髪の男、タイププロトが立っていた。
「……おにい、ちゃん」
「そっ、貴女のお兄ちゃんよ。入り口はそっち、死なないように頑張りなさいねプロトナンバーちゃん」
鉄の扉に指を差しながら、茶化すように激を入れてくるボディコンの女に不快感を抱きつつもロトナはゆっくりと歩き出す。
(……今なら、この人を)
一歩一歩踏みしめながら、ボディコンの女に意識を向けてそう考える。そして小さな拳をグッと握り始めたと同時に、ボディコンの女は思い出したかのような顔をする。
「ああ、そうそう、今私を殺して逃げようとしても無駄よプロトナンバーちゃん。別に、あのボウヤを殺すのを伝達するなんて私じゃなくても出来るもの。試しに私をやってみる?」
ボディコンの女はどこまでも挑発するような態度をロトナに見せ付ける。ロトナは口惜しげにボディコンの女を一瞬睨んだ後、扉のドアノブに手をかける。
しかし、ロトナはそこからノブを回さずに硬直してしまう。
「あら、早く行ってくれないと困っちゃうのだけど?」
「…………」
ロトナはそう言われると、少しの間を置いたあと、意を決したかのような表情をしてドアノブを引き扉を開ける。
(……広い)
屋内に入ったロトナは、そんな感想を浮かべる。
ロトナとタイププロト、その二人しかいないというのに広く大きいその空間はまるで闘技場のようにも見えていた。
「最終評価を行う。戦闘準備を、プロトナンバー」
台本をただ読んだかのような声でロトナに言う。何の感情も表さずに。
その言葉を聞いて、ロトナの表情は曇る。それでも、もう一度あのことについて聞かなきゃならないとロトナは感じていた。
「……そのまえに、ひとつだけ、教えて」
「…………」
「あなたは、本当に私のお兄ちゃん、なの……?」
「…………」
しばしの沈黙の後、タイププロトは口を開く。
「遺伝子上は、貴様の兄になる。だが、些細ごと。評価を、開始する」
「待っ――」
タイププロトは言い終わったと同時、足元に魔法陣を展開させ――加速し、ロトナの至近距離へと一瞬で到達したと同時に腹部へと掌底を打ち込む。
「……うっ……!」
ロトナは軽く悲鳴をあげる。
だがそれでもタイププロトは止まろうともせず、蛇のようにしなやかな掌底の連打をロトナに加えていく。
(こ、このまま、は、駄目……!)
ロトナは目を閉じかけながらも、攻撃を見る。そして来た物を反射的に、拳ので弾いて掌底の連打を防いでいく。
「性能上昇の可能性あり。戦闘をそのまま続行する」
(このまま、負けてちゃ、駄目……。負けるわけには、いかない。死んじゃうわけには、いかない……!)
ロトナは目を見開き、タイププロトの左手を右手で掴んで連打を止める。
そして止めた直後に互いの頬に打撃の一撃が入り、二人は同タイミングで後ろに跳ぶ。
「……近距離戦闘の能力上昇、確認」
(ここを、出ていかなきゃ。この人たち全員に勝って、どこかに行かなきゃ。私は、私はみんなを忘れたくない……!)
意志の強さをぶつけるように眉をひそめてタイププロトを目で射抜く。それを察したかのように、タイププロトは目を細める。
「……何故、お前はそんな目をする」
「…………?」
「お前は、俺と同じタイプシリーズのはずだ。それなのに、何故、人と同じように感情を露わにする」
声のトーンなど何も変わらない。しかし、どこか疑問を抱くようなタイププロトに対して、
「……私は、そういうの、わからない。でも、死にたくも、ないし、みんなのことを、忘れたくもない……!」
その思いを、強くぶつけた。
それを聞いたタイププロトは、細めた目を一度閉じ、再び目を開ける。
「……理解不能。やはり、バグと断定。よって、ここで自らが個体名プロトナンバーを排除し、上層部への情報を安定させ、不確定要素を抹消させる」
右手を突き出すと同時に、タイププロトの右手の周りに小さな魔法陣が展開される。
「消えろ、プロトナンバー」
先ほどの回答と言わんばかりの冷たい台詞を、打ち出す魔法と共に伝えた。
+++++
「スーパーアトミックメタルブラスタァー!」
ドォン、と派手な音を鳴らして、右腕から人一人を軽く飲み込むようなビームを発射して見えないロボットを爆破した。
それは俺ではなく、勿論ドクターRの方である。
「ふふふ、残念だったなぁ蛍光灯。貴様の実力などではなく僕のアームパーツ、鋼式巨砲スーパーアトミックメタルブラスターの威力を知らしめてしまったなぁ」
「いや、別に構わないって。まあ、感謝するぜドクター」
「ほお、なら最高傑作を万が一貴様が回収したら渡してもらおう」
「ロトナが了解したらな」
適当にあしらうように俺は返事をした。鋼の大砲のような武器を右腕に装着しっ放しのドクターRは猛獣のようにこちらを睨みつけてくる。
そんなことよりも俺は耳をすませてみる。
もう、地面を踏みしめてくる音は聞こえなくなってきた。今ので最後だったんだろう。
火花を大気中で発生させている場所に視線を向ける。それは俺が見えないロボットを倒した場所でもある。
俺の場合はドクターRのようにビームとか使ってられなかったから、勘で殴って倒したが……本当に倒せてるかいささか不安っちゃ不安ではある。見えないというのがこうも厄介だとは。なんか対策とか考える必要があるかもな。
さて、問題は研究所だ。
スタスタと歩いて、大気の歪む場所を見てみるが入れる場所が見当たらない。見えないから当たり前ではあるのだが。
どこに壁があるのは分かる。
右手で叩いて見ると、金属音が返ってくる。どうも金属製ってのは違い無さそうだ。
とりあえず壁伝いに歩いてみても、違和感のある場所が見当たらない。建物の大きさはさっきのスクラップの山が覆い隠していた程度のようだ。イメージ的にはティッシュの箱がそのまま家ぐらいに大きくなったぐらいと言ったところか。
「入り口が見当たらないか。ふん、こうなればこの僕のアームパーツから放つ高熱のレーザー線でドア状に開けるしかないな」
「いいや、そんな手間かける必要なんかねーさ」
ああ、もうしゃらくせぇったらありゃしない。
右手に紫光を集中。紫手甲と同様に、拳に纏わせる。
さっきの大技同様、手を軽く開いて手の先に光の爪を追加。
「開けてくれないってんなら……勝手にお邪魔させてもらうのさ」
右腕を後ろへ振りかぶる。
さっきと全く同じようなもんだが、こっちは殴るでも壊すでもなく斬り裂くに特化した一発だ。威力は大分落ちるが道作るには十分だ。
「おらぁっ!」
そして、振り上げる。
ガリガリガリと、鈍い音をするが――甘いぜ、そんなんじゃあ止められない。
右手を空に上げ切る。
その行為によって刻まれた爪痕から見えた風景は、何もないはずなのに見える、外の景色以外の風景。
「……見つけたぜ」
全く、こんな面倒なことさせやがって。入り口ぐらいあっさり入らせろってんだ。
両手に紫光を集中させて紫手甲構成。そして、爪痕に手をかける。そうさ、こんなの無理やりこじ開ければ済む話に決まってる。
腕力上昇の為に紫光を全身に体内神経に追加して向上。後は――やるだけだ!
「うおおおおらあああああぁぁぁぁっ!」
鉄の軋む音を聞き、鉄が曲がっていく様を見ながら力を加えていく。そして――――こじ開けた。
「ぜぇ……ぜぇ、はぁっ……」
顔を俯かせながら、呼吸を整える。案外疲れるもんだ。腕力、もっと鍛える必要があるかもな。
「ええい、貴様はゴリラか猛獣の類か! 品が無いにも程があるわ!」
「……へ、へへっ、悪いなドクター、頭使うほどの脳よりはこっちの方が俺の自慢でね」
けど、とりあえずは道は開けた。後はロトナのとこまで突き進むだけだ。
息を整え、姿勢を正して親指で作った道を俺は指す。
「さあ行こうぜドクター、スタート地点はあっちからだ」
「ふん、貴様に言われるまでもない。さっさと行くぞ!」
そう言ったあと、俺とドクターRは無理やり作った入り口から中に入る。
入ったのは、いいのだが。
「シンニュウシャ、ハイジョ」
通路らしき場所に出た俺達を迎え入れたのは――マシンガンらしき銃を持った一つ目のロボット達だった。
「……おいおい、早速第二ラウンドって奴かよ」
「……なんとかしろよ、貴様」
「無責任に言ってくれるなドクター。まあでも、そうだな――パパっと終わらせて、見つけるだけさ」
……もう少しだ。それまで、もう少し辛抱してろよ。