1. 花嫁、怪盗に盗まれる
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
低く重たく響き渡る、教会の鐘の音。
伝統を重んじた荘厳な礼拝堂で、一組の男女の結婚式がとり行われていた。
樫の大扉が開き、招待客が一斉に視線を向ける。
扉の先には、真っ白なウェディングドレスを纏った花嫁。父親の肘に指を添え、ゆっくりとヴァージンロードを歩み始めた。
花嫁はヴェールに隠された顔をうつむかせたまま。
足取りが重いのは、ドレスが重いからか。裾が長く歩きづらいからか。それとも――。
ヴァージンロードの中程で、花嫁と父親は歩みを止めた。ここからは、父親と新郎が交代し、歩みを進めてゆく。
花嫁は、父親の肘から指を離し、一呼吸置いた。
そして。
新郎が差し出している肘に手を伸ばそうと、花嫁が一歩踏み出した、そのとき――。
ガシャアアン!
大きな音を立てて、ステンドグラスが割れる。
それと同時に、式場の照明が全て消え――それどころか、昼間のはずなのに、あたりが一瞬で暗闇に包まれた。
幸い分厚いガラス片が降り注いだ場所には人がいなかったものの、突然視界を奪われてしまった会場は、阿鼻叫喚のパニックになっている。
ようやく辺りに日の光が戻ってきたとき。
不自然に輝くヴァージンロードの中央へと、視線が集まる。
入り口から奥まで続いていた、人生を表す一枚の絨毯の中ほど。
父親と新郎の間にいたはずの花嫁の姿はなく、代わりに、金属で出来たカードが刺さっていた。
「こ、これは……?」
父親は慌ててその場に跪き、冷たく輝いているカードを指でつまんで、床から引き抜く。
”花嫁はいただいた。怪盗シリル”
「そ、そんな……まさか……」
カードには、ここ最近、世間を賑わせている怪盗の名が記されていた。
「怪盗シリルですって!?」
「法外な依頼料を払えば、何でも盗み出すとかいう……?」
「いやいや、いくら金を積んでも、気が乗らない依頼は絶対に受けないとも聞くぞ」
「本物なのか……? 人間が盗みの対象になるなんて、聞いたことないぞ?」
教会内に、ざわめきが満ちていく。先ほどまでとは違った混乱と狂熱が、礼拝堂の空気を呑み込んでいった。
――怪盗シリル。
神出鬼没で、かつてこの世界に存在していたという魔法にも似た、怪しく不可思議な術を使う。
その正体も、容姿も、年齢も、性別も、何もかも不明。
狙うのはあくどい商人や貴族、権力者ばかりの、義賊という噂だ。
「なんてことだ……」
父親は、がっくりと膝をつく。
「花嫁が……娘が、怪盗シリルに、盗まれた……!」
大穴のあいたステンドグラスから、金色のまぶしい陽光が差し込んでくる。
爽やかな風が吹き込み、草花の匂いが、埃と煙をはらっていく。
抜けるような青空には、白い雲が一筋、まっすぐに描かれていた。




