Ep.26後半
翌朝、ピースメイカー ロサンゼルス支部のオフィス。
ロサンゼルス支部の職員達が、愛華達のために、エンパイア・シティ・カジノについての資料などをまとめて届けに来てくれた。
四人が囲っているテーブルの上には、何冊ものファイルや、建物の簡易的なマップが置かれている。
條一郎は真っ先にマップを手に取り開いた。マップは思ったよりも詳細に記述されている。
「公開されているマップのわりに、詳細が載ってんだな…」
「えぇ。「誠実なカジノ」というイメージを見せるためだと思われます。警備も厳重ですから、まず売り上げを盗もうとする人は居ないでしょうし…ただ、裏情報とかは何も…」と、資料を持ってきてくれた職員の若い男性が答えてくれた。
「ありがとうございます…」と愛華が感謝を述べた。
「いえいえ…お力になれることがあったら、他にもお手伝いいたします」
それを聞いた條一郎は、彼にあることを尋ねた。
「なら、襲撃に絶対必要になる物を集めていてくれないか?人数分のガスマスク…レンズが濃いのが良いな。それと、小型の受信機や銃を…」
「かしこまりました」と、男は準備のためその場を去った。
條一郎は、設計図を睨むように見つめる。
「…事務室は建物の裏手に近いな」
「店長だけを標的にするなら、裏口から侵入して静かに事を済ませられるわね…」
「だがそれじゃ、もし万が一何も情報が無かった場合、ジェンセンを誘き出す口実が薄い…」
「…正面突破?」
「その可能性も考慮しないとな…」
二人の会話を聞いていたダニーと巧登は驚愕する。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ二人共…」
「相手はジェンセンのとこだぜ?どんな警備員が居るか想像しただけでヤベーぞ?」
二人は何も答えない。もうどちらもとっくに覚悟を決めているようだ。
「…警備の詳細を」
「…わかったよ」ダニーは書類の中から、警備に関しての記述を探る。
すると、見つけた。表面上と考察で頼りがいはないが、参考のベースには丁度良い。
「カジノ内の監視カメラは約50台、死角や細部に約30人の警備員を確認…警備員の装備は見当たらないが、スーツ内に拳銃を隠し持っている可能性高し…ねぇ」
「金庫室の詳細は?」
「無いよ。まだそこまで辿り着けてないんだろ…」
「金庫室はどこ?」と、愛華がマップを覗いてくる。
「事務室から10m先にある階段を上がると、関係者以外立ち入り禁止のエリアがある…おそらくここのどこかにある…」
「でもまぁ、金に用はないんだろ?金庫は気にする必要無くないか?」
ダニーが條一郎にそう尋ねるが、彼は無言で返した。
「…何か企んでんな?」
「まぁな…」
それを聞いた愛華が横で小さく笑った。
條一郎はマップを置き、「じゃあこうしよう…」と、思いついた計画を早速四人に語り始めた。
* * *
夜19時。ダウンタウンLA。
「エンパイア・シティ・カジノ」は賑わっていた。
店先には綺麗なボディのマイバッハやキャデラックが列を成して優雅に佇んで停まっており、カジノ内には多くのセレブ達がギャンブルを楽しんでいた。最新型のビデオスロットマシーン、ポーカー、ブラックジャック、ルーレットと、他にもさまざまなゲームが用意されている。
シャンパンを置いたトレーを持ち運ぶウェイトレスや、辺りを監視して回っているピットマネージャーも、客の邪魔にならないよう歩いている。
バーカウンターでは、休憩がてらに酒を仰ぐ客も点在し、カクテルやウイスキーを飲んでいる。
カジノの奥には、監視カメラを管理している部屋があり、何人もの警備員が目を光らせている。
事務室では、ニコラスが気だるげな雰囲気を醸しながら、タバコを吹かし、デスクに足を載せて組んでいる。相変わらずジェンセンの示す金額などに納得がいっていないようだ。
「ったく…いつまでこんなの続けりゃいいんだよ…」
その時だった。
建物全体の照明が落ちた。
「っ…停電?」
ニクソンは足を降ろし、タバコを灰皿に押し付け、事務室を出ようと立ち上がった。
カジノフロアでは、多くの人がどよめいており、警備員達が急ぎ足で電源室に向かおうとしていた。
「どうなってる!?」
「分かりません…電源室の警備員と音信が途絶えて…」
「クソッ…出入口を塞げ__」
と、そこに、カジノの正面入り口から、一台の車がガラス張りの観音扉を破壊しながら店内に突撃してきた。黒いQX80だ。
「「__!!?」」
驚愕して床にへたり込んだスタッフの手前でQX80は停車し、運転席と助手席から、薄型の暗視ゴーグル、その上から濃いレンズのガスマスクを装着した、黒いスーツ姿の二人の人物…おそらく男と女が降車した。二人はダットサイトとフォアグリップ付きのFN・SCAR-Lを構え、客やスタッフ達に怒鳴り始める。
「動くな!!」
「お前らの金に用はない。痛い目に遭いたくなければ身を低くして待っていろ」
二人の警告を無視して、警備員数名が、隠し持っていたグロック19を取り出した。だが停電で辺りが暗くなっているため客に当たるリスクが高く、発砲はできない上、突撃してきた二人は警備員の銃を持つ手を撃ち抜き、銃を床に落とさせた。銃声が鳴ると客達が酷く騒ぎ始め阿鼻叫喚に陥る。
「動くなと言ってるだろう!!英雄になろうと思うなこのクズ共め!!」
暗視ゴーグルが映す様子を頼りに暗闇の中を進む二人。警備員達を殴り倒しながら、事務室に繋がる通路に侵入する。通路の扉を閉めると、警備員達が立ち上がって駆けつけ、銃を構えて扉を開けようとする。ここまでくれば客の安否を心配する必要はない。だが、ドアノブをひねっても何故か開かない。
通路側では、一人が近くにあったナイトテーブルを引っ張り扉の前に置き、テーブルランプを高さを最低まで落として、テーブルとドアノブの間に無理矢理差し込んだ。
「よし、行くぞ」
「えぇ」
二人はSCARを構え、事務室へ向かって駆け出した。
同じ頃。
とあるビルの一室では、ジェンセンが黒いキャリーバッグに荷物を詰めていた。服やアクセサリー、銃や弾丸だ。
すると、上着の胸ポケットに入れていたスマホに着信が入る。ニコラスからだ。
「どうした?」
《ジェンセン…!!おかしなことが起きてる…!!停電したと思ったらロビーの方でデカい音がして、そのあと銃声が聞こえてきた…!!》
それを聞いたジェンセンは、ゆっくりと口角を上げた。
「そうか…。
金を死守しろ。一銭でも奪われたらお前は死ぬ」
《はっ!?おいふざけ__》
ジェンセンは通話を切り、エレンに電話をかけながら、窓に歩み寄り、カジノがある場所を静かに見つめる。
「…エレン、お前の出番だ。エンパイア・シティ・カジノが襲撃されたらしい。おそらく西門だ。
しくじるなよ?」
ニコラスは懐中電灯を見つけ、銃声を聞いてから、自前の銃を探していた。デスクの引き出しを奥まで漁っている。
「クソッ…!!どこだ…!!」
すると、二人が事務室のドアを蹴り破り、SCARの銃口をニコラスに向けた。ニコラスは咄嗟に身体を起こして、懐中電灯を二人に向ける。
「っ…!!?」
「ニコラス・フィリップスだな?」
「そっ…そうだ…」
彼に質問した人物は彼に歩み寄り、SCARの銃口を彼の額に当てた。
そして、ガスマスクを片手で取り外した。條一郎だ。
後ろにいるもう一人もマスクを外し、愛華だと分かる。
「ジェンセンはどこにいる?」
「し、知らない…!!」
「質屋の男がお前クラスになれば知ってると」
「し、しし知らないってば…!!お、俺は単なるここの管理人にすぎない…!!」
條一郎は、深々と溜め息を吐いた。
「…よし、じゃあこうしよう。
ジェンセンに繋がるかもしれない情報を吐け。店でも、人でも…」
「そ、そんなこと言ったって…」
すると、彼はふと、何か思いついたことがあるのか、震える口である情報を話し始めた。
「あ、アイツに直接関係あるかは知らないが…
砂漠地帯とロスを繋ぐ道路に、モーテルみたいな建物がある…」
「…そこがなんだ?」
「そこは…娼婦の詰所になっていて…俺もよく行く…。
そしたらこの前、”赤ん坊の泣き声”が聞こえてきたんだ…」
それを聞いた二人は、驚愕した。特に、條一郎は…。
「…どんな子だった?」
「み、みみみ見てない…!!ただ声が聞こえてきただけで…」
「…場所を詳しく教えろ」
條一郎はそう言って、引き金に掛けている指の力を強めた。
「わ、わかった…!!」
ニコラスから場所の詳細を聞くと、條一郎は彼の胸倉を掴んで持ち上げた。
「よし、じゃあ最後の質問だ。金庫室のパスワードは?」
「なっ…!?お、お前ら…ここの金を盗んだら、一生追われるぞ!?」
「盗む気は全く無い。そんなことをしなくても、俺は奴にとっくに追われてる。むしろ、アイツからやってくるのなら好都合だ。
ほら、さっさと吐け」
「くっ…「18-7592」…」
それを聞いた愛華が、トランシーバーを取り出して巧登を呼び出す。
「巧登くん、そっちはどう?」
《金庫室前のクリアリング完了です。パスワードを伝えてもらえば、いつでも》
「わかったわ。パスワードは、「18-7592」よ」
《はい…》
通話の合間に、大きな金属が音を立てたのが聞こえた。
《開きました!》
「わかった。じゃあ後で合流しましょう」
愛華は通話を終え、トランスーバーを仕舞う。
「それで…彼はどうするの?」と、愛華は條一郎の隣に立って、震えるニコラスの顔を見つめる。
「…殺す理由も無い」
條一郎はそう言って、ニコラスを床に叩きつけた。
「ぐぁっ…!!」
二人が事務室を出ようとしたその時、火災報知器のベルが鳴り、スプリンクラーが作動し始めた。
「っ…!!?お、お前ら何をした!!?」
ニコラスが後ろ姿を見せる二人にそう叫ぶように聞いた。
「言っただろ?盗む気は全く無いって」
「…お、お前らまさか…!?」
同じ頃、二階にある関係者以外立ち入りが禁止されているエリアの最奥にある、大きな金庫室。
重厚な扉は開かれ、中では二人と同じく黒いスーツ姿の巧登とダニーが、アルコールをかけられた札束の山が、マッチの火で燃え上がっている様子を見つめていた。
「あ~あ、もったいねぇ」
「でもまぁ、これでジェンセン達にも大きな打撃を与えられますし…一番の稼ぎ頭が、こんなことになれば…」
「それもそうだな」
二人は金庫室を出て、スプリンクラーの水が降る通路を駆け、侵入してきた時のルートで脱出に向かう。建物全体の電気の制御盤などがある電源室を通り抜け、大型の配管ダクトに飛び乗り姿をくらます。
* * *
カジノの裏口から脱出した條一郎と愛華は、路地裏を駆け抜け、暗い立体駐車場に入った。
そこには、逃走用として用意していた紺色の日産・マキシマ A60型が駐車されており、運転席に愛華、助手席に條一郎が乗り込み、愛華はすぐにエンジンをかけ、勢いよく発進し、道路に飛び出した。左ハンドルだが愛華は何の問題もなく運転する。
カジノの騒ぎを聞きつけた警察のパトカーがけたたましいサイレンを鳴らしながら、次々とカジノに向かっていく。
條一郎は、窓の縁に右腕を載せ頬杖をしながら、黙って外を眺めていた。
愛華は静かに口を開く。
「…例の赤ちゃん、アナタの子だといいわね」
「…娼婦のとこってのが無ければな…」
「…きっと大丈夫よ。何もされてない…」
…すると、ルームミラーに、一台の車のヘッドライトの光が見えてきた。
「…尾行?」
愛華の呟きに気づいて條一郎もルームミラーを見た。明らかに接近して、自分達が乗るマキシマを狙っている。
近づいてくると、車種がわかった。シボレー・カマロ、2023年式のマットブラック塗装、そしてカマロから奏でられている轟音を聞いた條一郎は、「エクソシストか…」と呟いた。
運転しているのは、エレンだ。マキシマの後ろ姿を睨みつけている。それに、いつもより強張った表情をしている。
「アイツ…ジェンセンの…!?」
「早速か…」
條一郎は懐のホルスターからガバメントを取り出し、セーフティーを解除し、助手席側の窓を降ろした。
カマロが勢いよく車線変更をして、マキシマの助手席側で並走し始めた。
條一郎はガバメントの銃口をエレンに向けようとしたが、その直前にエレンがハンドルを切って、マキシマに体当たりをし始めた。危うくカマロの窓に銃が当たって押し出されて手を痛めるところだった。
「あぶねっ!」
運転しているエレンが、横目で二人を睨みつける。
二台が向かう先の交差点が赤信号になり、一般車が次々と停車する。
マキシマは左側、カマロは右側に避け車列を通り抜け、交差点を駆け抜ける。通りかかった一般車のドライバーが驚いてハンドルを切ってスピンし、対向車線の車と衝突した。
道路上の何台もの一般車を交わしながら、二台は猛スピードで走る。
カマロがマキシマの真後ろに着くと、一気に加速してマキシマのリアバンパーを突く。
愛華は咄嗟にハンドルを右に切り、マキシマはビルとビルの間の路地に進入する。エレンもサイドブレーキを引いてカマロを路地の入り口に向かせ、マキシマの後に続く。
ゴミ箱や段ボールを弾き飛ばしながら進んでいき、再び車道に出てドリフトをしながら左折する。通りかかった一般車が急停車し、後続の車が止まり切れず次々と追突していく。
「天羽、合図したらサイドを引いてバックしろ」
「わかった!」
カマロがマキシマの後ろに再び着くと、條一郎は「やれ」と言って、愛華はサイドブレーキを掛け、ハンドルを全開に回してターンし、即座にギアをリバースに入れバック走行をし始める。
そして條一郎が窓から腕を出し、カマロに向けてガバメントを発砲する。強力な45口径弾は確かにカマロのフロントウィンドウに着弾したが、防弾ガラスだ。あっさり跳ね返される。
「チッ…」
條一郎は腕を戻し、愛華は手前の交差点で再びターンし、ギアを戻して前進する。
するとその時、道路の向こうから、一台のロードランナー…ロサンゼルスに来る際に巧登とダニーが乗ったものだ。それが対向車線を走っていた。
「あれアマハネ!?」
「追われてる…」
二台とすれ違うと、巧登はサイドブレーキを引いてハンドルを全開に切ってVターンし、タイヤから白煙を上げながら後を追い始める。
愛華と條一郎もそれに気づいていた。
「よし…合流だな。あとはコイツをどうするか__」
そう言いながら後ろに振り向いてカマロを見た條一郎は、驚愕した。
カマロのフロントグリルに付いているエンブレムの部分が中に引いていき、代わりに機関銃の銃口が現れた。恐らく50口径だ。
「っ…伏せろ!!」
「えっ!?」
咄嗟に身を屈めた二人。その途端、カマロから50口径ライフル弾が機関銃の銃口から放たれた。次々と放たれる弾丸がマキシマのボディに襲い掛かる。
煙を上げた空薬莢がフロントフェンダーの開口部から排出され、後続のロードランナーに降り注ぐ。
「うわっ!?機関銃!?」
「マズいぞ…あの車そこまで頑丈なやつじゃねぇ…」
マキシマのボディが凹んでいき、ガラスにも亀裂が入り始め、やがて穴が開いてフロントウィンドウに着弾する。
愛華はハンドルを左右に切って弾幕を避けようとするが、カマロはしつこく後ろに食らいついてくる。
そこに、加速してきたロードランナーが追いついてきて、カマロの横に着いて体当たりを始める。射線がマキシマから逸れ、路上駐車の車列に弾丸が降り注ぐ。
やがて三台は、六車線はある大きな吊り橋に入った。
辺りを見回した條一郎は、ある物に気づいた。この先工事中だ。作戦を思いついた彼は、愛華に言う。
「そのまま突っ切れ!!」
「はぁっ!?」愛華もこの先に何があるのか気づいてはいるが、條一郎が何を企んでいるのかはまだ分からない。
彼はトランシーバーを取り、ダニーを呼び出す。
「いいか?お前らはそのままの位置を維持しろ!!ソイツを絶対他の車線に移すな!!」
《わ、わかった!!》
吊り橋の中間地点まで達する頃には、マキシマのトランクやリアバンパーにいよいよ穴が空き始めた。ガソリンタンクを直撃するのも時間の問題だ。
エレンは勝利を確信したのか、口元を緩ませる。
だが、機関銃の弾丸が切れた。
「っ…クソッ!」
カマロの機関銃の銃口が中に引いていき、エレンはアクセルを踏み込む。
だがその直後、條一郎は愛華に叫んだ。
「今だ!!」
條一郎のその言葉の直後、愛華はマキシマのハンドルを左に切った。
前ががら空きになったカマロ…だが向かう先には、工事用の木製のバリケードが並んでおり、カマロは次々とバリケードを粉砕する。
そして、更にその先にあるのは、工事用の機材の山。ドラム缶や鉄骨がブルーシートに被せられていた。
「しまった__」
エレンは咄嗟にハンドルを切って避けようとしたが、間に合わなかった。
カマロは機材の山に突っ込み、そのまま橋の外に逸れていく。吊り橋のワイヤーの間を抜け、下の水面へと落下していった。
愛華達が車を停車させた頃には、エレンの乗ったカマロは水面に叩きつけられ、あっという間に沈んでいった。
降車した愛華達は、橋の端に駆けつけ、エレンの行方を追おうとするが、夜で水面が暗くなっているのもあり、彼の姿を目視することはできなかった。
條一郎は小さく溜め息を吐いて、「行くぞ」と静かに言って、マキシマに再び乗り込んだ。それに追従して、愛華達もそれぞれの車に乗り込んで、その場を去っていった。
沈みゆくカマロから脱出したエレン。水中から身体を出して、岸のはしごに掴まって登って地上に降り立つ。
その表情は、絶望に満ちた表情だった。身体が寒さとは別の震えが起き、涙が浮かんでくる。
「やだ…ごめんなさいマスター…僕…僕…」
しくじるなよ…そう言われたのに、この結果を知れば、ジェンセンは自分を使い物にならないとして”始末”するだろう。
「うっ…うぅっ…ごめんなさい…ごめんなさい…」
ずぶ濡れになった震える身体のまま、エレンはフラフラとした足取りでその場から離れ、どこかに姿を消した…。




