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Ep.26前半

 ドミニクのガレージに到着した一行。

 WRXのドライバーは窓を開けて片手を出し「ばぁーい」っと手を振って走り去っていった。

 條一郎は降車してドミニクに会う。

「よぉ、レースは…あらら、全員顔合わせか」

「レースは中止だ。サツが来たからな。賞金はケヴィンが預かってる」

「マジか…んじゃ、とりあえず必要最低限の分は差っ引いておくか…」

 すると、條一郎のスマホに、非通知の着信が入った。

 電話に出た條一郎は早々に「誰だ?」と聞く。

 《俺だよ俺、ケヴィンだ》

「ケヴィンか…そっちから電話してくるってことは、サツは撒いたんだな?」

 《あぁ、レースの結果もわかったからよ、その報告だ》

「…それで結果は?」

 《…日本人のお嬢ちゃんが勝った。お前が負けるなんて信じらんねぇ…》

「……そうか、わかった。賞金はドミニクに渡してくれ」

 それを聞いたダニーは、慌てた様子で駆け込んできた。

「おいおいおい待ってくれ!!その賞金には俺の金も__」

 條一郎は電話を切ってスマホに仕舞った。ダニーは肩を落として落ち込んだ。

 涼しい顔をして待っている愛華に、條一郎は静かに歩み寄った。

「…レースの結果は?」

 愛華がそう尋ねるが、條一郎は答えず、代わりにこう言った。

「……出発は朝になってからだ。ゆっくり休め」

 そう言って、またドミニクに向かって歩いて行った。

 それを聞いた愛華は、レースの結果を察して、安堵の息を漏らした。



 その日の夜、皆はドミニクの家の空き部屋を借りて眠りに就いた。

 ドミニクは皆の車の修理に取り掛かっているが、日数がかかるものもあるため、朝になったら必要な車を新しく調達しないといけない。起きたらすぐに、ピースメイカーの拠点に行かなければ…。

 巧登とダニーが寝ている間、條一郎と愛華は眠れず、窓際に座って夜空を眺めていた。

 お互い誰も話を切り出さない。

 痺れを切らした愛華が最初に口を開いた。顔を夜空から降ろして條一郎の方を向く。

「…修作さんと真っ向から挑んだのに、どうしてアナタは生きてたの?」

「……アイツの慈悲だ。新婚だって分かったら、目の色を変えて、銃を降ろして立ち去った…」

「…じゃあ、裏取引とかは…?」

「そんなもんしてるわけないだろ…」

「…なら安心した」

「してると思ってたのか?」

「仕事の時の修作さんをよく知らないから…」

「…あの時、アイツが俺を逃がしてくれたおかげで…今はこんなことにはなってるが、おかげで…しばらくの間は楽しく過ごせた。

 その恩返しとして、君にはこっちの問題に首を突っ込んでほしくなかった…」

「…私自身、修作さんの期待を裏切っちゃった…だからせめて、全部終わらせてから、あの人の期待に応えないと…」

「…一度この世界に踏み込んだら、もう逃げられないぞ…」

 條一郎からのその言葉は、とても重い説得力が込められていた。

「…ねぇ、アナタは…ジェンセンを倒したら、そのあとはどうするの?」

「……さぁな。本当に子供が居るのなら、その子を連れて、またどこかで隠居したいが…

 アイツを倒しただけじゃ、終わらないだろうな…また誰かが、今度はアイツのための復讐にやってくる…復讐の連鎖を断ち切るには、全部潰して、俺が死なきゃ終わらん…」

「…ピースメイカーに入る気はない?」

 條一郎は呆れたように「ハッ…」と小さく笑った。

「何言ってるんだ?俺はお前の夫と敵対していた殺し屋だぞ?」

「…もう罪は十分償ったと思う…それに明日からの計画が遂行できれば…」

「やめろ…俺はもう、できることなら戦いたくない」

「…そうね…それが一番ね…」

 二人は窓の外から、空を見上げた。夜空はまだ、夜明けを待っている…。



 * * *



 その一方。

 砂漠地帯の道路に面したある一軒のボロボロのアパートのような建物では、赤ん坊の泣き声が夜な夜な響いていた。

 強面の男が、力強い足取りで、その声が発せられている部屋に入ってきた。

「おいうるせぇぞ!!早く黙らせろ!!おちおち寝れねぇじゃねぇか!!」

 ボロボロで黄ばんだベッドがある部屋の中央では、一人の少女が、泣いている赤ん坊をあやしていた。

 少女は癖毛の多いロングヘアーの黒髪で、肌は褐色、エメラルドグリーンの瞳はどこか輝きを失いつつある。困り顔をして、男にビビりながら、か弱い声で答えた。

「ごっ…ごめんなさい…すぐに落ち着かせますから…!」

 男は「ったく…」と言って、ドアを閉め、部屋に戻っていった。

 少女は赤ん坊に「怖かったね…もう大丈夫だよ…”レイ”…」と、小さく揺らしながら言った。

 次第に、赤ん坊は泣き止んでいった。



 更にその一方。

 ロサンゼルスのとあるカジノ。深夜になっても、金と豪運に飢えた人間達がまだまだ居座っている。

 カジノの裏手の事務室では、ジェンセンがタバコを吹かしていた。

 カジノの店長である中年の白人男性”ニコラス”が、急ぎ足でブリーフケースを持ってやってくる。

「こ、今月の売上です…」

「うむ、ご苦労」そう言ってジェンセンはタバコを床に落とす。それを見てニコラスは嫌悪感を抱くが、逆らえない相手なのだろう。喉から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 ジェンセンはブリーフケースの中にある札束の三割分を取り出してニコラスに押し付けて、ケースを閉じて取っ手を持つ。

「来月もこの調子で頼むよ、店長さん」

「あ、あの…できれば割合をもう少し__」

「あ?」

 ほんの一瞬のニコラスの反抗は、ジェンセンの鋭い声音と、ゆっくり横目を見せた時の目つきであっという間に押さえつけられた。ジェンセンの目は殺意を浮かばせている。

「ひっ…い、いえ…こ、これからもどうかお願いします…」

「……ザコが」

 ジェンセンはケースを持って、カジノの裏の出入口に向かって歩いて行った。

 外に出ると、磨き抜かれた美しい黒色のボディをしたキャデラック・エスカレードが停まっており、ジェンセンは後部座席に乗り込んだ。隣にはエレンが座って待っていた。

「お疲れ様です!」

「あぁ…おい、早く出せ」ジェンセンは運転手にそう言う。

 街を走るエスカレードの車内で、ジェンセンはエレンに、ある物を懐から取り出して手渡した。それは車のスマートキーだ。

「そろそろ西門達が乗り込んでくる頃合いだ。その時が来たら、これを使え」

「車?」

「あぁ。港のいつもの倉庫にある。特注カスタムの”エクソシスト”だ」

「マジで!?ありがと~マスター__」

 抱きつこうとしたエレンを、ジェンセンは片手で受け止め、ゆっくりと彼の眼に視線を向けた。

「…やり損うなよ」

 その言葉と、威圧を込めた低い声音を受け、エレンは身体を震わせた。もし失敗したら、殺されるかもしれない…。

「っ…わ、わかったよマスター…」

 エレンは鍵を受け取り、シートに座り直した。エスカレードは引き続き、ジェンセンの別荘へと向かい続ける。



 * * *



 翌朝。愛華達四人は、ダイナーで軽い食事を済ませた後、ドミニクのガレージに戻った。

 G35は夜のうちに必要最低限の修理が出来たが、他の車は終わっていない。

「残念だが、コイツしか終わってない…」

「良いわ、これから拠点に戻って、装備を整え直すから。ありがとう、ドミニクさん」

「いいって…んじゃ…

 気をつけていけよ…」

「…はい」

 皆G35に乗り込み、ドミニクのガレージを後にした。


 ピースメイカーの拠点に着き、皆ビルに入ると、誰もが皆、條一郎の存在に気づくと硬直した。それも当然だろう。敵対していたはずの人間がここに居るのだから…。

「歓迎されてる様子じゃないな…」

「目標達成すれば、きっと認めてくれるわよ」

「どうだか…」

 ガレージに着き、皆次の車を選び始める。

「愛華さんも変えます?」

「そうだ…もうちょっとパワーがあるのがいいかも」

 すると、條一郎はある一台に目が留まった。

「ほぉ…これは…」

 彼が目にしたのは、深紅の鮮やかなボディに傷みの無い黒のレザートップをした、1969年型ダッジ・チャージャー R/Tだ。

「いいね、これにしよう」

 愛華はそれを見てから辺りを見回した。

「それに追いつけそうなのは…」

 するとダニーが「それならあれ良いんじゃね?」と、ここに最初に来た時にも紹介されたあのトランザムを指差した。

「たしかに…」


 そして、三台の車が、ピースメイカーの拠点の地下駐車場から出ていった。

 先頭を走るのは條一郎のチャージャー、次に愛華のトランザム、そして巧登とダニーが乗るダークグリーンの1971年式プリムス・ロードランナー。

 皆それぞれ即座に通信ができるよう無線機を取り付けてあり、早速愛華が條一郎に繋いだ。

「それで、どこに行くの?」

「ロスだ。アイツの別荘がある可能性が高い。アイツがみかじめ料を受け取っているカジノか何かがあるはずだ。そこを叩く」

「了解…」

 三台はロサンゼルスに向けて走り始めた。



 * * *



 ニコラスは深夜、マイカーである黒いフォード・トーラスのワゴンを運転して、砂漠地帯の道路に面したある一軒のボロボロのアパートのような建物に向かった。愛着が無いのか、洗車はほとんどしておらず、ペダルの踏み込みも、静かな怒りが籠っているのか荒い。

 建物の駐車場に前向きで駐車し、ドアを乱雑に開けて勢いよく閉め、建物に入る。中に入るとすぐ手前の壁に、廃れた金網がはめ込まれた受付的なスペースがあり、スキンヘッドの大柄な男が椅子に座りハンバーガーを食べていた。ニコラスは懐から財布を取り出し、一枚のカードを彼に見せる。「ニコラス・フィッリップス No.7595 key.TG76DF」と彼が黙読すると、「…入れ」と顎を建物の奥に向かってクイッと上げるジェスチャーをする。

 ニコラスはカードと財布を仕舞い、咳払いをしながら建物の奥へと足を運ばせる。

 そこに、また男…先程怒鳴っていた強面の男だ。小脇に紙のボードを抱えている。

「ようこそニコラス。また来てくれて嬉しいよ」

「何が嬉しいだ”トニー”…お世辞はやめろ。ただでさえ今日はイラついてんだ…」

「またジェンセンにみかじめ料値上げされたのか?」

「あぁ…そのせいでこの半年売り上げが伸びん…”ここ”が、唯一の癒しスポットだ…」

 トニーと呼ばれた強面の男は、小脇に抱えていたボードをそっとニコラスに手渡す。

「今日の出勤者だ」

 ニコラスは、ボードに目を通す。先程の泣いている赤ん坊をあやしていたあの少女の写真が、「ニーナ 16歳・非処女・経験少なめ」という記述と共に掲載されている。他にも、何人もの少女の写真と詳細が載っている。

 ボードを呼んでいると、上の階から赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。それを聞いたトニーは強く舌打ちをした。

「ったく…またか…!とっとと捨ててくりゃいいのによ…」

「…赤ん坊が居るのか?」

「娼婦…”ニーナ”が世話してるガキだ。言っとくが、売りもんじゃねぇぞ?」

「分かってる。そっちの趣味は無い。だがなんでここに赤ん坊が居る?」

「知らねぇよ…リーダーがジェンセンか誰かの命令で、ずっとここに居るんだ」

「娼婦の子か?」

「いや…うちは妊娠したら腹殴って”流す”からな」

「…あまり、深入りしない方が良さそうだな…。

 トニー、この”ジェニー”って子を頼む」と、ニコラスはボードに載っている少女を指差して見せた。金の長い髪に華奢な身体つき、経験はそれなりにあるようだ。

「OK…7番の部屋に行け」

「あいよ…」

 ニコラスは小部屋へと向かい始め、トニーとはその場で別れた。



 * * *



 出発からどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 チャージャー、トランザム、ロードランナーがロサンゼルスの中心部にある、ピースメイカーアメリカ支部の本所ビルに着いた頃には、陽が沈み始めていた。

 地下駐車場に車を停めると、そこではトミー・ジャクソンが微笑みながら立っていた。

 トランザムから降車した愛華に声をかけてくる。

「アマハネ、ようこそアメリカへ」

「ジャクソンさん、お久しぶりです…」

「話はシキシマから伺っています。もちろん、ニシカドの件も…」と言って、チャージャーから降車した條一郎を一瞥する。

「…オフィスを案内します」

「ありがとうございます…」


 アメリカ支部本所のオフィスは、流石にサンフランシスコ支部よりも広く、設備も豊富だ。隣接するガレージには、倍以上の数の車両や武器も用意されている。

 ガレージの端にある、黒いシボレー・コルベット C6型ZR1の隣で、愛華と條一郎は話し合っていた。

「これからどうするの?」

「まずはジェンセンが仕切っている店の奴を捕まえて、ジェンセンの居所を聞く」

「もし分からないって言われたら?」

「わざと生かしておいて、ジェンセンに報告させる。運が良ければ、アイツが自分から姿を現して、俺達を殺しにくるかもな」

「…リスクが高いわね」

「ここまで来たんだ…どんな手を使ってでも引きずりだしてやる」

「…店の目星はついてるの?」

「一軒だけな…襲撃は今夜決行だ」

「わかったわ。二人にも伝えておく」

 愛華はそう言い残し、條一郎と別れて巧登とダニーが居る場所に向かった。



 夜23時。

 4人は防弾仕様の黒いインフィニティ・QX80に乗って、ある店に向かった。

 中心部から離れた小さな街中にある、とある質屋だ。外観はなんとも平凡で、愛華達はジェンセンがここと繋がっているとはとても思えなかった。店は既に今日の営業を終了しており、店内の光は灯ってない。

「ほんとにここ?」

「間違いない。行くぞ」

 4人は降車し、質屋に近づき、條一郎は「CLOSED」の札を外して地面に投げ捨て、力強く扉を叩く。何度も繰り返していると、店の灯りが着き、扉の施錠が半分解かれ、少しだけ開く。扉にはまだチェーンが掛けられているが、隙間からやつれた雰囲気の痩せこけた男が顔を出した。

「何だいアンタら…もう今日は__」

 條一郎は扉のチェーンを掴んで力づくで引っ張った。老朽化していたのかすぐに壊れ、條一郎は無理矢理扉を掴んで開け、男を店の中に蹴り飛ばした。

 4人はすぐさま店に入り、扉を閉める。

 床にへたり込んだ男は、怯えながらも声を荒げる。

「おっ、お前ら…ここが誰の店か分かってんのか!?えぇっ!?」

「ジェンセンか?」と巧登がしゃがみながら尋ねる。

「そうだ!!ここはアイツが仕切ってる店だ…!!何かあったらただじゃ済まないんだぞ!?」

 條一郎は彼に歩み寄り、しゃがんで胸倉を掴む。

「それは好都合だ…。

 アイツは今どこにいる?」

「っ…知らねぇよ!!」

 條一郎は即座に彼の顔面に一発拳を打ち込んだ。男の口から血と折れた歯が床に落ちる。

「もう一度聞くぞ?ジェンセンは今__」

「ほっ、本当に知らねぇんだ…!!俺は単なる店番にすぎない…!!もっとデカいとこに行けば、分かるかも…!!」

 それを聞いた條一郎は、胸倉を掴む力を強めて、彼の顔を自分に近づけて続ける。

「他の仕切ってる店のことか?どこだ?」

「か…カジノ…だ…カジノだ!!”エンパイア・シティ・カジノ”…!!」

 それを聞いたダニーが驚いて目を丸くする。

「エンパイア・シティ・カジノっていったら…ロス一番の人気カジノだぜ!?あの男そこと繋がってんのか!?」

「あぁ…一番売り上げが良いってんで、みかじめ料も半年前から値上がりしてる…ニコラス…店長を捕まえれば、何かわかるかも…!!」

 條一郎はそれを聞いて、「フーッ…」と深々と息を吐いてから、もう一度彼の顔面に拳を叩き込んだ。そして男は脳震盪を起こしたのか気絶し、條一郎は手を解いて彼を床に落とし、ゆっくりと立ち上がる。

「…行くぞ」

 條一郎を先頭に、4人は質屋を出ていった。

 去り際に、巧登が投げ捨てられた札を拾い、CLOSEDの向きで再び扉にかけた。

「お大事に~」と言い残し、再びQX80に乗り込み、その場から逃げるように勢いよく走り出した。

「これからどうするの?」と、助手席に座っている愛華はスマホを取り出して例のカジノのことを調べつつ條一郎に尋ねた。

「…カジノを叩く。だが準備が必要だ…」

「急いで取り掛からないと、さっきの男が起きたら…あぁ、それはそれで好都合なのよね?」

「そうだ。なんなら、カジノに居てくれたらありがたいんだがな…」

 愛華のスマホが、カジノについての詳細を表示し始めた。

 ダウンタウンLAにある、高層ビル一体型の複合施設で、メインであるカジノの他に、高級ホテルやレストランも備えており、セレブやギャンブラーだけでなく、各国で活躍するスターも利用するらしい…。

「…警備が厳重そうね…これは厄介な予感がするわ…」

「でも、それだけ大きな施設なら、ロサンゼルス支部に何か情報ありそうですね…」と後部座席から巧登が話す。

「一応聞いてみましょう。西門さん、一度ビルに戻りましょう」

「あぁ」

 4人を乗せたQX80は、ロサンゼルス支部のビルに戻り始めた。

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