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66話―ミュージカルのはじまり……?

 夕方。ご馳走を堪能したコリンたちは、ダールムーアや警護の騎士たちと一緒に帝国一の大きさを誇る劇場へ向かう。


 歌姫の公演が行われるだけあって、劇場には貧富を問わず大勢の客がやって来ていた。入り口でチケットを見せた後、コリンたちは上階に行く。


 ちなみに、ダールムーア曰く今日の公演内容は邪悪な竜に囚われた王子を救うべく、流浪の女騎士が冒険を繰り広げる……というものらしい。


「ここだここ。いい眺めだろう、特別会員限定の席なんだ。開演まであと二十分近くある、ゆっくりくつろいでくれ」


「ふむ、なら下にある売店でおやつを買ってこようかのう。さあ、おやつが欲しい者はわしに続け!」


「おやつ! 食べる食べる食べる、いっぱいたべたーい!」


「あら~、じゃあわたしも一緒に行くわ~。チラッと見たパンケーキ、とっても美味しそうだったもの~」


 あれだけご馳走を食べたというのに、コリンたちの胃袋にはまだ余裕があるようだ。デザートは別腹、というやつだろう。


「コリンはんたち、よう食べるわ。ウチは遠慮しとくわ、流石にこれ以上は食べられへん」


「マリス、待ってる。人、多い、ニガテ」


「うむ、では行ってくるでな。すぐ戻る故、待っていてたもれ」


 おやつを確保するべく、コリンたちは一階ホールにある売店へ向かう。パンケーキにチョコレート、各種ジュースを買い込む。


 目的を果たした三人は上階に戻ろうとする……が、ちょうど団体客が入ってきたことでコリンがはぐれてしまう。人混みに流され、たどり着いたのは……。


「むう……ここは控え室がある通路かのう? 部外者が長居すると怒られてしまうな、はよう戻らねば」


「なんだって!? 役者が急に熱を出したぁ!?」


「は、はい。酷い高熱で、歩くこともままならない状態にあるって……」


 ホールに戻ろうとするコリンの耳に、控え室の中から大声が聞こえてきた。開演を前に、何かトラブルが起きたようだ。


「どうするんだ、端役ならともかく、囚われの王子さまという大事な役なんだぞ! 今から代役を立てるなんてまず無理だし……」


「いっそ、事情を説明して今日の公演を中止にするというのは……」


「ダメだダメだ、俺たちバーウェィ一座は結成以来一度も公演を中止したことがないんだ。そんなことしたら……ん? 外に誰かいるな、何者だ!」


「のじゃっ!?」


 悪いと思いつつ、好奇心を刺激されコリンは盗み聞きをしていたが……控え室の中にいた人たちに気付かれてしまった。


 扉が勢いよく内側に開き、ピッタリ身体をくっつけていたコリンは部屋の中に転がり込んでしまう。控え室にいたのは、二人の役者だった。


「なんだ、子どもか。こんなところで何をしてるんだい? 迷子になったのかな?」


「う、うむ。そうなのじゃ。では、わしはこれにて失礼……」


「いや、待て。待ってくれ。俺によーく顔を見せておくれ。……むむむ、これは!」


 貴婦人の格好をした女役者は、コリンを見て迷子だろうと思い声をかける。コリンは頷き、外に出ようとする……が、もう一人の男役者に捕まる。


「見た目……よし。声の艶、ハリ、質……完璧。メルシャ、この子ならイケるぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってよガルドー! まさか、この子に代役してもらうつもり!? 冗談でしょ!?」


「いや、俺のカンが告げてる! この子なら代役が出来るってな! こうしちゃいられねえ、座長のトコに行くぞ!」


「え? え? な、何がどうなっておるのじゃ!?」


 ガルドーと呼ばれた男は、ひょいとコリンを抱え控え室を飛び出す。廊下の奥にある別の控え室に飛び込み、大声を張り上げる。


「座長ォォォォ! 王子役の子、ゲットしてきました! この子なら座長のお眼鏡にもかなうはずです!」


「あら! あらあらあら、まあまあまあ! なんてプリティーな()()なのかしら。いいわ、すっごくイケてる。いいわ、合格よ!」


 控え室の中には、竜人族の大男がいた。きらびやかなドレスを纏い、バッチリと化粧をキメた……ナイスミドルが。コリンを見て、うっとりとしている。


「ぴいっ! お化けじゃ、お化けがおるぅぅぅ!」


「あらやだ、こんなピッチピチの乙女を見てお化けだなんて……悪い坊やね。アタシはマデリーン・バーウェイ。『処女星』リージア・バーウェイの末裔よん。よろしくね、コーネリアスくん?」


「!? そなた、わしを知っておるのか? というか、バーウェイ家の者じゃったのか!?」


「ええ、そうよん。ダズロンちゃんから聞いたの。よろしくね、ん~ちゅっ!」


 オカマもといマデリーンは、クネクネしたポーズを取りつつ投げキッスをする。それを受けたコリンは、精神に甚大なダメージを受けた。


 今すぐにでもここから逃げるべきだと、本能が警鐘を鳴らしている。が、ガルドーに抱えられ逃げ出すことが出来ない。


「ま、まあよい。それで、一体全体なにがどうなっておるのじゃ? 詳しく説明してたもれ!」


「ええ、もちろんよ。ついさっきね、今日の演目……『竜滅の叙事詩』で王子役をする子が熱を出して倒れてしまったの。このままでは、アタシたちはミュージカルを中止しなければならないわ」


「な、なるほど。それは困るのう」


「ええ、でも今から別の子役に来てもらうのは時間的に無理。そこで無理を承知でお願いがあるの。コリンちゃん、王子役をしてもらえないかしら」


「そうは言われてものう……わし、そういうのはさっぱりやったことがないのじゃ」


 マデリーンのお願いに、コリンは渋い顔をする。オペラを見ること自体はじめてだというのに、演技をしてくれと言われてもまず無理だ。


「そこは大丈夫よ、王子の出番そのものはかなり少ないから。序盤の連れ去られるシーンと、ラストの舞踏会のシーンくらいだからね」


「そうそう、セリフさえ覚えちまえば後はなんとかなる。座長には秘策があるからな!」


「そう言われてものう……秘策とやらの内容が分からんことには引き受けられん」


「それもそうね。いいわ、教えてあげる。簡単なことよ、コリンちゃん。アタシの一族に伝わる歌魔法の力で、あなたを一時的に演劇の達人にするの。歌や踊り、役者としての仕草。全部達人のソレになるのよ」


 そう言うと、マデリーンの喉に光が灯る。二重の円で囲まれた、微笑みを浮かべる女性の顔を模した紋章。【バーウェイの大星痕】だ。


「演技に必要なスキルは、アタシの力でどうにでもなるわ。でもね、役に相応しいビジュアルと気品だけは替えが利かないの。その点、あなたなら文句なしなのよ、コリンちゃん」


「むう……ええい、仕方ない。乗りかかった船じゃ、こうなればとことん付き合うてやろうではないか!」


「キャー! ありがとうコリンちゃん、恩に着るわぁ~! ガルドー、すぐに支度して。衣装班と化粧班を全員召集よ!」


「ガッテンでさぁ、座長! というわけで、一緒に来てもらうぜ坊や!」


 開演まで、残り十五分弱。すぐに支度を整えなければならない。ガルドーはコリンを担いだまま、別の控え室にすっ飛んでいく。


 それを見送ったマデリーンの後ろから、扉が開く音がする。マデリーンが振り向くと、そこには劇で使う鎧装束を纏った竜人の少女が立っていた。


「なんだかうるさいわね……本番に向けて瞑想してたのに、集中力が切れちゃったわ。どうしてくれるのよ、()()


「ごめんなさいね、イザリー。ちょっとしたアクシデントがあったけど、もう解決したから大丈夫よ」


「ああ、王子役の男の子が熱出しちゃったんでしょう? 最近寒さが酷いから、風邪をひいてしまったのかしら。早く治るといいけれど……って、もしかして治ったの?」


「違うわ。代役を見つけたのよ。聞いて驚きなさい、前にカーティス家の人から聞いた……英雄の坊やちゃんが引き受けてくれたわ」


 イザリーは母親の言葉を聞き、驚きで目を丸くする。鮮やかな水色の髪が逆立ち、ぶわっと広がった。


「どうして先に言ってくれないの!? もっかいお化粧しなくちゃ! こんな顔じゃ、恥ずかしくって対面なんて出来ないわ!」


「手早く頼むわね、イザリー。もうすぐ公演の時間だから。それにしても、よかったわねぇ。憧れの坊やに王子役をしてもらえるなんてね」


「もう、からかわないで! いくらママだからって、あんまりからかうと火を吹き付けるわよ!」


 顔を赤くしたイザリーは、勢いよく扉を閉める。すると、それまでにこやかに笑っていたマデリーンの顔が、途端に曇った。


「……あの子ももう十五。あと五年で、一族にかけられた『呪い』が発動してしまう。その前の最高の思い出になれば……幸いね」


 そう呟き、マデリーンは己の喉を撫でる。浮かび上がった【バーウェイの大星痕】に覆い被さるように、不気味なドクロの紋様が広がっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「ぴいっ! お化けじゃ、お化けがおるぅぅぅ!」 >「あらやだ、こんなピッチピチの乙女を見てお化けだなんて……悪い坊やね。アタシはマデリーン・バーウェイ。『処女星』リージア・バーウェイの末…
[一言] ほ、本当にママなのか?(゜ο゜人))パパが女装してる訳でなく(ʘᗩʘ’) 呪いなんて言ってるがまた何か人生掛かってそうな案件か?(゜o゜;
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