65話―さむーい国のあったかーいおもてなし
堅苦しいのも何だから、とダールムーアはコリンたちを連れ、城の食堂に向かう。身体も心も温まる美味しい料理を食べながら、話し合いをするようだ。
「この日のために、五日をかけて絶品食材を集めてきたぞ! 山の幸に海の幸、好きなだけ食べてくれ」
「うわぁ、いい匂い……! どんな料理が出てくるか楽しみだね、ししょー」
「うむ。この二日、携帯食料ばっかり食べてたからのう。お腹がもうペコペコちゃんじゃよ」
厨房の方から漂ってくる美味しそうな匂いに、思わずコリンとアニエスはヨダレを垂らしそうになる。カトリーヌやエステル、マリスもうきうきしていた。
「さて、料理を待つ間に早速話し合いをしよう。おっと、堅苦しいのはナシだ。普段通り話してくれていいぞ。仲良くいこうじゃないか」
「分かりもうした。そうそう、マリス殿は幼少期に喉を怪我して喋るのが苦手なのじゃ。そこを理解していただけると幸いでござりまする」
「そう。マリス、話す、苦手。ここ、古傷ある」
コリンにフォローしてもらったマリスは、クイッと顎を上げ喉を見せる。そこには、爪で引き裂かれた痛々しい傷跡が残っていた。
それを見たダールムーアはショックを受けたようで、ボロボロ大粒の涙をこぼし嗚咽を漏らす。拳でドンドン机を叩き、同情の声をあげる。
「なんて大きな傷跡だ……さぞ痛かったろう、お前さんも苦労しただろうなぁ、辛かったろうなぁ。ううう、オロローン!」
「ああっ、陛下がまた泣かれているぞ! あやし部隊、急行せよ!」
「すいませんね皆様、少々お待ちください。陛下は一度泣き始めると、中々泣き止まないので……」
「は、はあ……」
食堂の端っこに待機していたマーゼットは、ダールムーアが泣きはじめた瞬間携帯していたホイッスルを吹き鳴らす。すると、複数のメイドたちが食堂に雪崩れ込み、皇帝をどこかに運んでいった。
「……なんだか、とんでもない光景に出くわしてしもうたな。いきなり泣き始めた時はびっくりしたぞい」
「あはは、ごめんねー。陛下、結構感情の波が激しくてっさー。たまーにああなっちゃうんだよね。その分、切り替えた後はしばらくキッチリしてるけど」
「ウワサには聞いとったけど、実際見るとインパクトが半端ないわ。嵐の王の異名は伊達やないなぁ」
エステルはそう呟き、グラスに注がれた水を飲む。しばらくして、ダールムーアが戻ってきた。散々泣いて発散したようで、スッキリした顔をしている。
「いやー、すまんすまん! 話の腰を折って申し訳ない。さて、また感情がバクハツする前に本題に入ろうか。使者殿、ガルダ草原で起きたこと、話してくれないかな? 真実を直接知りたい」
「分かった。マリス、話す。皇帝、聞く。みんな仲良し、なる」
料理が運ばれてくる中、マリスはコリンたちのフォローも交えながらガルダ草原連合で起きていた内紛についての詳細を語る。
チーター部族の族長、エゼンケの正体がヴァスラ教団の幹部、オラクル・アムラだったこと。彼がイノシシ部族とコウモリ部族を扇動して反乱を起こさせていたこと。
オラクル・アムラを筆頭とした過激派を排除した今、マリスたち草原の民に他国と争うつもりは一切ないこと。それらを正直に話して聞かせた。
「……なるほどな。そういうことだったか。教団の連中め、どの国でもきたねぇことばっかりしやがる。虫酸の走る話だ、ええ?」
「うん、ボクもそう思う。教団や巌厄党のせいで、罪の無いエルフのみんなが……」
「ハンス……」
ダールムーアの言葉に、アニエスとカトリーヌは教団の暗躍によって命を落とした者たちを思い出したようだ。沈痛な面持ちになり、押し黙ってしまう。
「すまない、嫌なこと思い出させちまったようだな。お詫びに、この国の旨いもんをたらふく食ってくれ。草原との仲直りの記念だ、大盤振る舞いでいくぞ!」
「いよっ! 待っとったで大将! どんどん料理運んできてや!」
「うむ! カトリーヌたちも、笑顔笑顔じゃ。いつまでも落ち込んでおると、ハンス殿たちも悲しむぞよ」
暗くなった雰囲気を吹き飛ばすべく、エステルとコリンは陽気に振る舞う。二人の気遣いを受け、カトリーヌたちも笑顔を浮かべる。
「ふふ、そうね。コリンくんの言う通りだわ。下を向いてたら、ハンスたちに笑われちゃうわね」
「うん、分かった! よーし、今日は食べて食べて食べまくるぞー!」
「よぅし、給仕たち! どんどん料理を運んでこい! ド派手なパーティーの始まりだ!」
ダールムーアが手を叩くと、厨房から次々と料理が運ばれてくる。分厚い雪原牛のステーキにブリザードサーモンのムニエル、巨大なロブスターのグリルや雪国野菜のサラダ……美味しそうな料理がてんこ盛りだ。
「飲み物は雪解け水を使ったミネラルウォーターだ。この国の特産品でな、清らかな味わいが最高の一品なんだぜ。さ、両国の友好を記念して乾杯だ。せーの!」
「かんぱーい!」
乾杯の後、コリンたちは運ばれてきた料理を堪能する。各々が好きな料理を取り分け、美味しそうに頬張り至福の時を過ごす。
「うふふ、このステーキ美味しいわ~。噛めば噛むほど肉汁が溢れてきて、ずっと口に入れたくなっちゃう~」
「このサラダ、すっごい美味しい! シャキシャキしてて食べ応えもあるし、野菜本来の甘みがじんわり広がって……ドレッシング無しでもいけちゃうね!」
「むむむ……! このムニエル、実によい。外はカリカリ、中はふんわり。塩胡椒とバター、実にシンプルな味付けじゃが……それが素材の旨さを引き出しておる! 最高の逸品じゃあ!」
コックたちが腕によりをかけて作った料理を堪能するコリンたち。そんな中、マリスはジーッとロブスターのグリルを見つめていた。
未知の料理を前に、どうやって食べればいいのか分からず困惑しているようだ。隣に座っているエステルが、助け船を出す。
「どないしたんや、マリスはん。ああ、もしかして食べ方が分からへんのか?」
「そう。マリス、この料理はじめて。どう食べる? これ」
「それはな、殻と身を分けてから食べるんや。ウチのやり方を真似してみい。ほれ、こんな感じや」
「これ、難しい。でも、マリス、頑張る」
エステルの真似をしてみるも、上手く殻と身を分けられずマリスは苦戦する。そんな彼女を見て、ダールムーアは娘を見守るかのように微笑む。
「偉いもんだ、自分の力で挑戦する姿は尊い。俺に子どもがいたら、こんな風に育ってたかもしれねえな」
「陛下はご子息やご息女がおられぬのかのう? そういえば、奥方殿らしき方も見受けられませぬが」
「俺にもカカアがいたんだがな、三年前に離婚したのよ。あの女、ヴァスラ教団の密偵だったんだ。俺を利用して、機密情報を盗もうとしてやがったんだよ。今思い出しても腹がたつ!」
どこの国でも、ヴァスラ教団に苦しめられていることに変わりはないらしい。殻ごとロブスターにかぶりつき、バリボリ噛み砕いて皇帝は怒りを発散する。
「ま、俺が皇帝になってから教団狩りを始めたからな。連中はそれが気に入らないのさ。だから、そういう当て付けみたいなことをするわけよ」
「陛下も大変なのね~。その気持ち、ちょっと分かるわ~」
「大変と言やぁ、『処女星』のバーウェイ家も別の意味で酷い目にあってるな。あの呪いは、聞くだけで気が滅入るぜ」
「……呪い? それは一体、どのようなものじゃろうか」
「わりぃが、俺の口からは言えねえ。本人たちへの侮辱になりかねないからな。自分で直接聞いてみるといい、夕方に会えるからよ」
コリンが口にした疑問に対し、ダールムーアは答えを提示する代わりに懐から紙切れを取り出す。それは、バーウェイ家が主催するミュージカルの招待券だった。
「夕方、バラホリックシティで一番デカい劇場でミュージカルをやるんだ。その主演が、バーウェイ家の跡継ぎ……魅惑の歌姫イザリーでな。使者殿たちへの、直筆の招待券を預かってんのさ」
「なるほど。では、公演が終わった後で挨拶をするかのう。同じ星騎士の末裔同士、仲良くしたいしの」
「……むむむ、なんだか嫌な予感。またししょーに悪い虫がくっつきそうな……」
「自分のこと棚に上げてよう言うわ……」
マリアベルみたいなことを言うアニエスに、エステルは呆れながらツッコミを入れる。それを聞いて笑うコリンたちは、この後大騒動が巻き起こることをまだ知らなかった。




