64話―雪と北風の帝国
「ようやく到着したのう、グレイ=ノーザスに。辺り一面、雪景色じゃな!」
「真っ白、いっぱい。冷たい、不思議」
「先ほど連絡を入れたので、迎えの馬車が来ます。それまで、ここでお待ちください」
二日に渡る空の旅を終え、コリンたちは二重帝国の首都バラホリックシティに到着した。街の外れにある竜車の発着場から出たコリンたちは、空を眺める。
生憎、雪が降りしきる曇天だったが雪を見たことのないコリンやマリスたちにとってはむしろ喜ばしいことのようだ。……ただ一人、アニエスを除いて。
「さむっ、さっぶ! 何この寒さ、ちょっと尋常じゃないんですけど!? 喜んでる暇がな……あ゛あ゛あ゛あ゛! 待ってマリスちゃん、服の中に雪入れないで!」
「ふわふわ、お裾分け。ひんやり、楽しい」
「ボクは楽しくなぁぁぁぁぁい!!!」
温暖な森での生活しか経験のないアニエスは、さっそく雪と北風の洗礼を受けたようだ。これまで着ていた鎧を脱ぎ捨て、竜車の中にあった防寒着を重ね着している。
「うふふ、二人とも元気ね~。わたしも嬉しいわ~」
「……なあ、カトリーヌはん。ビキニアーマーで寒くないんか?」
「わたしはオーガだから~、このくらいの寒さなんてへっちゃらよ~。うふふ」
「くっ……! せやなぁ、こんなにデカい脂肪の塊ぶら下げとるんやからなぁ……寒いわけあらへんよなぁ……クアアァァァァ!!」
「きゃ~! 雪玉投げるのはやめて~!」
修羅のような表情を浮かべ、エステルは超高速で大量の雪玉を作り逃げ惑うカトリーヌに投げつける。ムダにピンポイントに、二つの膨らみに直撃させていた。
「やれやれ、みんな元気じゃのう……。風邪をひいても知らんぞ、わしは」
「……何と言うか、イメージとはだいぶ違いますね。年齢と行動が釣り合っていないというか、いやはや」
「気にすることはない、モリアン殿。わしは我慢しとるだけじゃ。雪遊びするのは、使者の仕事を終えてからと決めておるからの……!」
じゃれ合う仲間たちを見て、コリンはうずうずしていた。自分も混ざりたいのだろうが、これから大事な仕事があると自戒しているのだ。
そんなコリンに感心しつつ、モリアンは懐から懐中時計を取り出す。その時、道の向こうから雪道仕様の馬車がやって来た。
「皆様、迎えが来ましたよ。さ、雪遊びは終わりにして乗ってください。皇帝陛下が待つオルダートライン城にご案内します」
「だそうじゃ。みな、はよう支度せんといかんぞ」
「は~い」
「はーい……っくしょん! ……さぶっ!」
「はぁはぁ……分かったわ、すぐ行くで」
「残念。後で遊ぶ」
コリンの一声で、カトリーヌたちが集まってくる。ほぼ全員雪にまみれていたため、互いの身体にかかった雪を払いあう。
「お初にお目にかかります、ここからはこの私、マーゼットが皆様をご案内します。ささ、どうぞ乗っちゃってください!」
「うむ、よろしく頼むぞよ。では、乗ろうかのう」
「くれぐれも、問題を起こさないよう安全運転で頼むぞ、マーゼット。ここ最近、バラホリックシティも物騒な出来事が多いからな」
「任せてくださいよ、モリアンさん。それじゃ、しゅっぱーつ!」
ここからは御者を交代し、テンションの高い女性……マーゼットがコリンたちを案内するようだ。滑り止めの魔法が施された馬車に、コリンたちが乗り込む。
全員が乗ったのを確認した後、モリアンが扉を閉めると同時に馬車が動き出す。一人発着場に残ったモリアンは、一行を見送った。
「いやー、ここまで大変だったでしょー? 皆さん、あんまり寒さに慣れてなさそうですしね」
「現在進行形で大変だよぉ……こんな寒いんだね、この国。ロタモカ公国とは大違いだぁ」
「あら、それは大変でしたね! 私、エルフの国には行ったことないんですけど、あっちは一年中あったいんでしょう? いやぁ、羨ましいですねぇ!」
寡黙なモリアンと違い、マーゼットは馬を操りつつガンガン話しかけてくる。操作を誤れば墜落してしまう竜車と違い、お喋りする余裕があるのだろう。
「うん、もうすんごいビックリしたよ。こんなに寒いって知ってたら、もっと暖かい服持ってきたのに」
「それなら大丈夫ですよ! お城に着けば、保温魔法がかけられたあったかぬくぬくの……ありゃ? なんかやってますね、これは……検閲ですかね?」
城へ向かう途中、大通りの向こうから武装した騎士たちがやって来た。物々しい雰囲気を感じ取り、コリンたちは身構える。
「ちょーっと……すいませェェェん。馬車の中を改めさせ……あ、マーゼット将軍。例の送迎ですか、お疲れ様です」
「ちっすー。で、首都警備隊の諸君らは何をやってるんだい? なんかあったの?」
「ええ、数日前に貴族の屋敷に賊が入って、住んでいた人たちが皆殺しにされる事件が起きましてぇ~。犯人を探すために、首都のあちこちで調査をしているんですよ~」
槍と大盾、重い鎧で身を固めた騎士たちはそう説明する。馬車の中にいたコリンたちは、小声でひそひそ話を行う。
「皆殺しだって。やだなぁ、着いてそうそう不吉だよししょー」
「あの口ぶりじゃと、まだ犯人は捕まってなさそうじゃな。はよう捕まるといいのじゃが」
「せやなぁ。物騒な騒ぎに巻き込まれるのは勘弁やからな」
コリンたちが話をしている一方で、マーゼットたちの話も進む。警備隊の騎士たちは、馬車の中を見せてほしいと懇願した。
「というわけでぇ、規則があるので一応中を改めさせてもらってもいいですかぁ~? いや~、迷惑かけてすみませんねぇ将軍」
「いいよいいよ、怪しいものなんてなんもないし。ちゃちゃっと済ませてね、皇帝陛下が待ってるから」
「かしこまりましたぁ~。すいませェェん、ちょっと失礼しますよぉ~」
騎士たちは馬車の扉を開け、手早くチェックを済ませる。すぐに捜索は終わり、コリンたちに向かってペコリと一礼した。
「怪しいものはありませんでした~、皆さんもお気をつけくださいねぇ~。流石にお城に犯人が隠れているわけもないと思いますが……」
「うむ、心に留めておくとしよう。早く犯人が見つかるといいのう、騎士殿」
「そうですねぇ、市民のためにも早く捕まえないといけませんよぉ。では、失礼しました~」
言葉を交わした後、騎士たちはガチャガチャ鎧を鳴らしながら別の道へ駆けていく。ああやって、しらみつぶしに犯人を捜索しているのだろう。
停められていた馬車が動き出し、一行は改めてダールムーアの待つオルダートライン城を目指す。今度は邪魔されることなく、順調に進めた。
「さあさあ皆さん、到着しましたよ! 足元が滑るので、気を付けて降りてくださいね!」
「えへへー、じゃあししょーにくっつい」
「コリン、マリス掴まる。そしたら、転ばない」
「済まんのう、マリス。むむ、凍っている地面は歩きにくくて嫌じゃな」
早速コリンにひっつこうとしたアニエスだったが、マリスに先を越されてしまった。逆にコリンを自分に掴まらせ、マリスは悠々と歩いていく。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……! く゛や゛し゛い゛!」
「アニエスはん、その顔はアカンで。迎えに来とる人らがドン引いとるから」
「……次はわたしがコリンくんを抱っこしてあげよ~っと」
愛しのししょーを取られ、アニエスはご立腹だ。目を見開き、歯軋りしながらマリスに向かって呪詛の視線を送る。
彼女の後ろで、カトリーヌが小さな声でボソッと呟く。マーゼットに案内されて城に入ったコリンたちは、皇帝の待つ玉座の間に向かう。
「はい、到着! この先で陛下がお待ちだよ。準備はいい? それじゃ、オープーン!」
マーゼットが扉を開けると、軽快なトランペットの音色がコリンたちを出迎える。カーペットを挟んでビシッと並んだ楽隊が、ファンファーレを奏でているのだ。
「よーぅこそ! 異国からの客人たちよ! 俺はダールムーア、このグレイ=ノーザス二重帝国を治める皇帝だ。諸君らの訪れ、心から歓迎しよう!」
「あらあら~、凄い歓迎ねコリンくん。これなら、和平の話し合いもスムーズにいきそうね」
「うむ、わしもそう思うぞよ」
金ピカの衣服に身を包んだ小柄な老人――ダールムーアは玉座から立ち上がり、コリンたちの元に歩いてくる。二国の平和をかけた会談が、始まろうとしていた。




