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第一章 木村春人との会話は疲れる

第一章 木村春人との会話は疲れる


はあ、まったく昨日はひどい目にあった。

例の金髪の青年はその後も意味不明な話を解説付きで行い、それに対し僕は今までに仕事で発揮したことのない真剣さを駆使してなんとか追い返すことができた。もうあんなのは二度とごめんだ。


「草野くーん、お客さんが来てるよー。」

「はーい、すぐに向かいまーす。」

コーヒーを飲む暇もない、か。仕方ない、春になるとこういう相談ってなぜか増えるんだよなぁ。って、出た。出た出た出ましたよ。昨日の外人さん、早速現れたよ。

「昨日お話しましたとおり、当市で申請いただくことはできませんので。」

「いや、昨日は申し訳なかった。私も取り乱していたもので。その詫びと、それから改めて相談をさせてもらいたいのだ。」

「それで、ご相談というのはどういったものでしょう?」

「そんな投げやりな態度をとらないでいただきたい。私も真剣なのだ。生活が出来ないのだよ。住民票も戸籍とやらもないのだ。き、記憶喪失なのだよ。」

そうきたか。明らかな嘘だ。今まで数々の嘘を聞かされてきたが一番わかりやすいパターンだ。しかしここでは嘘とわかっていても指摘することは難しい。よってボロを出させるしかないのだ。

「では、まずお名前をお聞かせいただけますか?」

「き、木村春人と申します。」

「キムラハルトさんですね。では、現在のお住まいは?」

「玉北町の商店街はご存知か?4丁目12番のアパートの倉庫に居候させてもらって3週間になる。」

「そ、倉庫ですか。それで、その前はどこに住んでましたか?」

「うむ。それがわからないのだよ。そしてこの3週間、ろくに食事をしていない。」

「それは大変でしたね。ではどのようにして生活を?誰か援助していただける方がいらっしゃいますか?」

「うむ。この国の民は意外と冷たくてな。アパートの主が少しばかり食料をわけてくれたが、それも1日ともたなかった。催促すると怒られてしまってな。ハタラカヌモノクウベカラズ、という呪文を痛いほど聞かされたのだ。」

自称木村さんはそう言ってうつむいてしまった。

ああダメだ。これはどうにもならない人ってことですね。

「それでここに行くように言われたわけですか。ところで木村さん、親や兄弟など、ご家族の方はいらっしゃいませんか?」

「父と妹が2人、それと愚弟が1人故郷にいるが?」

「ではその方々にご連絡をとってください。」

「それが出来ぬからこうして頭を下げているのではないか。」

これが頭を下げているような態度だろうか・・・

ついには腕を組み始め、堂々と胸を張っている。僕とこの男の対決は90分以上におよんだのだった。


あー、疲れた。今日はホントに疲れた。あの木村と名乗る外人、いや異常者め。今度来たら警察を呼ぼう。

僕は肌寒い夜道を急ぎ足で帰宅していた。切れかかった外灯の電気がチカチカしていて不気味だ。明日、直すように担当部署に連絡しておくか。そんなことを考えていると、その外灯の下に人影が見えた。辺りには他に人影がなく、一本道なので進むか退くかしか選択肢がない。いやいや、僕はそんな待ち伏せとかされるようなタイプじゃないし。

とその時、外灯の危うい点滅がその人影を僕の目に見せるようにしっかりと光った。ああ、なるほど。そういうことね。

「何やってるんですか、木村さん。」

「あ、いやいや奇遇ですな。お仕事のお帰りですか?」

なんてしらじらしい。明らかな待ち伏せじゃないですか。まさか逆恨みの闇討ち?

「失礼します。」

僕は無視して足早に家に向かう。すると予想通り木村氏は動き出した。

「ちょっと待たれよ。ここでお出会いしたのも縁ではないか。家はあちらの方向か?ちょうど私もそちらに向かうところなのだよ。」

「木村さんは玉北町4丁目でしたよね?方向が違うようですが?」

夜道で見る金髪の外人は想像以上に恐ろしい。身長は僕より頭一つ大きいうえに闇夜で見る金髪が異様な輝きを放っている。僕には武術の心得なんてものはないので襲われたらアウトだろうな。刺激しないように逃げ切れるか、この運動不足の脚で・・・

「それが根城を追い出されてしまってね。今夜の寝床がないのだよ。どうだろう、あなたの」

「お断りします。」

「はやっ!まだ聞いてないじゃん!」

なんだそのしゃべり方は・・・どこで日本語覚えたんだよ。

「とにかく失礼します。不憫かとは思いますが、公私混同はしたくありませんので。」

そう言い終わるより先に僕は走り出していた。

振り返らずに、全力で走れるところまで走る。やっぱり普段運動してない脚ではあまり距離は走れなかったが、追ってくる気配はない。

あとは惰性でスピードを緩め、肩で息をしながら振り返った。

「ふう、はあ、はあ、ったく、なんなんだよ。」

これが僕にこれから訪れる災難の始まりだった。


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