張恕
「恕、という字はいかがでしょう」
僧がそう申した。
恕。孔先生がおっしゃった。己が心をもって、人の心を推し量る徳である、と。
お聞きください。私はその一字を見て、息が詰まりました。これほど私を言い当てた字を、私はこれまで知らなかった。生まれてから今日まで、私という人間に名がなかった。今、与えられたのです。恕。これが私であった。これより前の私は、まだ名づけられぬ私であった。
僧は黙っていた。
その沈黙を、私は嬉しく受けとりました。言葉にせずとも分かるほどに、その字は私に合っていたのです。傍らの近臣たちも、答えなかった。皆、分かっていたからです。分かりきったことに、いちいち口を開く者はおりません。
ですが、御坊。あなたはおそらく、世の噂をお聞きになっている。為景は主家を二度滅ぼした男だ、と。守護を追い、管領を討ち、立てた守護をも押し込めた、と。私はそう謗られております。よく存じております。
ですから、順に申し上げます。順に申し上げれば、お分かりになる。
房能様。先の守護であられた。あの御方は、国人の心を失っておられた。政は乱れ、御自身では収められなかった。私は何度も諫めました。こうなされませ。あの者を退けなされませ。この要求は受けてはなりませぬ、と。私はそのたびに、房能様の御立場を考えて言葉を選びました。守護であるという誇り。家臣に指図される屈辱。私の言葉に従えば威を失うという恐れ。──全て、分かっておりました。手に取るように。だからこそ、退いていただくほかなかった。
逃げられたとき、放っておけと申す者がおりました。愚かなことです。放てば、また兵を集める。越後はまた乱れる。だから、退路を塞いだのです。前からも、後ろからも。
御自害なされた。
……あのとき、私は府中におりました。報せを聞いただけです。見てはおりません。見てはおりませんが、しかし、目を閉じれば、なぜか見える。御作法どおりに腹を召された、その白いお肌に、紅が一筋、すうと走る。畳へ落ちて、ゆるゆると広がっていく。雪に梅が一輪、こぼれたように。さぞ──いや。いや、これは要らぬことだ。見もせぬものを、なぜ私が。残念でした。残念でした、と申しております。一人の御命と、一国の安寧を、私は比べたのです。比べて、選んだ。私情ではない。その証拠に、私は最期まで上様とお呼び申し上げた。
御坊、なぜそのような顔をなさる。
下剋上、と仰せになりたいのでしょう。世の者が申すように。けれど私には、房能様お一人の心を思うことはできなかった。越後すべての者の心を思わねばならなかったのです。一人より、万人。これのどこが、悪でしょうか。
近臣の一人が、目を伏せました。
その通りだ、と頷いてくれたのだと、私は思いました。
顕定様。関東管領であられた。大軍を率いて越後へ入られた。国中が恐れた。京の将軍様さえ、私にお味方くださった。当然です。顕定様が勝てば、越後は踏みにじられる。負けて帰れば、また攻めてくる。中途半端に帰すことは、顕定様御自身にとっても不幸であった。ですから、退路を断ちました。
前後から挟みました。一分の隙も残さぬ。前にも、後ろにも、空という一点のほかに、逃げ道を残さぬ。あの、輪の閉じてゆく心地は、何にも──いや。多くの者を死なせぬための、ただの算段でございます。
二度も同じことをした、と笑う者がおります。
よい方法を、なぜ二度用いてはならぬのです。よく効く薬を、一度きりで捨てる医者がおりますか。生かしてお帰しすれば、さらに多くの者が死んだ。私はそれを防いだのです。私は、人を、殺さぬために、退路を、断つのです。これが分からぬ者は、何も分かっておらぬ。
定実様。押し込めたと申される御方。
違います。守ったのです。あの御方は、人の言葉をよくお聞きになる。美徳です。だが悪しき者の言葉までお聞きになる。あれを任じたい、この者を許したい、と。私が止めねば、政はそのたびに乱れた。子が薬を嫌がるからといって、親が飲ませぬわけにはいかぬ。定実様が初めはお分かりにならなかったのは、当然です。人は、自分のためになされることを、すぐには理解できぬものですから。
御坊。あなたは先ほどから、何も仰らない。
反対なさらぬということは、御同意くださっているのでしょう。
……若い者の討死を、喜べと申したことがある、と仰せになりたいのですか。末席の、誰かが、今、そう言いかけたように見えました。気のせいかもしれぬ。気のせいでしょう。誰も口を開いてはおらぬ。けれど、申しました。確かに、私は申しました。
なぜ嘆くのです。忠節を尽くした。名を残した。家の誉れとなった。一人、深田に半ば沈んで、泥にまみれて、それでも槍を離さずにおった若者がおりました。まだ二十歳にもならぬ。頬に刃の痕が一筋、走っておりました。あれは、見事でした。見事、としか──あのような死に顔を、なぜ親は、泣いて汚すのか。それを泣き暮らしてどうするのです。死者の志を思うなら、喜ぶべきだ。私はそう書き送った。書状に、はっきりと。喜べ、と。
遺された親は。
親であるなら、なおさら。臆病者として生き残るより、忠節を尽くして死んだ方がよい。そう思って、送り出した、はずだ。はずだ。送り出したのは親だ。私ではない。私は、ただ、戦に、若い者を、何人、いや、その数を私は、覚えて、覚えておりません。覚えておりません。一人ひとりの顔など、覚えていては、何もできぬ。──覚えておらぬのです。あの、泥の中の一つきりのほかは。覚えていては、書状が、書けぬ。喜べと、書けぬではありませんか。だから私は、覚えぬのです。覚えぬことが、慰めなのです。柔らかい言葉では、届かぬ者がいる。悲しみの中にいる者は、正しくものを考えられぬ。だから私が、教える。喜べ、と。喜べ。
……御坊。今、私は何を申しておりましたか。
ああ。恕のことです。
私は昔から、相手に合わせて言葉を選んできた。誰が何を恐れるか。誰が何を欲するか。何を言えば動くか。何を失うと言えば従うか。すべて考えた。何も考えずに命じたことは、一度もありません。人の心を知らぬ者に、あのような書状は書けぬのです。
ですから、恕。
推し量った後、相手の望まぬことをしたではないか、と。
御坊。相手が望むことと、相手のためになることは、違うのです。望みをそのまま叶えるだけなら、子どもにもできる。恐れて逃げる者には、逃げ道を塞ぐ。迷う者には、選ぶ余地をなくす。悲しむ者には、喜べと教える。自分で正しい道を選べぬ者を、正しいところへ導く。これこそ、人を思うことではありませんか。
近臣は、誰も何も言いませんでした。
言うことが、なかったからです。
恕だけでは足りぬ、と私は思いました。一人を思うだけではない。一国を思う。今の心だけではない。その者の先々まで思う。
私は筆を取り、恕の前に、一字を書き足しました。
張。
恕を、広く張るのです。張恕。これこそ、私の生涯ではないか。
*
数日の後、上条定憲が死んだという報せが来ました。
「死んだのですか」
「はい」
「確かですか」
「間違いございませぬ」
私は立ち上がっておりました。胸の奥から、熱いものが。
まず、仏に祈らねばと思いました。手を合わせました。
「南無」
声が、震えました。自分でも分かった。震えていた。なぜ震えたのか、御坊、あなたは見ておられた。けれどあれは──あれは哀しみではありません。哀しみではない。長く私を苦しめた男だった。国人を惑わせ、中条までこちらから離した。私は何度も帰参を勧めた。従えば許すと、命も家も残すと、あれほど丁寧に。
定憲は、聞かなかった。
「天道です」
私は申しました。
「天道の、致すところです」
近臣たちは、息を詰めておりました。
「お喜びでございますか」
御坊が、その日、初めて口を開かれた。
「いいえ」
私はすぐに否定しました。人の死を喜ぶほど、私は薄情ではない。天道が明らかになったことを、喜んでいるのです。定憲が死んだのは、自ら道を誤ったからだ。私は最後まで、帰る道を残した。残したのに。残したのに、あの男は。
私は、定憲を哀れに思います。これは本心です。私の言葉を信じていれば、死なずに済んだのですから。私の言葉を信じていれば。皆、私の言葉を信じていれば。房能様も、顕定様も、あの、名を覚えておらぬ若い者たちも、皆、私の言葉さえ、信じて、おれば。
書状を出してください。上条方の者どもへ。定憲は死んだ。もはや争う理由はない。速やかに帰参すれば、旧怨は問わぬと。ただし、人質を出さぬ者は逆心と見なす。所領も没収する。迷わせてはなりません。今度こそ、正しい道を、選ばせねば。
近臣が筆を執りました。私はその末尾に、新しい名を記しました。
張恕。
よい名だ、と私は思いました。
御坊は、何も仰らなかった。だが、反対もなさらなかった。
ゆえに私は、あなたも同じように思うておられるのだと、理解いたしました。




