第375話 最近流行りのくま?
ついに完成した異世界方面軍の新居、アーデルハイト城(仮)にて。
一足先に引っ越しを終えた汀とオルガンは、今日も今日とてこたつでゴロゴロしていた。
「外めっちゃ雪降ってたッス」
「さいあく」
「いや、ミーちゃん天気に関わらず外出ないじゃん」
「そうともいう」
まるで中身のない会話。といっても、ものぐさ二人が揃えばこんなものだ。
移り住んだのは半年ほど前だが、各自の部屋は既に散らかり放題。
二人が先に引っ越しをしたのは、事前に話し合いをしていたからだ。
なにぶんあちらの状況が分からず、聖女の討伐にどれほどの時間がかかるのか予想できなかった。
しかし家というものは、誰も住んでいないと傷んでゆくもの。故にもし家の完成までに帰還が間に合わなかった場合、二人で先に引っ越しをして新生活の準備を進めておいて欲しいと、まぁそんな具合である。それに従って先に移り住んだはいいが――――この二人に整理整頓、掃除などが出来るはずもなかった。
とはいえ、現在二人が居るリビングは割と片付いていたりする。
というよりも荷解きをしていないため、未開封の段ボールが山積みになっているというだけの話なのだが。広々としたリビングに段ボールの山、そしてその中央にぽつんと出されたこたつ。上京したてで家具から何まで揃っていない貧乏学生の一人暮らしでさえ、幾分マシに思える程の殺風景具合であった。
そんなリビングをちらと眺め、汀は顔を顰める。
「このままだと流石に怒られそうッスね…………」
「まだいける、だいじょうぶ」
「…………ま、それもそッスね」
クリスに見られればしこたま怒られるであろうが、特に根拠もなく、まだ大丈夫な筈だと現実から逃避する二人。整理が遅れれば遅れるほど、見られた時の怒られ度合いにも影響するのだが――――もはやほとんどチキンレースだ。しかしそれもそのはず、アーデルハイト達があちらの世界に乗り込んでから、早いもので既に二年という時間が経っていたからだ。
二年。
それは流行り廃りの激しい配信者界隈に於いて、致命的とも言える年月だ。
それだけの長期間活動を休止していれば、誰も覚えていないとまでは言わずとも、話題にあがることはほとんど無くなる。彗星の如く現れ、瞬く間にトップ配信者の仲間入りを果たした異世界方面軍とてそれは例外ではない。むしろ駆け上がる速度が異常なまでに早かったからこそ、と言えるのかも知れない。
異世界方面軍のチャンネル登録者は、その大半が話題性に誘われてきた新規である。
そもそも配信者としての活動歴自体が短いのだから当たり前だ。彼らは熱しやすく、そして冷めやすい。
とはいえ、何もこれはダンジョン配信者に限った話ではない。
バーチャル配信者だろうと、ゲーム配信者であろうと、たとえ休止前にどれだけの人気を誇っていようとも。
配信者などそれこそ星の数ほど存在するのだ、わざわざ活動休止中の配信者に張り付くものなど居ないだろう。事実、専用スレッドこそ古参の騎士団員たちが維持しているものの、SNSでは『異世界方面軍』という単語を聞くことはほとんどなくなっていた。
配信は彼女らの貴重な収入源である。そしてそれは、配信を見てくれる視聴者達によって成立している。
それが一切無くなったとなれば、本来もっと焦るべき事態であろう。そもそも活動休止中のため、チャンネルの収益化も当然ストップしているのだから。確かに貯蓄はあるが、この屋敷を建てるのに随分と使ってしまった。固定資産税やらなんやらと、以前に比べて支出も大いに増えた。アーデルハイトが居ないため、ダンジョン探索も出来はしない。おまけにオルガンは研究用などと称しホイホイ金を使う。今現在収入がほとんどない以上、あまり余裕があるとは言えない状況であった。
だというのに、汀はあまり焦りを感じてはいなかった。
それは何故か。決まっている、アーデルハイトとクリスさえ戻ればどうにでもなると、そう考えているからだ。
何の下地もない個人勢が、たった一年かそこらで界隈のほとんど頂点に立ったのだ。
一度出来たことがもう一度出来ない筈がないと、彼女は当たり前のようにそう考えている。日がな一日ゴロゴロしているようにみえて、活動再開後の手筈は整えてあった。企画はもちろん多数練ってあるし、ストックも十分。配信部屋も既に用意済み、機材はいつでも動かせる状態。裏庭にはオルガンの力を借り、転移魔法を門に固定して設置済み。あとは演者の帰還を待つばかり、といった状態なのだ。
アーデルハイトとクリスは必ず帰って来る。そう信じているし、疑いなど微塵もない。自分の仕事は、アーデルハイト達が思う存分暴れられる環境を整えること。少なくとも汀はそう思っている。だから今もそうしているに過ぎない。成程確かに、当初の予定よりも随分と時間がかかっている。連絡も一向に来ないし、もしかすると何かアクシデントが発生しているのかもしれない。しかし、だからどうしたというのだ。これは汀の信頼、或いは裏方としてのプライドだった。
「あ、そろそろオルとロスのお散歩の時間ッスね」
「おお」
そう言ってモソモソと、こたつの中から這い出るオルガン。
お散歩当番は日替わりで、今日はオルガンが当番なのだ。ちなみに毒島さんは冬眠中である。
「適当なところで切り上げて戻ってきて。前みたいに隣町まで行かないように」
「おぉ……」
オルとロスは腐っても魔物であるため、近辺をぶらりというだけでは満足しない。散歩となるとそれはまぁ中々の距離になるのだ。基本的には近くの森や山を駆け回ることになるのだが、運動音痴なオルガンがそれに付いていけるはずもなく。故にオルガンが散歩当番の時は、大抵オルかロスのどちらかに騎乗することとなる。そうなれば体力はほぼ無限、かつ移動先は二匹次第となる。つまり満足するまでどこまでも駆けていってしまうのだ。
汀から釘を刺されたオルガンが、心做しかしょんぼりしながらリード――というよりほぼ手綱――を手に取る。
そうしてリビングのガラス戸を開け、テラスに出ようとした――――その時だった。
リビング内に、けたたましい警報音が鳴り響く。
「んぉ?」
「む……裏庭の方ッスね」
この家には侵入者や獣防止の為、オルガンの魔導具による警報装置が各所に設置されている。一般の家庭にも搭載されているセキュリティの、より高度になったものだと言っていい。このアーデルハイト城(仮)は割と田舎に建てられているため、稀に野生動物が紛れ込んだりすることもあり、専らそれらを察知するのに一役買っているのだ。おまけに転移魔法を利用した罠も設置されており、踏めば敷地外に放り出される仕組みである。故にこの警報機が鳴ることは滅多にないのだが――――。
「…………どう思うッスか?」
「ふむり…………わかんね。最近流行りのくま?」
「だとしたらオルとロスがシバいてる筈ッスけどね。というか熊は冬眠中じゃね?」
「うーむ」
警報機が鳴ったということは、転移罠を回避したということ。
この時点で野生動物の線は消えたと思っていい。仮に偶然抜けた獣が居たとして、オルとロスから逃れることは不可能である。しかし他に原因が思いつかず、怪訝そうに顔を見合わせる二人。そうして一先ず様子見するべきと判断し、雪の降る裏庭をじっと見つめる。
そうして警戒することしばらく。
「今なんか聞こえなかったッスか?」
「ひとの声?」
なにやら裏庭の方から話し声のような叫び声のような、そんな声が聞こえてきたではないか。
再び顔を見合わせ、今度はよく耳を澄ましてみる二人。
――――なん――――すの!? これ――――!
――――です――――しょう。おや――――。
断片的に聞こえたのは、明らかな人の声。
それもどこか特徴的な、二人の女の声であった。
瞬間、二人は目を見開いてガラス戸を開け放つ。
そこに居たのは――――。




