エピローグ:信じておりますからね
毒殺未遂事件から、はや一か月が過ぎました――
真犯人が捕まったため、ロビンソン様他のお店のスタッフは無罪放免。しがない子爵家の娘であるわたくしもお咎めなしとなり、魔法料理店は一週間ほどの休業期間を挟んだ後に再開する事となりました。
未遂とはいえ毒殺なんて縁起の悪い出来事が起こった料理店は、客足が遠のくのが普通ですが、相変わらずお店は大繁盛。予約が取れない店として、貴族の方々にご贔屓にしていただいております。
わたくしも料理人として働かせていただいており、お給金でちょっとしたへそくりまでこさえることが出来ました。もうすぐエドのお誕生日ですし、何か気の利いた物をプレゼントしようとあれこれ計画しております。
犯人の処遇について、女王陛下が意味深に笑っていらっしゃいました。
「エドワードが口が軽くなるお薬を作って下さったから、捗ったわ」
だとか。
どうやら十数年も昔にわたくしの兄を毒殺したのもその男だとのこと。
「ありがとう、フェリス。これでお兄さんの仇が討てるわ」
ロゼッタ様がそう息巻いておりました。
その後、不思議な事に、魔法学園に通っていたやんごとなき身分の方々、もう少し具体的に言うと、ロゼッタ様にことあるごとに嫌がらせをしてきたり、わたくしに陰で虐めを仕掛けようとしたいけ好かない方々が、退学なされていきました。
どうやらエカテリーナ陛下のご意向で、近日中にいくつかの大貴族がお取り潰しになるようです。
背景について察しはつきますが、わたくしは無関係でいた方がいいとロゼッタ様に釘を刺されましたので、努めて何も考えないようにしております。怖いですし。
それはさておき――
先日、エドワードと一緒に、兄の眠る墓に花を添えてきました。
わたくしが三歳の時に亡くなったお兄様。記憶はありませんが、ロゼッタ様の初恋の方ですのでそれは立派な人だったのだと思います。
わたくし、兄について思い出そうとすると、頭が痛くなってしまうのですが……。
「必ずフェリスを幸せにします。どうか、安らかにお眠りください」
エドワードがそう言ってくれると、不思議に頭の痛みが和らぎました。
「お兄様、安らかにお眠りください」
わたくしも祈りながら、とりとめもなく考えてしまいます。
もしもお兄様が存命の際に、わたくしの料理を食べていたら、きっと死なずにすんでいたのではないだろうかと……。
そうなったらきっと、わたくしは王女として、今頃は社交界で通用するべく教育を受けていたのでしょう。そして、エドワードとお付き合いすることはなかった。
ロゼッタ様は――どうでしょう。お兄様の心を射止めて婚約しているのかも。
どちらにせよあの方は、わたくしの姉のような存在であることに変わりはない気がします。
***
月日はさらに過ぎ去り、二年後。
エド、アルバート様、それにロゼッタ様は、魔法学園を優秀な成績で卒業されました。
ちなみに主席がアルバート様、次席がロゼッタ様、その次がエド。
ロゼッタ様、負けたことに悔しそうにしつつもどこか嬉しそうでした。
学園卒業後、エドワードは何時ぞやの宣言通りに祖国であるラターシュへ帰国――と、思いきや。
我が国の宮中晩餐会にて、主君であるアルバート様が本当の身分を公開され、その上ロゼッタ様とのご婚約をぶち上げたために、まあ大変。
アルバート様の帰国は延期され、自動的に影武者であったエドワードの帰国も取り消しに。
これは後から女王陛下からこっそり伺った話なのですが、毒殺事件の背後には我が国の貴族のみならず、ラターシュにいる一部の王族(アルバート様からすると王位継承権を巡って骨肉の争いをしているとか)が関わっていたそうでして。
『これを機に協力して共通の政敵を潰そう』
ということで、ロゼッタ様とアルバート様との利害が一致したのと、ついでにお二方、毒殺未遂事件のあたりからお互いに憎からず想っていたようでして、ハイ。
お似合いのカップルだと思います。
並みの殿方では、ロゼッタ様を相手にしたら振り回されるだけでしょうし。
何より、アルバート様に猫を投げつけるロゼッタ様の楽しそうなご様子を見たらもう。お腹いっぱいです、ハイ。
お陰様でわたくしも遠距離恋愛する羽目にはならずに済みまして、今はエドワードと一つ屋根の下、一緒に寝起きをしております。ご飯もわたくしが作ります。もちろん食材費その他は頂いております。
そういえば先日、プロポーズをされまして、二つ返事で受けました。というわけでわたくしたちの関係は、恋人から婚約者に変わっております。
後日、女王陛下にその旨ご報告しましたら、こんなことを言われました。
「貴女が好きか、貴女の料理が好きか、曖昧なままでプロポーズを受けても後悔しないの?」
「しませんわ」
わたくし、エドにぞっこん惚れておりますので。
エドがわたくしの傍にいていただけるだけで幸せ。
初対面の頃から、わたくしが貧乏でも、貧相なドレスを着ていても、身分が低くても、エドは対等に接して下さいました。
誰からも食べられないと言われたわたくしの料理を、美味しいと言って下さいました。
付き合う前も、付き合ってからも、血筋の事が分かる前も、分かった後も、わたくしに変わらず優しく接して下さいました。
仮にエドが好きなのがわたくしの料理だけならば、わたくし自身を好きになってもらえるように努力いたします。
ただ……。
一つだけ不満が……。
エドは毎朝、影武者の頃からの訓練の一環として、毒耐性をつけるために少量の毒を摂取しております。身体に悪いのでやめてもらいたいのですが……。
「今日もフェリスの料理は美味しい。まさしく神の味だ」
満面の笑みと共にわたくしの解毒仕様の激辛料理を口にされますので、まあ、しょうがないかなと。
ええと、この場合、毒耐性はつくのでしょうか?
わたくしの料理を美味しくいただくために、あえて毒をあおっていたりしませんよね、エド?
この前、ロゼッタ様が『フェリスの料理は毒を盛られてから食べると本当に美味しいのよね。下手すりゃ死ぬけど、また食べたいわ』なんて、おっしゃられておりましたけども。
わたくし、信じておりますからね。
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