第十四話「シナリオが…」
むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある夜のこと、戸口を誰かが叩く音がしました。
おじいさんが戸口を開けると、そこには黒い服を着て、黒いフードを被った男の人が立っていて、おじいさんとおばあさんに言いました。
「良いですか、おじいさん、あなたは明日山に柴刈りに行って下さい。
そしておばあさん、あなたは川に洗濯に行くのです。
そして、おばあさん、あなたは川上から流れてくる大きな桃を拾って持ち帰って下さい。
おじいさんは、おばあさんが持ち帰った桃を真っ二つにしてしまわないように優しく先端を叩くように切ってください。
いいですね。くれぐれも優しくですよ。あとは桃の方でよろしくやりますから。
明日、くれぐれも間違わないようにお願いします……。」
男はそういうと、真っ暗な夜の闇の中に消えていきました。
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせるとなんとも不気味な物をみたと怖くなりました。
しかし、昔の人はとにかく祟りがありそうなことを嫌いましたので、とりあえずあの男の言った通りにしてみることにしました。
次の日、おじいさんは柴刈りに行きました。おばあさんは川へ洗濯に行きました。
洗濯に来たのですが、昨日男から言われた桃を拾えという言葉が気になって仕方ありません。
洗濯物をしている間に桃が流れてきて、取り損ねてしまったらどうなるのでしょう。
そう考えると洗濯にも全く身に入らないのです。
おばあさんがぼうっと川上を眺めていると、突然、背後に人の気配がして振り返りました。
すると、そこには黒いフードを被った男が立っていたのです。
日中なので日光をさんさんと浴びて暑そうです。
「おばあさん、言いましたよね。洗濯を始めてください。洗濯をしてくれないと先には進めません。」
おばあさんは驚いて慌てて洗濯を始めました。
もう一心不乱に洗濯をします。
得体のしれない男が何者なのか恐ろしくてなりません。
祟りを恐れて必死に洗濯をしているおばあさん、またあの男が現れては大変と川上にも目をこらしました。
すると、大きな桃が「どんぶらこ」「どんぶらこ」と流れてきました。
おばあさんは洗濯物をそっちのけで桃へ突進しました。
川底の深さはおばあさんの腰のあたりです。
なんとか溺れずに桃をキャッチしました。
しかし、洗濯していた衣服は全部流れていってしまいました。
おばあさんはがっかりしながらも桃を抱えて川を出ました。
そして洗い桶に桃を乗せると家に帰りました。
家に帰ると、少し遅れておじいさんも帰ってきました。
「おじいさん。聞いて下さいよ」
おばあさんが川での出来事を話すと、おじいさんも言いました。
「実はわしも柴刈りに身が入らなかったのだが、あの男が来てな…」
話を合わせると、男が現れたのはだいたい同じ時刻のようです。
同じ時刻に違う場所に人間の体が二つ存在出来るわけがありません。
おじいさんとおばあさんは再び顔を見合わせるとぞっとしました。
家の中は静まり返り、ねずみが壁をかじる音すらしません。
辺りはだんだん暗くなってきます。
こうなってはもう言われた通りに続きをするしかありません。
おじいさんは震えながらナタを振り上げ、そっと桃の先端に下ろしました。
その時、桃は自然にきれいに割れて、中から赤ん坊がおぎゃあおぎゃあと現れました。
静まり返った家の中に突然響き渡った赤ん坊の声に、おじいさんとおばあさんは再び顔を見合わせました。
「呪われた子じゃあるまいな…」
思わずつぶやいてから、おじいさんは口を手で慌てて抑えました。
まだ言霊が信じられていた時代、本当のことになったら大変です。
おばあさんが急いで取り繕いました。
「いえいえ、か、可愛い赤ん坊ですよ。きっと我が家に福をもたらすに違いありません。」
もちろん、おばあさんも心の中では半信半疑です。
おじいさんとおばあさんはこれが正解なんだろうかと顔を見合わせながら赤ん坊を取り上げました。
すると、大きな桃はさらさらと灰のように崩れ落ち、塵となって消えてしまいました。
「まやかしであろうか…」
しかし、赤ん坊はずっしりと重く、体温もあり温かく感じます。
とりあえず、男が現れないところを見ると、こうすることが正解なのだろうとおじいさんとおばあさんは、赤ん坊の面倒を見ることにしました。
翌日、赤ん坊は元気でしたが、これからどうしていいかわかりません。
しかし、早く正解を出さないとまたあの不気味な男が現れるかもしれません。
「おじいさん、次は何でしょう…」
「やはり名前じゃろう…」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。
一発で正解の名前を当てたいと思いました。
「なんだと思います?おじいさん…」
おばあさんがさぐるようにおじいさんを見ました。
「やはり、男の子だし…太郎……」
二人は顔を見合わせて息を潜めました。
いつの間にか赤ん坊は泣き止んで、まるで次の手順を待つかのように静まり返っています。
その様子を見ると、どうも名前はしっくりきていないようです。
「太郎は合っているようですね。でもそれだけでは足りないような…」
その時です。戸を叩く音が響きました。
「ひぃっ」
おじいさんとおばあさんはびくりとして体を硬くしました。無言でうなずき合うと、恐る恐る扉を少し開けました。
「桃太郎です……。ご飯を毎日与えなさい。」
扉の向こう真っ暗な隙間からあの男の声がしました。
ぞっとしながらおじいさんとおばあさんは無言で頷きました。
とても幸福な予言とは思えません。
これはますます何か怪しく危険なことに巻き込まれている予感がしてきます。
おじいさんとおばあさんはそれでも祟りが怖いですから言われた通り、赤ん坊に呼びかけました。
「も、桃太郎?」
赤ん坊は思い出したように泣きだしました。
そして、恐る恐るお婆さんが抱き上げると、きゃっきゃっと笑ったのでした。
その無邪気な顔は、恐ろしさを半減させるほどのかわいらしさでした。
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせながらも、愛らしい赤ん坊に微笑みかけました。
さて、言われた通り、赤ん坊を育てる生活が始まりました。
ご飯を一杯上げれば一杯だけ、十杯あげれば十杯だけ、赤ん坊はすくすく育ち、元気な男の子になりました。
それもすごい短期間で。
おじいさんとおばあさんは常識ではありえない子供の成長の早さに恐ろしくなりました。
しかしながら、赤ん坊の成長は可愛いものです。
愛らしい声で泣いたり、笑ったり、ハイハイをしたかと思えば、立ち上がるようになり、さえずるようにおしゃべりの練習を始めます。
お手伝いもちゃんとするし、礼儀正しく、明るく、子供にしては非の打ちどころのない可愛らしい子供に育っていきました。
怖がっていいのやら、可愛がっていいのやら、不安な日々が続きました。
ある日、ついにその日がやって来ました。
桃太郎がこう言いだしたのです。
「おばあさん、おじいさん、私はそろそろ鬼退治に行こうと思います。」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。
賛成するべきか反対すべきか、どちらが正解なのかわからなかったのです。
「そ、そうかい。」
二人は曖昧に返すと、さらに桃太郎は言いました。
「きび団子と日本一の旗、一振りの刀を用意してください。」
おばあさんとおじいさんは家の戸を見ました。
誰かが覗きにくるような気配は見られません。
そこで、桃太郎に言われた通りに揃えました。
その夜、ついにまたあの男が現れました。
小さなノックと共にそろそろと戸が少し開くと、黒い人影が覗いていたのです。
「ひいいいっ!」
思わず口を押えて後ろに尻もちをついて倒れたおばあさんをおじいさんが支えました。
「何か間違えたのでしょうか?」
暗闇の中から男の声が言いました。
「いいえ。よくやりました。明日が来ればあなたがたの役目は一応終わりです。桃太郎を励まし、送り出してあげて下さい。」
そして戸は再びゆっくり閉まりました。
おじいさんとおばあさんはしっかり抱き合ったまま頷きあいました。
そして翌日、おじいさんとおばあさんは男にいわれた通りに桃太郎を送り出しました。
「おじいさん、おばあさん、お世話になりました。
おじいさんとおばあさんのおかげでここまで成長することが出来ました。
私は旅立ちますが、どうかお二人ともお元気でいらしてください。
育ててくださった恩を何も返せていない身で申し訳ありません。」
桃太郎の別れの言葉はそれはそれは立派な心に響く言葉でした。
さすが立派に育った桃太郎です。
桃太郎が遠ざかっていくのを見ると、男にいわれた通りに恐る恐る育てたとはいえ、大事に育ててきた可愛い子供です。
急に寂しさと心配する気持ちが湧き上がってきました。
「桃太郎!」
思わずおばあさんが叫びました。
「気を付けていくんだよ!」
「しっかりな!」
おじいさんも叫びました。
桃太郎はたくましい腕を空に掲げ、おじいさんとおばあさんが作ってくれた旗を振りました。
「ありがとうございます!」
その声は立派な青年らしく、朗々とおじいさんとおばあさんの耳に響きました。
また二人きりになったおじいさんとおばあさんは、いつもの暮らしに戻りました。
それでも、時々桃太郎を育てた日々を懐かしく思い出しました。
「おじいさん、不思議な子でしたね。」
おばあさんは言いました。
「そうだな。だが、良い子だったな。」
おじいさんも言いました。
もうおじいさんもおばあさんも、それなりに年をとっていましたから、桃太郎を育てなければ子供をもつという体験は出来なかったでしょうし、もし、赤ん坊をもらって育てたとしても、普通の成長をする子供だったら、大人になるまで見届けることも出来なかったでしょう。
そう思うと、元気で泣いたり笑ったり、たくさん食べてすくすく育った桃太郎の姿は一生の宝物になりました。
そうしていくらか月日が経ち、あの不気味な男の存在も忘れかけた頃、 突然夜中に扉がとんとんと鳴りました。
「ひいいいいっ!!!」
おばあさんは飛び上り、おじいさんはおばあさんを支えるとしっかり抱き合って顔を見合わせました。
もう決して戸を開けまいと思いましたが、戸はしぜんとゆっくりと開いていき、隙間から闇夜を覗かせて止まりました。
「お久しぶりです……。」
不気味なあの男の声がしました。
「そろそろ桃太郎が帰ってきます。最後のあなたがたの役目は、桃太郎を喜んで迎え、そしてその後幸せに暮らしましたとなることです。」
言い終わると、そろそろと戸がまた閉まっていきます。
「待て!」
思わずおじいさんが叫びました。
おばあさんはおじいさんが何を言いだすつもりなのかとびっくりしておじいさんの顔を見上げました。
おじいさんは震えながらも、勇敢に男の声の方に向かって叫びました。
「お前がまたいつか来ると思うと恐ろしくて幸せなんて感じられそうにない!なんとかしてくれ!」
確かに、今度またあの不気味な男が現れるかと思うと恐ろしくて心が休まりそうにありません。
おばあさんも大きくうなずき薄く空いた戸口の方を見ました。
すると、閉じかけていた戸はとまり、しばらくの沈黙の後、闇の中からまた声がしました。
「それは気づかず失礼しました。もう私は現れませんのでご心配なく」
おじいさんとおばあさんは、ほっとしました。
同時に、桃太郎にまた会えると知りうれしさで胸がいっぱいになりました。
それから数日が経ち、桃太郎が本当に帰ってきました。
たくましく成長した桃太郎は、きれいな女性と、犬とサルとキジを連れ、宝物がたっぷり入った車を引いてきました。
「おじいさん、おばあさん、今帰りました。」
桃太郎はおじいさんとおばあさんのために立派な家と蔵を立て、豊かに暮らせるように手を尽くしてくれました。
さらに、たくさんの財宝を使って村を豊かにもしました。
孫もでき、広い庭を遊びまわる子供たちの姿を眺めながら、おじいさんとおばあさんは縁側でひなたぼっこをしました。
そんなある日、空の彼方の方から突然あの男の声が降ってきました。
「こうして、皆、いつまでも幸せに暮らしたということです……」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせると、もう一度空を見上げました。
真っ青な空には雲一つなく、小さな鳥影が二つ、仲良く羽ばたきながら横切っていきました。
それから、再び明るい子供たちの声がすると、二人は顔を見合わせてにっこりと微笑み合いました。
おしまい




