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「くそっ、さみぃーなぁー」
社が吹き飛んだ影響で立ちのぼる土煙の中から、だるそうな声が聞こえてきた。
寒いといってもここは一部以外溶岩で満たされている。いや、外気に触れてという意味だろうか。
その土煙の中から漆黒の手が伸びてきて、何かを握り潰す動きをした。
「『空間障壁』」
その動きを確認した炎王はすぐさま呪を唱えた。シェリーがよく使う透明の盾が巨大な形で形成される。
直後に大気を揺らす衝撃。強固であろう透明の盾に蜂の巣状に入るひび割れ。
「一瞬で三十?いや、五十か?」
「初見で見切れたのか。すごいな。俺はこれで初っ端からボコボコにされたんだが」
シェリーを背後に隠したカイルが、数字を口にする。数字が何のことかこの場で理解できたのは炎王のみだった。
そう、グレイはまだそこまで見切れる力量はなかった。
「あの?カイルさん。状況が見えないので、突然引っ張るのはやめてくれませんか?」
シェリーは見る目を持っているが、カイルに情報を遮断されて、何が起こったのか理解できないでいた。
「あーだりぃー。起きた早々むしゃくしゃするなぁ。寒すぎる」
そして、炎王が封じていたと思われしものが姿を現す。
次元の悪魔のような漆黒の皮膚だが、血管のような紋様はないようだ。そして目立つ白髪に伸びる二本の真紅の角。
真紅の瞳は全てを否定するように狂気に満ちていた。
その姿をカイルの背中から顔を出したシェリーが視た。が、何やら眉間にシワを寄せている。
あまり状況が芳しくないのだろうか。
いや、この状況でどちらが有利とは言えず、相手が何を考えているのかもわからない。
「炎王。彼のフルネームを教えてください」
どうやら『イスラ』という名だけでは、ステータスが見れなかったようだ。
「『イスラ・ヴィス』だ」
「あ?誰だてめぇ?俺を呼び捨てにしやがって。イスラ王と呼べと言っているだろうが!」
イスラから放たれる威圧だけで、ひび割れた透明な盾が破壊された。
それも、特徴的な炎王の姿を見ても誰かと認識できないようだ。
そう、リリーナの兄がイスラだということは、それなりに互いに親交があったはずだ。
「不快だ。不快だ。全てが不快だ」
「また、『魔王のなり損ない』の称号」
不快だと怒りを顕にするイスラを目にしたシェリーのつぶやきが、異様に空間に響き渡った。
再び噴煙を上げながら爆発してもおかしくない状況だ。だから無音というわけではない。
大地が蠢き大気が悲鳴を上げている。
だが、ここで魔王の言葉がでてくるとは誰もが思っていなかったのだ。
そして、またという意味はモルテ王にもあった称号だったからだ。
これはイスラもレベリオンが接触したと言える。
「アルマ様の称号はあるのに、ピュシス様の称号が反転している。だから暴走している。これはかなり思っていた以上に厄介?神々の加護に干渉する力。確かに関わりたくないと神々が忌避するのもわかる」
シェリーは独り言のように言っていた。だが、そうなると目の前のイスラを止める方法はないと言っているようなもの。
炎王が『空間障壁』の盾を何重にも発動してイスラの攻撃を防いでいる。そのイスラはただの拳で、チートな炎王の盾を一撃で粉砕しているのだ。
ただ目の前の障害を排除すると言わんばかりに、無闇矢鱈に拳を振るっているのだ。
「ピュシスって誰だ!」
その独り言を聞いていた炎王が叫ぶ。
「できれば俺一人の方が戦いやすいのだが!」
炎王のこの『空間障壁』は、シェリーたちに被害が及ばないようにしていただけらしい。
「あ、そのまま維持してください。ちょっと引きずり出すので」
「何をだ!」
悠長なことを言っている場合ではなく、炎王としては、さっさと何処かに行って欲しいというオーラが出ている。
だが、シェリーは炎王の言葉に答えることなく、空間に手を突っ込んだ。
そして、掴んだ動きをするとシェリーは、空間から何かを引きずり出した。
『痛っ!熱っ!ここ熱すぎ!』
地面に叩きつけられた衝撃よりも、この空間に満ちる熱気にやられたのだろう。地面で何かがのたうち回っている。
『はぁ〜逆に地面が、冷たくて気持ちい〜よ〜』
地面にへばりついて動かなくなった物体をシェリーは足蹴にした。
「相変わらずストーカーのようにつきまとっているウエール神様。本能の神であるピュシス様を連れてきて欲しいのですけど」
シェリーは神と言いながらも全く敬う様子は見られなかった。
その足蹴にしているのは春を司る神であるウエール神。
そう炎王につきまとっていると思われるウエール神。以前押し付けがましく『心蝕の穏守』を与えた神だ。
『ぼぼぼ僕をパシリのように、つつつつ使わないでよー。ここここれでも僕は、かか神なんだからね』
と偉そうに言っているが、地面と一体化になろうとしている者が神だと威張っても、威厳などありやしない。
そもそもカミカミで言っている時点で神の威厳などない。
そのウエール神に向かって、少し身を屈めたシェリーが悪魔的な言葉を囁いたのだった。
「炎王のためになりますよ」




