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何を言っているのかわからないグレイ。だが、どうやらシェリーをこれ以上進ませないようにか、前方に立ちはだかった。
「なんですか?グレイさん。私は炎王のところに向うのですが?そこをどいてもらえます?」
「わふっ!」
シェリーがグレイに移動するように言うも、グレイは同じく鳴き声を発するのみだ。
「シェリー。引き返そう、辺りの魔素が濃くなってきている。これはあまりよくない兆候だ」
代わりにと言わんばかりに、カイルがシェリーに戻るように促す。
大気は魔素で満たされているものの、濃度に変化はほぼ見られない。あるとすれば、ダンジョンなどの特殊な環境ぐらいだろう。
だが、大気の魔素の濃度が急激に上昇していっていた。これは人がどうこうというより、世界に何かしらの変化が起きているということになる。
そして断続的な地響きが、大きくなってきている。
「まさか」
シェリーが言葉を発すると同時に、耳をつんざくような爆発音がほとばしった。
山の頂上から吹き上がる噴煙。
時間差で襲いかかってくる衝撃波。
火山が噴火したのだ。
このタイミングとは、なんと間が悪い。
いや、シエンの悪影響がここまで及ぼしたというのだろうか。
シェリーは背後を振り返る。空から見ると今までいたシエンが住まう屋敷から離れたところの海沿いに町がある。
再び山頂を見上げると、もくもくと上がる噴煙の間から赤いものがチラチラとみえていた。
そして、降り注いでくる噴石。
シェリーは透明な盾を頭上に展開して噴石を避けるも、かなり大きなものも混じっている。
「町の人の避難を」
炎王のことも気になるが、山側に転移陣があるこの地域では、早めに行動を起こさないと間に合わなくなる。
「だいじょうぶ。ここの噴火はよくある。だから地面が揺れたら、避難するようになっている」
シェリーが町の方に向かおうとすれば、それをヴィーネが止めた。
炎国は火山島なので、住人は噴火することを理解して、そこに住んでいるということなのだろう。
そして炎国で一番多い種族は鬼族だ。人とは違う身体能力からいけば、積雪の中での避難も苦にならないのだ。
「でも、溶岩が」
シェリーは焦ったように言う。
シェリーの災害の知識は異世界によるものに偏っている。
映像で見せられる噴火の映像は危機的なものが流されているのだ。
山の裾が海岸になっているということは、海側まで溶岩が流れたということになる。その溶岩が冷えて固まったのだと。
「よーがん?……それは確か……赤いドロドロとした水のこと」
ヴィーネは溶岩を水と思っているらしい。氷の精霊のヴィーネからすれば、灼熱の溶岩も水と大差ないのかもしれない。
「何を心配しているのかしらないけど、ここは『ぜったいれーど』の山。赤い水は下までこない。雪が食べる」
そのヴィーネからおかしな言葉が出てきた。雪が食べるとはどういうことだろうか。
「絶対零度……まさか一つだけ雪山なのは炎王の所為なのですか?」
「そうだよー」
シェリーは、ヴィーネの言葉の絶対零度の方が気になったらしい。
絶対零度。言葉だけなら-273.15℃を示す言葉だ。
だが、その考えは異世界での考えで、物質の温度が理論上到達できる最低の温度、と定義づけられているものだ。
ということは、そのような言葉を使うのは炎王ぐらいで、何かの目的があり山一つを永久的に凍らせたのだろう。
そう、中から出てこようとしているモノを封じるためにだとか。
そして、シェリーは噴煙があがる山の頂上を見上げる。
赤いものが垣間見えるものの、それが広がっている様子はみられない。
まるで溶岩が火口から外に出たところで消滅しているようだ。
「そういうことなら、噴石以外問題はなさそうなので、私は先に進みます」
「いいよー。私はここから動けないから、エンを助けてあげてね」
この雪が魔術的な要素であるなら、精霊であるヴィーネは雪を分解しているのかもしれない。
だから、ここからは動けない。
だから、せき止めている雪が増えていない。
「私が手を貸すことがあるとは思えませんが?」
そう言ってシェリーは噴煙が立ちのぼる火口に向かって透明な盾を並べだす。
「エンは友達だから手を出さないと思う。だから思いっきり殴ってくれたらいい」
そのシェリーの背中に、ヴィーネは主語がない言葉をかけた。誰が炎王の友なのか。誰を殴れと言っているのか。
「わかりました」
だが、シェリーはその言葉に頷いて、足を進めたのだった。
赤い溶岩が流れ出ている火口に、シェリーはたどり着いた。
辺りを見渡しても炎王の姿がみられない。
だが、シェリーのマップには炎王の名が示されているので、近くにいるはずだ。
「いったいどこに」
噴煙と灰から身を守るためなのか、淡く光る結界を周りに展開していた。
これは盾だと攻撃力がない灰から身を守れないと考えたのだろう。
贅沢にも聖域を展開していた。
「もしかして、あれじゃないのかな?」
その聖域の中にいるカイルが、火口の中央付近を指し示した。
「……流石に私でも引きますよ。炎王」
赤い溶岩に囲まれた火口中央に、黒い人影が立っていたのだった。
 




