842
翌朝、シェリーはシエンを前にして、多種多様の素材を並べていた。
「どのような物が好みでしょうか?お守りのように常に持ち歩くものにつけるか。アクセサリーのように肌につけるものか。もしくは衣服等に刺繍するか。どれがよろしいですか?」
素材の中でも異質なのが、アクセサリーのカタログ冊子だった。好みのものがあれば、ここから選べばいいというものだ。
どれがいいかと言われるも、シエンも何がいいのかわからず、近くにいる光の巫女をチラチラと見ている。
昨日もそうだったが、自分の意見が言えない者の行動だ。
唯一シエンが自ら行動したことと言えば、シェリーに己の聖女になって欲しいと言ったことのみ。
いや、昨日は己の意見を言ったがために、ひどい目にあったので、誰かの意見に沿おうとしているのかもしれない。
だが、この室内にはシェリーとシエンと光の巫女しかいない。
炎王とシェリーの番たちの姿はなかった。だから、兄であるリオンに対して怯える必要はないのだ。
「あの……凄く地響きが響いてくるのですが、雪崩とかきませんよね」
光の巫女が、断続的に続いている地響きにおびえていた。未だに雪深いここでは、山からの雪崩に敏感になっているのだろう。
「さぁ?氷鬼をしてくると言っていましたが、どの程度までルールを守れるかは不明なので、なんとも言えません」
氷鬼。遊びの中で、戦う要素を取り入れたらいいというクロードの案を採用しているのだろう。
だが、氷鬼というと、仲間との協力が不可欠になってくる。協力するという時点で破綻していないだろうか。
「私は光魔術しか使えませんので、防御結界にも限度があるのですが……」
「何かあれば、炎王が対処するでしょう。それでシエンさんは、どれがお好みですか?もたもたしていると、うるさいのが戻ってくるので早くしてください」
シェリーが浄化の護符を作ったと知られれば、プラス五つ追加されることは必然になる。
それを避ける為に、シェリーは炎王に言って、約束の修行とやらを先にするように言っていたのだ。
「ええっと……お……お守りで」
「そうですか。一応、お守りの袋の中に、ユニコーンの骨を砕いたものをいれておきます。浄化作用の向上になりますので、中身はバラさないでくださいね」
シェリーはそう言って白い粗い粉を紙に包みだす。中身がこぼれないように器用に紙を折っていった。
「それで中身がこぼれないのですか?何か魔術で保護をするのですか?」
光の巫女が興味津々で聞いてきた。
だが、シェリーは無言のまま手を止めない。
シェリーにとっては……佐々木にとっては、スパイスを少量計っておくのに粉薬の包み方を使っていただけだ。
だから、大したことはしていない。
「少し黙ってください」
浄化の魔術を物に込めるということをしたことがない。強いて言うなら聖水ぐらいだ。
その聖水と同じような効力を持続的にもたせられるかは、やってみないとわからない。
だから集中したい。雑音は排除したいのだ。
「申し訳ございません」
光の巫女は、そう言って少し距離を取るものの、シェリーの手元に釘付けだ。
「この袋の中にいれるので、多少のことでは中身は漏れません。ですが、このお守り自体に浄化の効力をもたせますので、最悪中身がこぼれても問題ありません」
シェリーはそのように説明して、聖水を作る要領で、お守りに浄化の効力を施した。
「聖なる光」
シェリーが両手に包むように持つ。小さな四角い袋状になった布が、ほのかに光を帯びる。
その状態をシェリーは凝視し、ホッとため息をついた。どうやらシェリーの目で確認して、成功していたのだろう。
シェリーはお守りの紐を手にもち、シエンの方に差し出した。
「いつも持ち歩いているものに、つけてください」
そう、何も問題はなかった。シエンにお守りが渡るまでは。いや、渡った直後もだ。
「ありがとうございます。聖女様」
シエンが礼を言い、お守りをどこにつけようかと紐の部分を持った瞬間。
紐が途中でブチッと切れたのだ。
別に使い古したお守りではない。炎国の光の女神を祀る神社のお守りだ。
光の巫女たちが、手作りで作っているありがたいお守りだ。
だから、簡単に紐が切れるような代物ではない。
そして紐から解放されたお守りの本体は、板の床に落ちた。その反動からか中身が飛び出す。シェリーが、簡単に開かないようにしていた紙の包が、中身をぶちまけながら宙を舞っていた。
「え?」
「あああああああ」
何が起こったのか、頭がついていけないシェリー。
思わず、散り散りになっていく白い粒をかき集めるように、手を出す光の巫女。
蒼白の顔で、手に持った紐を見つめるシエン。
「もしかして、不運全振りとか言いませんよね」
屋敷内にいなかったはずの黒い猫が、室内を横切っている。それを見てしまったシェリーは、頭が痛いと額に手を置くのだった。




