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「髪の生え際が……流石にこの速度は、一ヶ月も保たないのではないのか?」
炎王はシェリーに指摘されて、シエンの状態の深刻さが理解できたようだ。
シェリーに綺麗に浄化をされても、ものの数分で髪に変化がみられる。
いくら人里から離れているとはいえ、世界を巡る悪心はなくなりはしないのだ。
いや、シエンの一言が五人のツガイの怒りを招いたのだ。どちらにしても影響が大きいことには変わりない。
「明日は、物に浄化する機能をもたせないか試してみたいと思います」
「物に浄化の力を?」
「ええ、ユニコーンには浄化の効果があるの……ちっ!」
シェリーは話している途中で言葉を止めた。そして、視線を上げて舌打ちをする。
「えー!舌打ちされた!面倒ならいいよ。佐々木さん」
「いいえ。不快なことを思い出しただけです」
そう言って鍋の中の肉と汁だけを取り分けて、シエンに差し出した。
まるで肉を全部食べろという勢いで器から肉がはみ出している。
「シェリー。俺も肉大盛りで!」
それを見たオルクスが空になった器を差し出す。だが、シェリーはお玉に野菜ばかりすくい上げ、その器の中に入れたのだ。
「好き嫌いは駄目です」
「いや。だってそいつは肉ばかりじゃないか。ズルい」
「ツガイへの執着も、浄化してくれるといいのですけどね」
シェリーはそう言って一つだけ肉を菜箸で取り、オルクスが持つ器の中に入れる。
「え?」
その言葉を聞いて固まるオルクス。
先程のシェリーと炎王の話を聞いていなかったのか。
実はシェリーは、周りに知られないように日本語で話していた。
シエンのためになにかするとなると、欲しがる者たちがいて、鬱陶しいからだ。
そう、シェリーに差し出される器が複数存在しているようにだ。
「浄化?」
「え?なぜに知らないのだ?」
オルクスと炎王の声が重なる。
それはもちろん、何の肉を食べさせられているのか。その効力がどういうものなのか知らされていないからだ。
「はい、シエン君のための浄化の料理なので、オルクスさんが独り占めしてはいけません」
そして大きくシェリーはため息を吐き出す。
「これ、白き神が反応したろくでもないものですからね」
そう言ってシェリーは、嫌味を言ってオルクスの器の中に、もう一つ肉を入れた。
「うげ?なにそれ」
「うわ〜。それ逆に気になるな」
オルクスは、これ以上怪しい肉を入れられないように器をさげた。そしていつのかにか、シェリーの周りに差し出された器が消えていた。
そして炎王はあの白き神が反応したということが、逆に気になるという。
「別に毒ではないですよ。ですが、常に悪心を取り込むシエンさんには、常に浄化する必要があるのでしょう」
あのオリバーの言葉に白き神がわざわざ反応したのだ。ろくでもないことに違いないとシェリーは当たりをつけている。
そう、それはイイねという単純な言葉だったが、滅多に自ら声をかけない白き神が反応したのだ。
戸惑いながら、肉ばかりが盛られた器をどうしたものかと、炎王にチラチラ視線を向けているシエンをシェリーは見る。
原因はこれではないかと。
そして、先程まで仲良く話をしていたリオンの方をシエンが見ていないのは、その視線が痛いからだろう。
シェリーが、食事の給仕をするのは基本的にルークとオリバーだけだ。料理は作るが、勝手に食べるようにというのが、シェリーのスタイルなのだ。
それを何故という複雑な思いが視線に乗って、ブスブスとシエンに突き刺さっている。
浄化の効果は、繰り返し取り込まないと完全には浄化されないとオリバーが言っていたように、効果が持続しない。
「それは感じていた。だが、光の巫女の光の浄化でも、聖水でも徐々に効果が薄れていったのだ。結局同じなのではないのか?」
炎王はシエンの状況は変わらないのではと言う。そんな料理如きではと。
「シエンさんにとっての聖女というのが、鍵でしょうね。そして変革者。それまでの繋ぎであればいいのです」
「ああ、そういう考えか。それなら納得だ」
「どうしても駄目な場合は、私が直接浄化をしましょう。それであれば、取り込まれた闇は綺麗に浄化できます」
今のシエンの姿は、何処かの神を模したように真っ白になっている。ただ一部のみが黒く変色しているのだ。
「注意点は、人里から離れたところなので、それほど影響がないようですね。ですが、今もじわじわと広がっていることを見ると、町の中では暮らせません」
その広がっている原因は、この場にいる五人の影響が大きいのだが、それをわざわざ言うシェリーではない。
「あと、私はこれから色々と聖女として動くことになるので、必要があればオリバーか陽子さんに伝言をしてください」
「なぁ、なんでそこまでシェリーが気を使うんだ?それは初代様の血族だからってのもあるだろうけど」
「気に食わないな」
「シエン。シェリーによそってもらったのだから、残さずに全部だべろ。残せば殺す」
「怖い。大兄様が怖い」
結局、鍋料理を食べる前と変わらない雰囲気になってしまったのだった。




