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「まぁ、つい最近のことなんだが……」
「シエンさま〜!」
雪が積もっている庭から悲鳴が聞こえてくる。縁側から、その声の主を心配して名を呼ぶ光の巫女。
「光の女神ルーチェ様から神言があったのだ」
「つい最近なのですか?」
「初代様!シエン様がボロ雑巾のようになって、空に打ち上げられているのですが!」
炎王は畳の上に座り、ペットボトルのお茶をシェリーに差し出す。
ここはスーウェンの結界で影響はないが、破壊音が響いてきているため、お茶を淹れに行くのは危険だと判断したのだろう。
炎王は異界の物をシェリーに差し出したのだ。
「最近と言っても冬ぐらいか。リオンを連れて戻ってきたぐらいだ」
シェリーはペットボトルのお茶を飲みながら、炎王の言葉に頷く。確かに鬼化するためにリオンは一度炎国に戻っていた。
「初代様!シエン様が!」
「光の巫女。今のシエンは、リリーナの前で俺のことを敬愛していると言った者と同じだ。後で回復してやってくれ」
炎王は己の番であるリリーナを引き合いに出して、心配する光の巫女を諭した。
その炎王の言葉に声が出なくなる光の巫女。
「――――――――!!」
「え?誰がそんなことをいうのです?」
だが、シェリーは炎王の言葉に引いていた。敬愛とは何かと。
「佐々木さん。一応俺はこの国の元国王って知っている?」
「それはもちろん知っていますよ」
敬意もなにも示さないシェリーが言う。
だが、それを炎王自身が許しているので、誰も何も言わないだけだ。
「はぁ。話を戻すが、年末と年始に神事が行われる。その時にルーチェ様から神言を承ったのだ」
光の女神を信仰しているということは、その神を祭り上げる神事が年に何度か行われているのだろう。
国をまとめていくなかで、宗教というものは必要になってくる。
それに神の言葉が示されるというのは、神がこの国を守護していると内外に示しているのだ。
「言葉しか与えない女神が、何を言ったのですか?」
だが、シェリーは皮肉たっぷりに聞き返す。
他の神は加護を与える。だが光の女神は長年、光の女神を信仰してきた炎王にすら加護を与えていない。
その女神の言葉を信じるのかという意味だ。
「シエンの病は聖女を得ることで改善すると。だが、聖女はシエン自身が見つけなければならないと。その言葉を聞いて佐々木さんではないということがわかるだろう?」
「そうですか。シエンにとっての聖女という曖昧な言葉ですね」
世界の聖女であるシェリーは、白き神から聖女の名がつく称号を与えられている。ということは、人々が否定しようが、世界の聖女はシェリーである。
炎王の話は、シエンの望む者がただ唯一『闇を喰らう者』を抑えられるということだ。
そのことにシェリーは嫌な予感を覚える。
雪まみれになりながら、空中を舞っているシエンを視た。
「炎王……」
シェリーは神妙な顔つきになって、耳打ちをするように炎王の側に行く。それはまるで恐ろしい何かを見たような感じだ。
「シエンさんの番は、まだ生まれて来ていません。ただ漢字表記されています」
そう、シェリーはシエン・グラシアールのステータスを覗き見したのだ。
シエンの望む者とは世界に強制された番である可能性を考慮した。すると、シェリーの嫌な予感が当たったらしい。
シェリーの言葉を聞いた炎王は頭を抱える。
「変革者」
そう、シエンの未来はその変革者に定められているのだ。その何が問題なのかと言うのか。
「俺達と同じということか」
「はい。きっと番感知はできません」
炎王とシェリーと同じ、番を番として認識できない変革者。
二人して静かになった庭の方に視線を向ける。雪と同化した白髪の少年が埋もれているのだ。
恐らく今の彼の性格から行けば、番感知できない変革者に『僕の聖女になって欲しい』と直球で言っている未来しか見えない。
「誰の許可を得て、俺のシェリーに近づいている」
遠い目をしている炎王とシェリーに温度がない声が降ってきた。
声をする方に視線を向ければ、土足のまま畳の上に立っているカイルが見下ろしている。
シェリーは炎王に内緒話をするように近づいたので、仲良くくっついて隣に座っているように見えてしまう。いや、実際そのとおりだ。
「カイルさん。土足厳禁です。あと寒いです」
「近づいてきたのは佐々木さんの方で、俺は一歩も動いていないからな」
シェリーは一瞬で室内の温度が氷点下まで下がったことと、畳の上に土足で立っていることをカイルに注意する。
そこに悪気や戸惑いは一切なかった。
そして炎王も自分は何もしていないときっぱりと言う。
だが、それで納得できる者たちではなかっった。
いつの間にか、炎王とシェリーは囲まれていた。
「何を話していたのですか?初代様」
「やっぱり仲が良すぎるよなぁ」
「ズルい」
「取り敢えず離れましょうか」
「一度、体でわからせたほうがいいのか?」
シェリーと炎王が、何かと仲がいいことへの不満がつもりにつもっていた。そして、シェリーの番たちの我慢の限界も近かったのだった。




