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「聖結界」
シェリーは部屋の中に立って、浄化の結界を張った。室内のため結界自体は見えないが、室内にキラキラした光が満ちている。
「はぁ、流石にだいぶん魔力を消費しましたね。これは魔人化していてもおかしくないと思います」
シェリーは大きくため息を吐き出す。
いつも何かとため息を吐いているが、これは本当に疲れたという感じだ。
この場がミゲルロディア閣下の別宅よりも酷いということだ。
「だから、ギリギリだと言ったんだ。こっちに来てくれ」
炎王は、浄化されたらすぐに薄暗い部屋を出るように促した。
「あの?どうして、ろうそくを?」
そこにシェリーが炎王が手に持つものを聞いてきた。
日本家屋を模倣した建物である故に、日の光が建物の奥にまで届かない作りとなっている。特に襖で囲まれた部屋などは、夜と変わらないのだ。
だから、明かりが必要となる。普通は魔石を用いた魔道灯を設置するものだが、炎王が使うような、火を用いる明かりなどは一般的ではない。
シェリー以外誰も指摘しなかったのは、それが何かわからなかったからでもある。
もちろん何度か足を運んでいるリオンは知るものであるが。
「ああ、魔術的なものが悪影響を及ぼすからな」
「それは本人にということですか?」
「いや、その物自体にだ。最初はここも一般的な魔道灯を使っていたのだが、爆発することが多くてな。取り扱いをやめた」
どうやら、龍人という要素が大きく影響を与えているらしい。
それは、アマツも炎王も幼少の頃は困ったことだろう。
「龍人族って生きているのが、不思議なぐらい不運ですね」
「ちょっと待て、俺がここまで酷かったと一言も言っていないぞ。これはシエンだからだ」
桜が咲こうとしている時期の大雪もさながら、一般的に使うものまで使えないという状況は、問題のシエンだから起こっていると炎王は言い訳をする。
ならば、『闇を食らう者』という称号がそれほどの影響を与えていることになってしまう。
これは白き神の愚策と言っていいだろう。
「シェリーにそれ以上近づくな」
「近づいていないだろう。どうして、番っていうのはこうも……」
こうも面倒なのだ。そう続けようとして口を閉じる炎王。それを言ってしまえば、リリーナやそれに繋がる者たちも否定することになるからだ。
「佐々木さんも大変だな」
炎王は呑み込んだ言葉とは別にシェリーへの労りを口にする。
「炎王が先程名を出していた大魔女エリザベート様にも同情されてしまいましたよ」
「また、アマツのときと同じか。程々にしたほうがいいぞ」
炎王はそう言って足を先に進める。ここはまだ目的の場所ではないのだから。
その炎王の背後に何かを思い出したシェリーがついて行く。
「シェリー!待って!」
「もう、見えるので自分で歩きます。それから炎王」
カイルを振り切ってシェリーは炎王に追いついた。そして腰につけている鞄からあるものを取り出す。
「ビデオカメラ?」
「ユーフィアさん作です」
手のひらサイズのビデオカメラの小さな画面を起動させるシェリー。
何をするつもりなのだろうか。
「これ、アマツさんです」
シェリーはラースのところで撮った、アマツとカイルの戦いを再生しだす。
「うおっ!特撮!」
「本物ですよ。龍化と竜化です」
「……佐々木さん。全然追いついていない」
「これはユーフィアさんへの課題ですね。早すぎて撮りきれていません」
そこに映し出されていたのは、ただの残像だった。
そして、互いの首元に手刀を入れる形で、止まる画像が映し出される。
青い鱗に覆われたアマツと白い鱗に覆われ翼が生えているカイルの姿だ。
「炎王。まだ強くなれますよ」
「それが言いたかったのか?背後が凄く凍りつくように寒いのだが?」
シェリーと炎王が、仲良く並んで歩く姿に、嫉妬をあらわにするカイルが背後についていた。
それも何度も注意されている冷気をまとってだ。
「龍化。今の炎王なら使えるのではないのですか?」
「そう言われてもなぁ、感覚がわからないんだよな。それって肉体の変化だろう?ソルとかがよく獣化していたんだが……なぁ」
炎王は足を止めて振り返る。必然的に背後にいたカイルと向き合うことになった。
「何度も言うが、俺には番という感覚がわからない。殺気を背後から向けられると思わず手が出そうになるから、いい加減にやめないか?」
流石に、背後からのカイルの殺気に炎王は苛ついたようだ。いつもはそのようなことを言う炎王ではないが、カイルのイライラと同等ぐらいに炎王からも不快感が出ている。
「いつも思うのだが、どうしてシェリーとわかりあえる。それが腹立たしい」
だが、カイルの言い分としては、二人で仲良く言葉を交わす姿に苛立つと。
そう理解出来ない言葉で意思の疎通ができてしまうシェリーと炎王にだ。
「それは以前言ったはずだ。俺達が異質なのだと。その時言った佐々木さんの言葉が、コトリと何かはまった気がしたのも事実だが」
それは、異質な変革者を世界に繋ぎ止める楔が、番だということにだ。




