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「ここだ」
施設の建物の地下に連れてこられた。かなり広い空間になっている。温泉施設の地下がすべてくり抜かれたような感じだ。
支柱となる柱が天井を支え、床には円状の大きな石の台がいくつかあった。
例えていうなら、何かの武闘の試合でもする試験会場かと思えるほど、ほぼ何もない空間だった。
「駅の案内表記みたいですね」
支柱にはそれぞれ看板のようなものが設置されていた。どこ行きの転移陣かわかりやすく掲げられている。
その文字は日本語ではなく、この世界の言葉であった。
「識字率が高いのですか?」
ここに看板表記があるということは、一般人も読めるということだ。ということは、炎国の国民の殆どが文字を読めるという意味になる。
「義務教育制を取り入れているからな」
「そうですか」
学校というところに行ったことがないシェリーにしては、当たり前ではない制度だった。
そしてクロードがこの世界の文字が書けなかったように、義務教育というものは普及していないことがわかる。
「まぁ、言いたいことはわかる。それをなぜ広めなかったのか。だろう?それ、アマツの時に失敗しているんだよ」
失敗。確かにギラン共和国を築いたのはアマツだ。そのアマツが義務教育制を取り入れようとしなかったのも不思議なものだ。
だが、失敗と炎王が言ったのであれば、何かしらの根本的な理由があるのだろう。
そして炎王は一つの円状の石の台の前に立った。石の台には『南極』と漢字とこの世界の文字で書かれていた。
それを見たシェリーはジト目で炎王を見上げる。
「多種族をまとめあげる難しさだな」
そう言いながら、『南極』と書かれた台の上に立つ炎王。
「行き先は氷の世界ですか?」
「いや、普通に南の端という意味だ。登ってきてくれ」
炎王に言われて次々と台の上に立つ。七人がその上に立ってもかなり余裕がある。
「転移陣起動」
炎王がそう言うと、足元の円状の石の台が光りだした。
「本当に魔力なしで転移を?」
「これには苦労したが、地熱発電というのを思い出して、温泉から滲み出る魔素から転移の力を得るように作ったんだ」
炎王が自慢して言っている。たしかに、一般人が使うのであれば、魔力を使用しなくても使えないと意味がない。
『転移の準備に入ったよ』
突然何処からともなく、女の子の声が聞こえてきた。そのことに、再びジト目で炎王を見るシェリー。
だが、その目を大きな手で覆われてしまった。
「カイルさん。前が見えないです」
『忘れ物はないかな?』
「今は見えなくても大丈夫だよ」
『それじゃ、カウントダウンを始めるよ!』
「炎王。このノリにイラッとします」
『5!』
「いや、このあたりを設計したの俺じゃないし」#
『4!』
「炎王の魔術創造に干渉できる人なんていないですよね」
『3!』
「世の中には頭のネジがぶっ飛んだやつなんていくらでもいる 」
『2!』
「は?それでも限度があるでしょう!」
『1!』
「大魔女志望だったからな」
『0!神様からの狂愛を……』
そして、その場には誰もいなくなった。
『賜ることを願う』
「なんですか!あの最後の怖い言葉は!あと寒いです!ものすごく寒いです!南極ですか!カイルさんいい加減に手を離してください」
シェリーは暗闇で、状況が把握できないことで苛ついていた。
寒いと言っているシェリーを寒さから遠ざけるためにかカイルは抱きかかえ、シェリーの目を解放した。
シェリーの目に映った光景は、白銀の世界だった。
転移陣に書かれていたように南極と言われても納得する光景だった。
「氷の世界ではないですか!」
ただ単に南の端の意味だと言った炎王に、言ったことと違うとシェリーは文句をいう。
「おかしいなぁ。普通はここまで雪は降らないはずなんだが」
炎王は振り返りながら言う。その視線の先には雪に覆われた高い山がそびえ立っていた。
火山島である炎国で唯一万年雪に覆われた山だ。それはどの季節でも雪に覆われていることには変わりはなかった。
「初代様。これはシエンが引き起こしていることではないのですか?」
そこにリオンが声をあげる。
しかし、『闇を食らう者』という称号を持っていても、自然現象にまで影響は出ないだろう。
「やっぱりそうか。本当に手遅れになる前に、佐々木さんに声をかけてよかった」
だが、炎王は自然現象にまで影響を及ぼしていることを認めた。いくら世界に干渉する龍人とはいっても限度というものがあるだろう。
ダンジョンは小さな世界という認識だから影響が大きいと言っていた。だが、白き神が管理する世界に、一個人が世界を変えるほど影響を与えることができるのか。
それができるのは、変革者の称号を持つ彼らだけではないのだろうか。
「これがシエンを国の端に隔離している理由でもあり、俺がシエンを殺さないためでもある。佐々木さん。どうかシエンを助けてくれ」




