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「こここここここれは、初代様!」
木の板の壁に囲まれた十帖程の部屋を出たところでのことだ。
その正面の事務机に突っ伏して寝ていた者を叩き起こし、その者が張り子の赤ベコのようにカクカクと頭を下げているところだ。
「まぁ、ここは暇だからな。見なかったことにしておく」
ここは炎国で転移で入国手続きをするための場所だ。転移で入国できる者は多くないので、ここの場所は閑職と言っていいだろう。
そこに炎国の初代国王が転移の間に現れたのだ。それは言い訳もせずに謝るしかない。
「そもそも律儀に、ここにくる方がおかしいのでは?」
炎王の背後からシェリーが呆れたように言う。炎王の客人であれば、直接中央区に転移してもいいのではないのかと。
「いや、俺が破るわけにはいかないだろう?一応、ここで入国管理をするという法があるのだからな」
炎王の番であるリリーナの件があってから、入国には一段と厳しくなっているようだ。だから、入国の記録を一括管理できるようにしたいのだろう。
「そうですか」
法だと言われれば、その国の法に従わないといけない。シェリーは、謝罪言葉を述べている者の横で、入国の理由を記載する。
『炎王に連行された』と。
「佐々木さん。それは理由ではなくて、経緯だ」
「細かいですね。シエンという人を綺麗さっぱり浄化するでいいですか?」
「まぁ、間違いではないが、もう少し言葉という配慮をしてくれるといいのだが」
「間違いではないので、いいではないですか」
「ぶっ殺す」
何時ものように、どうでもいい言葉のやり取りをしている炎王とシェリーの間に割って入るカイル。
「いや、これは普通の話だろう?リリーナもそうだが、沸点が低すぎないか?」
「私に聞かれても、さっぱりわからないので、答えられませんよ」
番という者を認識できない二人は、カイルの行動を理解できないという意見は同じだ。
「カイル。最近シェリーを独占しすぎているから勘違いしているんだろう?」
「はぁ、線の外に出たら駄目というルールは聞いていなかったけど?」
「味方の陣地の者を攻撃するのはありなんですかね?」
「初代様。まさかシェリーをシエンに会わせる気ですか!」
何故か未だに冷気をまとった四人が、転移の間から次々と出てくる。
先に、炎王とシェリーが転移の間から出てきていたので、カイルが何かを言っていたのかもしれない。
最近のカイルは他の番たちに対して殺意を隠さなくなってきている。
それはシェリーへの独占欲か、それともシェリーを守るはずの者たちの体たらくさに腹を立てているのか、それとも両方か。
「取り敢えず、このままシエンが住んでいるところに向かっていいか?」
「はい。どうぞ」
シェリーの承諾を得たので、背後でグチグチと言っている者たちを無視して、炎王は建物の外に出た。
番やその他モロモロで苦労した炎王は、関わらない方が無難だと判断したようだ。
外に出ると、相変わらず活気がある商業地区の町並みが広がっている。
そこを堂々と歩く炎王。
暖かな春の風が吹き抜けている。ことから、炎王が言っていたように桜が咲くかどうかの気候になっているようだ。
だが、蕾は固く閉ざされているということなのだろう。
道行く人々が、次々と道の端によっていく。手を振る者や、頭を下げている者、黄色い悲鳴を上げている者様々だ。この姿が、炎王が今まで築いてきた国というものがわかるというものだ。
第一線を退いたにも関わらず、黒をまとう人々は炎王の存在に敬意をはらっていた。
そして炎王は南に向かっていく。
炎国は南北に長い。
東に港があり、北側には政治の中枢である中央地区がある。それは島の北側が平野で開けているため、人々の生活基盤が偏っていると言っていい。
そう、炎国は火山島だ。だから炎王自慢の温泉があり、異世界のとある国を模したような作りになっていた。
だが、南に向かっているということは、火山がそびえ連なっているところに向かっているということだ。
国の中心から外れた地域。その方向に向かっているのだ。はっきり言って、国の中心から南というとかなり広い。
「炎王。どこまで歩いていくのか聞いていいですか?」
町の中には移動のための辻馬車がある。ということは、町だけでも徒歩で移動するには広すぎるという意味だ。
もしかして町外れまで歩いて移動しようとしているのかと。
「いや、この先に町や村に転移できる固定転移陣がある」
「固定転移陣?」
初めて聞く言葉に、シェリーはその言葉を繰り返す。
固定転移陣ではなく、転移門であればアリスが作ったものがある。それと同一のものかと考えられるが、炎王が別の名にしたということは、違うものと思っていいのだろう。
「火山が噴火すると、避難とか大変だろう?だから、いつでも都に避難できるように、各町や村に転移陣を設置したんだ」
火山島であるが故の問題だ。いつ噴火するかわからない火山対策のために、避難経路を確保したということだ。
「決められたところでしか転移をしてはならないというのは、これがあるからなんだ。狭い国だからな。安全に転移するためのものだ」




