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「あのおじいちゃんって忍者?」
イスラが現れてからカイルを盾にしていた陽子は、今まで座っていた席に戻り、目の前で起こっていることを一言で言い表した。
忍者。そう陽子が言いたくなるのもわからないでもない。
「シュピンネ族は普通、国からは出ないからな。知らなかったら忍者に見えるかもしれない」
そう言うクロードは、別のお菓子の袋を開けてバリバリと食べている。
「なんか、気配はないし、姿もうまく捉えられないし、それであのよくわからない攻撃だよね。敵にまわしたら、マジで瞬殺なんじゃない?」
陽子の言う通り、何が起こっているのかわからないのにも関わらず、イスラの挑発に乗った三人が物言わぬ屍化しているのだ。
三人ということは一人はまだ残っていると言うべきなのだが、スーウェンは己の周りに結界を張ってイスラからの攻撃を凌いでいるに過ぎない。そこに勝ち目があるのかと言えば、イスラを捉えられないかぎり無理というもの。
「しかし、あいつら本当に獣人か?獣人ならイスラの特有の気配ぐらい掴めるだろう」
クロードはグレイとオルクスを批難する。獣人であれば、シュピンネ族の気配の感知ぐらいできるであろうと。
クロードは簡単にいうものの、そこには大きな隔たりがあることを理解していない。
シュピンネ族が何かということを幼少期から知っているクロードと、初めてシュピンネ族と対峙する者たちとでは、雲泥の差があるということだ。
「気配……『感知能力の上昇』……駄目。『魔素の消費率の透視』……これも駄目。『赤外線の可視化』……炎王――――!!」
「ササっち。またエンエンにブチギレている。こればかりは似たような考えになるから仕方がないよね」
シェリーは戦っているイスラの姿を捉えようとスキルを構築するも、すべてのものがスキルとして構築できなかった。
それに対して、幼少期からのシェリーのそんな姿を見ていた陽子は、いつも通りだとニヤニヤして見ている。
流石に赤外線の可視化は、炎王が魔術創造で創ったのだろうと、シェリーは苛ついている。
シェリーのスキル創造は便利なようで、炎王の所為で思っていたスキルが構築できないでいた。
「それじゃ、俺も参戦しようか」
そこに、カイルの感情が何も感じられない声が響いてきた。その言葉に二人の視線がカイルに向けられる。
丁度、スーウェンの結界も謎の攻撃で破壊され、地面に伏したときだ。
「うげっ!ササっち!結界の強固!竜の兄ちゃんめちゃくちゃ怒っているよ!」
「イスラのヤツ死ぬな。竜人相手では流石にキツイだろう」
「そこは心友として、共闘ってならないわけ?」
「親友ではなく腐れ縁だ」
陽子とクロードのそんなやり取りを無視して、カイルはその場から消えた。そして離れた場所から立ち上る土煙と爆音。
裏庭に常時展開している結界が軋む音が混じってくる。
「『真理の目!』」
シェリーは、元々シェリー自身が持っていた能力を使用した。そう、スキルばかりに頼っていたが、シェリーとしては物事を見通す目を白き神から与えられていた。
「あれ?なに?糸?」
シェリーの目には、イスラを中心に透明な糸が張り巡らせているのが見える。
「蜘蛛の糸だ。しかし、アレを可視化されてしまえば、イスラの戦い方は無効となるな」
「蜘蛛の糸?」
「あ?シュピンネ族は蜘蛛人だろう?」
「いや、陽子さん。そもそもシュピンネ族が、ダンジョンに来たことないから知らないよ」
クロードは当たり前のようにいうも、そもそもダンジョンから出られない陽子にとって、ダンジョンに来たことがない種族の特性など知らなくて当然だった。
「は?俺とフラゴルとイスラで、ダンジョンをぶち抜いただろう……いてっ!なんだ!」
椅子の下から突然突起物が出てきて、背後に椅子ごと倒れ込むクロード。
もちろん、この場をダンジョン化している陽子の所為だ。
「陽子さんの古傷に塩を塗るワンコ君には、お仕置きが必要だよね。でも、そうなるとダンジョンマスターである陽子さんが感知できないと、何も能力は与えられないってこと……あれ?」
陽子は何か疑問にぶつかったのか、首を傾げたまま考え込んでしまった。
その間もシェリーは、カイルとイスラの戦いから目を離してはいない。
見えない糸でカイルを絡め取ろうとするイスラ。見えない糸が触れた瞬間を感知して大剣で切り刻むカイル。
イスラに向って振り下ろされる大剣を複数の糸で受け止め、大剣を奪い取ろうとするイスラ。だが、カイルは片腕で強引に糸を引きちぎり、更に追い打ちをかけている。
均衡している戦いのようだが、カイルにはまだ余裕が見て取れる。
しかしイスラには若干疲れが見え隠れしているようだ。
いや、年齢からいけば、自ら身体を張って指導する者ではないだろう。
「やっぱり、シュピンネ族の手を借りたい」
その戦いを見て、シェリーはいっそ確信をするのだった。




