817
「何を殺気立っているのですか?カイルさん」
そこにトレイを両手で持ったシェリーが戻ってきた。
「俺が訓練をつけてやればいいとか、いわれたから断ったんだよ」
一瞬にして殺気を引っ込め、ニコニコと笑みをカイルは浮かべている。
そんなカイルを横目で見ながら、シェリーはテーブルの上に緑がかった液体が入った湯呑みを置いていった。
「緑茶!どこに緑茶なんてあったんだ!」
それに反応したのは、やはりクロードである。そして、匂いを嗅いで一気に飲み干した。
「おかわり!」
「急須から自分でいれてください」
それを見越していたように、大きめの急須をテーブルの上にドンとシェリーは置く。
「さてさて、この歳になって初めて見るものが多いのぅ。それもクロードが知っていると。これは如何に?」
「イスラ。細かいことは気にするな。だいたい初代炎王がらみで手に入れたのだろう?」
湯呑みを緑茶で満たしたクロードは再び、お菓子の袋を開けてバリバリと食べだした。
初代炎王という名を出されてしまえば、イスラも黙るしかない。
あの地に踏み込むことは、シュピンネ族であるイスラでも難しい場所なのだから。
「はぁ……それで、カイルさんがですか?」
シェリーはカイルが言ったことを再度問いかけてきた。それは無理だろうという雰囲気を醸しながらだ。
「殺し合いがはじまるので、するならここではない別のところでしてください」
シェリーは、そのこと自体には否定はしなかった。だが、その内容はそのことには一切関わらないということだった。
そう、シェリーはカイルの殺意を知っているし、カイル自身も勇者ナオフミは間違っていなかったと口にしていた。
だから訓練という名を使って、カイルは己以外のツガイを嬉々として殺すだろうことは目に見えていた。
「それがわからぬのじゃが、聖女という存在を共に守ろうということにはならぬのか?」
「ならない」
カイルは間をおかずに否定した。
「なるわけがないだろう」
「カイルだけは絶対に許せない!」
「共闘という言葉が存在するのか不明ですね」
「煩わしいことこの上ない」
そしてイスラの背後から聞こえてくる声。
目を覚ました四人が、地面から身を起こしているところだった。
しかしイスラは、それもわかっていたかと言わんばかりに、話を続ける。
「だから何故、そうなるのかがわからぬのだがのぅ。しかしエルフの者が言うように共闘という考えでは駄目なのか?」
共闘。確かに聖女であるシェリーを守るために、他のツガイと共闘する。考え方としては間違ってはいない。いや、それが正解だとも言える。
「うーん?個々に戦うという意味ならできると思う」
「共闘?カイルには殺意しか沸かない」
「無理だな」
共闘という言葉が存在しないようだ。その言葉にイスラはふと何かを思いついたかのように、シェリーに視線を向けた。
「そうであるな。小童どもに教鞭をとるのも老兵の役目であろう。聖女さんや?」
「はい。なんですか?」
「わしが小童どもを教育してやるのでのぅ。わしが勝ったら勝利の女神の口づけをくれんかのぅ?」
イスラは己の頬を指しながら言った。そのことに殺気が裏庭に満たされていく。
「イスラ。挑発しすぎだ」
クロードは呆れたようにイスラに言った。口づけをしてくれるようにと差す指は、背後の者たちから見えぬように指し示されていたことだ。
言葉だけ聞くと、勘違いする者たちもいることだろう。
いや、そもそも己の番であるシェリーからの口づけなど、他の者に与えられるものではないという感じか。
イスラの目の前にいるカイルすら、イスラを射殺さんばかりに睨みつけている。
「怖いのぅ。それでどうかな?」
「それは構いませんが……」
「シェリー!」
了承するシェリーを止めるカイル。なぜ、了承するのかと言わんばかりだ。
「カイルさん、うるさいです。お受けしますので、シュピンネ族との取次をお願いしたいです」
だが、シェリーにもシェリーの考えがあったようだ。以前からその能力を買っていたシュピンネ族との交渉だ。
そこに居ても、姿もスキルでも感知できないとなれば、ハッキリ言ってお手上げ状態だったのだ。
「前にも言ったが、わしは国を出た身である。国に属せぬものであればという条件なら、いずれできるかもしれぬ」
「曖昧ですね」
「我々はそういうものであるからな。さて、小童どもの相手をしてやろうかのぅ」
そう言ってイスラの姿はその場からかき消えてしまった。
「負けはその場で意識を失った者。まいったという者である。それ以外には攻撃を仕掛けるので、死ぬ気で参れ、いざ尋常に勝負」
そのイスラの戦闘開始の合図と共に、辺り一帯に更なる殺気がほとばしったのだった。




