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「それは匙を投げつけたい気持ちもわかる」
太陽が高く昇った裏庭は、運動すれば汗ばむ陽気となっていた。その裏庭に設置してあるガーデンテーブルの席につき、ポテチの袋を抱え込んでいるのは、目つきの悪いクロードだ。
若干うんざりしている感じにも見えなくもない。
その背後では死屍累々が地面に転がっていた。
「言葉がおかしいですよ」
そのクロードに対して、世界の記憶から喚び出したシェリーが突っ込む。
「いや、合っているだろう!」
そう言ってクロードは地面に転がっている死屍累々を指し示した。
「季節は変わっているのに、以前俺が相手にしてから、ほとんど変わっていないじゃないか!」
クロードはそう言っているものの、数カ月で劇的に強くなるわけではない。
「あの金狼はまだ努力が垣間見えるが、他の奴らはほぼ変わっていないだろう!」
元々一番弱かったグレイには伸び率が大きかったことはある。しかし、クロードが知らない間にリオンは鬼化という能力を手に入れた。だが、それはクロードにとって評価には当たらないようだ。
「何かしらの努力はしているようですが?」
シェリーは彼らのやり方には関わろうとはしてこなかったため、何をやっていたのかは気にもとめなかった。きっとその言葉に後ろには『知りませんけど』がつくのだろう。
「あ?努力だ?以前言ったよな?子供に切れ味のいい武器を与えても意味がないと。あの鬼のヤツなんて典型的な例じゃないか」
「はぁ、別に私が力を与えたわけではないので、そのようなことを言われても困りますね」
武器を与えたのは神からの啓示であって、シェリーが与えたものではない。そして、鬼化は炎王の番であるリリーナが示唆したからだ。
だがクロードは全てが気に入らないのか更に口にする。
「基礎がなっていないから、あんな動かない物体に成り下がるんだ。そもそも何故、俺なんだ?適任者は別にいるだろう!」
いや、根本的に他人の面倒を見るのが嫌だったようだ。
「人に教えることができるというのは、一種の才能だと思っています」
シェリーはそんなクロードに向って、それは才能だと言った。確かにシュロスのように意志の疎通が困難であれば、魔術に才能があろうとも、いくら神の後押しがあろうとも、魔女であっても理解は不可能だったのだ。
これは間違いではない。
「クロードさん。死者で喚び出したグアトールの祖先と思える人物に武術が教えられると思いますか?」
「無理だな」
シェリーの言葉にクロードは考えることもなく即答した。脳筋ウサギと言っていいグアトールの一族には一族以外の者を教える力量はないと。
「今は適任者を探しているというところですね」
「あ?適任者が他にいるなら、俺は必要ないよな」
「そうではなくて、個人個人にあった能力を教えられる人でしょうか?」
「だったら、尚更他を当たれ。そういうのには俺は向いていない」
クロードは犬を追う払うように、手を振りながら立ち上がる。
いや、お菓子を食べ終わったので、ここには用はなくなったという感じなのだろう。食べ終わった袋を、クロードはぐしゃぐしゃっとしてテーブルの上に置いている。
「陽子さんは思うんだよ。あのクソ猫をシバいて根性を叩き直せるのは、黒ワンコ君ではないのかと」
そこに地面からニョッキと顔を出した陽子が話に交じってきた。
「うぉっ!生首!って陽子さんか。猫って豹獣人のことか?」
「そう!未だに獣化できないくせに、力技でなんでも解決しようとしてくる馬鹿猫!」
色々ストレスが溜まっているのだろう。陽子は地面から立ち上がれないのに、負けは認めないとか言っているオルクスを指しながら言った。
「はぁ、根本的に性格が合わないから無理だ。他の奴にしろ」
陽子の提案をクロードはぶった切る。それも種族の能力が違うという理由ではなくて、ただ単に性格が合わないからときた。
「だいたい俺でいいと言うなら、そこの竜人でいいだろう」
オルクスはニコニコと笑顔を浮かべ、シェリーを膝の上で抱えているカイルを見ながら言う。
それに陽子は眉間にシワを寄せて否定した。
「相性最悪だから、駄目」
「そういうことだ」
もしカイルが彼らに訓練をつけるとなれば、それは訓練というものではなくなるということは想像するまでもない。喧嘩となり、そのうち殺し合いが始まってしまうだろう。
そう、この期に乗じてカイルが他の番たちを抹殺するという現実がだ。
「それでは、クロードさんを喚んだ建前は、拒否されましたので、本題に入っていいでしょうか?」
「おい。これが本題じゃなかったのか」
シェリーは断られることが前提だったらしい。そして、シェリーはお菓子の山をテーブルの上に置いて、クロードに席につくように促したのだった。




