809
「いや、俺は関係ないからな」
きっぱりと否定するグレイ。
確かに関係は無いかもしれないが、ラースの一族ということに関しては同じだと言えた。
「へー……貴方が次の愛し子。よく獣人という異物をあの女神は受け入れたのね」
突然、目の前に現れた赤い瞳にグレイは驚き、思わず後方に飛び退いた。
「あの女神なら、ラースのためになりそうな者を選びそうなのに、金狼って不可解ね」
エリザベートは、本当に理解できないと言わんばかりに首を傾げている。これは、ラースの国のために女神が愛し子の称号をグレイに与えたのではないと言っている。
だが、それは間違いではないだろう。
女神本人が言っていたように、白き神への対抗心でグレイを己の意を伝えるために愛し子にしたと。
「可愛いと言っていましたよ」
そこにシェリーが補足するような言葉を言ったが、グレイにとっては精神をえぐる言葉だった。
しかしそれは、グレイが獣化した姿のことを言っていただけで、愛し子にした理由ではない。
「かわいい?金狼が?あの種族は獰猛よ?」
エリザベートから、なんとも言えない言葉が出てきた。金狼たちをまとめているオルクスの上司であったシドは、牙を抜かれた狼と言っていいほど、だらけた存在だ。
それを知っているオルクスは、何を言っているのかという表情を浮かべている。
「ああ……貴方、女神に馬鹿にされているのね?」
「は?」
「だって、主を見つけていないってことでしょう?主を得た金狼は怖いもの」
エリザベートは、この状況を瞬時に理解して、一人納得していた。
主を得た金狼。その言葉で浮かび上がるのは、ナヴァル公爵夫人に仕えている金狼のマリアだ。
ユーフィアのことに関しては絶対的忠誠を示し、公爵である第六師団長にさえ敬意を示さない有り様だ。
指摘されれば、納得できる違いでもあった。
「ねぇ。これ聖女の何?女神の手駒なの?」
神嫌いのエリザベートは心底嫌そうな顔をしながら、グレイを指して言う。その言葉の中には、よく女神の手駒を近くに置いていると、シェリーを非難しているように聞こえなくもない。
だが、シェリーはその質問には死んだ魚の目を返すだけで、言葉を返さなかった。
「シェリーの番だな」
代わりに答えたのがオリバーだった。
「え?聖女の番は、そこの竜人でしょう?ヤバい竜人がいるのに、主馬鹿の金狼がいるの?」
「やっぱり、番ってヤバい奴であっているのか」
驚きを露わにするエリザベートの言葉に、一人納得しているシュロスが相槌を打つ。
「因みにそこのエルフ族と豹獣人と鬼族もだな」
「……六代目の聖女って、白き神に遊ばれているの?ないわ。あり得ないわ。それは一人で英雄共を相手にしようとするわ」
驚いていたエリザベートだったが、他にも番がいるという言葉を聞いて、哀れみの視線をシェリーに向けた。
そして、シェリーの元にエリザベートは駆け寄った。
「わかるわ。わかる。『心神の改変の呪』でどうにかならないかと、思うのが凄くわかるわ」
番という者が全くわからないエリザベートは、魔術で番たちの心が変わることを期待してしまうシェリーに一定の理解を示したのだ。
「聖女の番としては未熟。私が知る聖女の守護者の足元にも及ばない」
違った。聖女の役目をラフテリアから聞いていたのであろうエリザベートは、彼らが弱いのは怠慢が引き起こしたことだと、思っているらしい。
「わかったわ。お姉さんに任せなさい。白き神がコネコネしてもできなかった世界の浄化を、やり遂げて見返してやればいいのよ」
そして白き神が世界を変えながら調整しても、できなかった世界の浄化を、ラフテリアの悲願を、やり遂げればいいと。
しかし、同じラースの一族だろうが、生きた時代が全く違うのに、姉さん風でも吹かせたかったのだろうか。
エリザベートはドヤ顔をして言ったのだった。
「さて」
エリザベートは踵を返して、空間に手を突っ込み、大魔女エリザベートの特徴といえる赤い旅行鞄を空間から取り出した。
大魔女エリザベートの全てが入っていると言った四角い旅行鞄だ。赤い鞄を宙に浮かせて、その上に腰掛ける。
「弱い君達のために、この大魔女エリザベートが強者という者を教えてあげるわ」
アーク族から唯一恐れられた大魔女エリザベートが、ここに降臨したのだ。
「あ……竜人の君は駄目よ。私が死にそうになるから」
振り向きながら、カイルに釘を差したエリザベート。死にそうになるとは、既に生を全うした死人が何を言っているのだろうか。




