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「そうとも言えるわね。でも後で全部回収はしたわよ」
エリザベートは当然のように言う。だが、これでエルトのダンジョンマスターが言っていたことが本当だったことが証明された。
昔は獣化するものが多かったと。最近は弱体化してしまったと。
そしてギラン共和国のほぼ全域をダンジョン化しているユールクスも同じ意見だった。
獣人の弱体化が何故起こったのか疑問であった。だが、そこに大魔女エリザベートが実験をしていたことが入れば、全て辻褄があってくるのだ。
その実験の成果と言わんばかりに、グローリア国に設置していったのかもしれない。
そこで生まれた人族が人という枠を超えた力を手にしていた理由も結論づけられた。
神の加護は、その者の潜在能力を引き出すだけに過ぎない。
神の加護だけでは理由がつかないことだったが、それもまた白い魔石の影響を受けた人の姿だったのだ。
「だいたいわかりました。それでオリバー聞きたいことがあったのよね?」
竜人の番には、大魔女でも手を引く異常さであり、まさかシェリー自身がレベリオンの影響を受けていたことがわかり、少し凹んでいる感じのシェリーがオリバーに尋ねる。
確かエリザベートに聞きたいことがあって、色々理由をつけてシェリーにエリザベートを喚び出させたのだ。
「ああ」
そう言ってオリバーはエリザベートが書いた本を出して、書かれていることについて聞いていた。
やはり、シュロスの説明と魔神リブロの翻訳では理解できなかったようだ。
「ねぇ、エルフ君を魔女さんに会わせるのはどうかな?基礎だけでも、教えられると違うと思うのだけど?」
陽子は、オリバーとエリザベートの何語だろうという専門的用語が飛び交っている話を聞きながら、向かい側のシェリーに確認した。
そしてシェリーは考える。今の現状で魔術を使える要素を持つのは、全員なのだ。そう猪突猛進のようなオルクスでさえ。魔術が使える要素を持っている。
特にラースの血族であり、魔力量は豊富にあるにも関わらず、魔術が使えるとはこれっぽっちも認識していないグレイもだ。
ハッキリ言えば、エリザベートはシュロスよりも適任者であろう。シュロスは何処か直感で物事を捉えているフシがあるからだ。
「ふむ。そうなると複数の魔術構成には不安定という欠点が出てくるのではないのか?」
「それは、ただ単に修行不足よ。最初は二属性の構築から始めるといいわ」
「修行不足とは、死してからも言われるとは思わなかったな」
死人同士が、話している状況がおかしいのだが、ここではそんなことを気にするものは誰もいない。
「……あら?今気がついたけど、貴方もしかしてロビンと同じ?それじゃ、その隷属の術が邪魔している可能性があるわね」
エリザベートは、自分の首元をなぞりながら言った。
そしてシェリーが施した『聖者からの茨の呪』が、魔術の施行を邪魔している可能性を指摘する魔女。
同じような状況のロビンを弟子にしていただけあって、瞬時にオリバーが困っていることを見抜いたのだ。
確かグローリア国にあったのは弟子の家と言っていたことは少なくとも、何人かは弟子がいたのだろう。
だから、人に魔術を教えることに対しても、シュロスと比べるのが烏滸がましいというもの。
「聖魔術は私では使えない魔術だから、わからないことが多いのよ。でもロビンを実験台にして、隷属の術の解析はできたわ」
なにか恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、それを気にすることもなく、オリバーはエリザベートの術を受け入れている。
グローリア国の祖として崇めている魔女からの術だからだろうか、オリバーは至っていつも通りだった。
「ふむ。確かに魔力の流れが変わった」
「それでやってみるといいわ」
そして、二人の話が終わったであろうことを見計らって、シェリーはエリザベートに声をかけたのだった。
「うわぁ!あんたがあの魔術書を書いた変態か!」
「なにこれ?どうやって動いているの?それにこの鎧の素材ってなに?」
会わせてはいけない二人が、出会ってしまった。
鎧をまとっているシュロスの身体をベタベタと触っているエリザベート。そんなエリザベートに変態というシュロス。
何も間違ってはいなかった。
「エリザベート様。その馬鹿はあとで好きなように実験してもらっていいので、先にこっちをお願いします」
「佐々木さん酷い」
シュロスの胸に耳を当てて、心臓の音を確認しようとしているエリザベートに、シェリーは声をかけた。
いつもなら、シュロスに向かって攻撃をするカイルだったが、今はエリザベートが側にいるためか、何も行動を起こしてはいない。
そして、この状況を何が起こっているのかと理解できないと、なんとも言えない表情を浮かべている四人。
陽子のダンジョンを移動する術で連れてこられて、この変態的行動をする赤髪の女性は何なのかと、グレイに視線が向けられていたのだった。




