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「だが、彼も初代炎王の血族となれば、ギラン共和国も外に出したくはなかったのも理解できなくもない」
「は?」
オリバーの言葉に、シェリーは思わず素のままの返事を返してしまった。ダンジョンマスターであるユールクスから話を聞くかぎり、炎王との関わりがあるようには思えなかった。
ただ行動としては、一般常識が通じない研究者体質の者だろうということは伝わってきた。
「おや?知らなかったのかい?賢者ユーリウスが賢者と呼ばれている理由を」
賢者と呼ばれている理由。
そもそもシェリーがその名を知ったのは、ビアンカの番としての名だ。
そして、その名を示す者は何者かと、当時シェリーと共に暮らしていた、ばあやのマルゴに聞いたからにすぎない。
そのマルゴが賢者とはどういうものかと詳しく話した記憶はシェリーにはなく、ただその名が示すものはギラン共和国に住まう賢者ユーリウスのことだろうと言われただけにすぎない。
だが、考えてみればわかることもある。あのダンジョンマスターが普通の者に裏ダンジョンに行く許可を与えるだろうか。そもそも裏ダンジョンには案内がなければ行くことができない。
アマツの子である炎王の血族である賢者であるからこそ、裏ダンジョンに行く許可が出たのではないのか。
「知らない。そんなこと誰も教えてはくれなかった」
シェリーははっきりと言う。シェリーの知識は偏っていると言っていい。
常識は異世界の常識を持っている。周りがそれを許容してしまえば、今になって常識と外れていると気がつくこともある。
そしてオリバーと言えば、尋ねられたことには答えるが、尋ねられなかったことには答えない。だからシェリーが疑問に思わなかったことは「これは、そういうことだ」という知識のまま、今まで過ごしてきたのだ。
だから、「賢者ユーリウスは人々から賢者と呼ばれている研究者」というぐらいの認識だったに過ぎない。どこにも炎王との繋がりを示すものなどなかったのだ。
「そうかい?恐らくだが、その賢者ユーリウスは白き神の加護をもっていたはずだ」
「凄く話が飛んだけど?」
てっきり賢者と呼ばれるようになった理由を教えてくれるのかと思えば、全く違うことを話すオリバー。
それも、どこに白き神の加護の話が繋がる要素になるのかもさっぱりわからない。
「聞き給え。賢者ユーリウスはエルフ族だ。だから白き神の加護を……」
「オリバーちょっと待って」
シェリーは頭が混乱しているのか、テーブルに肘をついて頭を抱え込んでいる。そして、『炎王とエルフ族って仲が悪いと思ったのに?これでは作戦が破綻している』と小声でブツブツと言っている。
そう、シェリーが懸念しているのは、星の女神ステルラの願いを叶えるための作戦だ。
「大魔導師様。陽子さんちょっとわからないのだけど、エンエンと仲がいいエルフ族がいたってこと?」
「何を言っているのだね?定期的にフィーディス商会と取引しているのは何のためだと思っているのか」
「ササっちの食料事情のため」
陽子はシェリーが普通では手に入らない、米や調味料を手に入れるために、取引していると答える。それは間違いはないだろう。
だが、この言い方だとオリバー自身もフィーディス商会の品を使っていると言っている。
「薬草?」
その答えを知っているシェリーが顔を上げて聞いてきた。
陽子のダンジョンで薬草畑を作っているにも関わらず、フィーディス商会からも薬草を手に入れているらしい。
「そう、薬草だ。フィーディス商会で取引している薬草は、一般的な薬草と比べて効力が10倍ある。ヨーコのダンジョンよりも効力がよい」
「うっ……ササっちー!陽子さんを扱き使って作った薬草畑が用無しにされた!」
「あの薬草畑は一般用だ。研究用ではない」
どうやら、陽子のダンジョン産の薬草は『薬師カークス』としての商品に使われているようだ。だが、ダンジョン産だけあって、普通の薬より『薬師カークス』の薬がよく効く理由になっているのだろう。
「『緑の手』を持つエルフが初代炎王の側にいたのは、有名な話として残っているはずだが?それも知らなかったのか?」
こんな常識も知らないのかと、オリバーは呆れたように聞くも、この場にいる三人にはそのような知識などない。
陽子はダンジョンの外に出られないダンジョンマスターであり、カイルはそもそも別の大陸に住んでいたものだ。竜人族の歴史には詳しいだろうが、別の大陸の……それも小さな島国の王のことなど知ったことかという感じだろう。
シェリーと言えば、常識の情報源は限られていた。そして、炎王本人と会うことも多いいが、過去の人物のことを炎王に問いただすことなどしたことはなかった。そう、アマツのことを聞いたとき以外は。
「オリバーが教えてくれないのに、私が知る要素がどこにあると思うの?」
「ふむ。言われてみればそうだな」
シェリーの言葉にオリバーは納得して頷いたのだった。
 




