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「それが空回りしている原因だと思うのだがね」
陽子の心からの望みに、オリバーは冷静に言葉を返す。
「彼らはナオフミと同じだ。そして世界に縛られていた俺と同じだ」
オリバーの言いたいことがわからず、陽子は首を傾げる。聖女の番ということでは同じだろう。
しかし、勇者ナオフミはやるべきことを成した。いわゆる成功者だ。そのナオフミと彼らを同じにするのは違うだろうという疑問が浮き上がる。
「ヨーコ。なぜ、そこのカイルには言わない。なぜ、この者はダンジョンに入れない」
「だって、竜の兄ちゃんには必要ないから」
オリバーに名を言われたカイルは思わずビクッと肩が揺れた。まさか、ここで名を出されるとは思って無かったのだろう。
「何が必要ないと判断したのだね?彼には足りない部分があると見えていないのか?それとも見ようとしていないのか?」
「……違う。そこは……」
陽子はカイルが目の前にいるのに口にしていいものかと、チラチラとカイルに視線を向けている。
「ヨーコ」
「伸びしろがないからです!う〜……本人を目の前にして言うのは、言いにくいのだけど……個人的な能力の限界値に近いの、だから、陽子さんがしてあげられることはないから……」
個人の能力を超える力は与えられない。
陽子は能力付与には決まりがあると言っていた。これがその一つなのだろう。
「でも今その上限を越えてきていて、陽子さんの方がびっくりしている」
「恐らく特異者と同じ現象が起きている。普通は祝福の過剰な重ねがけにより起こるのだがね」
二人からの視線に苦笑いを浮かべるカイル。全ては人神ラースに願ったことだ。己の限界を破壊することを。
「俺の足りないものは何かと聞いていいか?」
二人の視線を振り切るようにカイルは、己の未熟なところを聞いてみた。これもラースに指摘されたことだ。己の未熟さをわかっていないから、望む力を答えられないのだと。
カイルの言葉に陽子はヘラリと笑った。
「竜の兄ちゃんは努力家だから大丈夫だよ。自分の力に驕っていないし……それよりも陽子さんは、他の彼らの対処法を聞きたいよ」
陽子はすっとカイルの質問を受け流した。
だが、カイルとしては不満だった。一番の問題だった魔眼への耐性は得た。限界の能力値を突破できるようになった。
ならば、何が足りないのか。
「カイルさん。何を陽子さんに殺気立っているのですか?」
そこに珈琲を淹れてくると言ったシェリーが戻ってきた。
そして、オリバーの前に珈琲を置き、陽子の前にチーズケーキを置く。
「うわぁ!陽子さん、ササっちのケーキって好きだよ。お母さんが作ってくれたケーキみたいで」
「陽子さんの母親ではないですよ」
「わかっているよ。家庭の味で美味しいってこと」
陽子は機嫌よく出されたチーズケーキを食べ始める。
そして不機嫌だったカイルも、シェリーが戻って来たことで、殺気立っていたのが嘘のようにニコニコと笑みを浮かべていた。
オリバーも満足そうに珈琲に口をつけている。
当たり前でなにもない。だけど、なにもないことが幸せだというひとときの時間が流れていく。
「時にシェリー。彼らを過去の者たちと戦わせてはどうかね?」
珍しくオリバーが、ツガイである彼らのことに関して口を出してきた。今までは己のテリトリーに入ってきた者たちに対して、邪魔をするなと言わんばかりの態度だったのに、どういう心境の変化なのだろうか。
それに対してシェリーが怪訝な表情をオリバーに向ける。そのようなことをする必要があるのかと言いたいようだ。
「今度は何の神から言われたの?」
違った。オリバーを介して、神が口出しをしてきたようだ。
「武神アルマ様と剣神レピダ様だね」
オリバーから出てきた神の名は、それなりに有名な神の名だった。そのことにシェリーは驚きつつも、ため息を吐き出す。
「はぁ……武闘術を極めさせたい誰かがいるということ?」
「今現在使えるのがクラナード家のみだから、極めるのは難しいだろう」
武闘術。初めて聞くものだ。しかし、シェリーとオリバーの話からするに、神剣術と同じく神の加護があって使えるようになるものだと予想できた。
しかし、オリバーの言葉からはその教えを請えるのは一家しかないという状況らしい。
「武闘術って何か聞いていいかな?陽子さんの知らない術だからね」
「剣だけでなく、あらゆる武器をつかって戦う武術ですね」
「しかし、その武闘術を使えるのが、赤目の魔女の血族のみだ。もう廃れている武術とも言える」
シンプルに答えたシェリーに対してオリバーはトゲのある言い方をした。
そして似つかわしくない言葉も出てきたのだ。
『赤目の魔女』と『武闘術』。なにも接点がないように思えるのだった。




