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「佐々木さん……これはもしや……逆ハーレ……」
「シュロスさん。黙らないと青い魔石を叩き割りますよ」
シェリーの言葉に両手を口元に持ってきて喋らないアピールをするシュロス。その口は後で作られたモノであると知っている者からすれば、意味のないパフォーマンスとわかる行動だ。
「おい!カイル。今のはなんだ!まっすぐ飛んでいたはずの剣がいきなり方向を変えたぞ」
カイルに詰め寄るリオン。そしてオルクスとグレイは突然現れたシュロスに警戒をしているものの、二人して首を傾げている。二人が同じ行動を取るとは珍しいものだ。
それに対してスーウェンの顔色は蒼白と言っていいほど血の気がない。だが、シュロスを見る目は凝視するように視線を外していなかった。
「おかしな術が発動しました。剣がそれる直前に魔術とは言えない何かが……」
スーウェンは何かを見てしまったのだろう。だが、それが何かは一瞬だけではわからなかったようだ。
「その前にさぁ。ソイツ生きているのか?」
「それ、俺も思った。匂いもしないし、人が出す音も聞こえない」
獣人であるオルクスとグレイから最もな疑問が出てきた。五感に優れている獣人の彼らはシュロスの歪な在り方に気がついたようだ。
「中身はモヤが詰まっているだけですので、人ではありませんよ」
その疑問にはシェリーが答える。だが、それに対してシュロスが反論した。
「それは大丈夫になった!ご飯を食べるには消化が必要だとわかったからだ!」
「また、めちゃくちゃなことをしたのですか。まぁ、中身が詰まっていようが私には関係ないですので。あと、紹介しておきます」
そう言ってシェリーは右手を横に出す。
「左から鬼族のリオンさん。豹獣人のオルクスさん。金狼人のグレイさん。エルフ族のスーウェンさんです。シュロスさんと同じただ飯食らいの同居人です」
「おっ!俺はシュロスだ。昔は王様だなんてや……佐々木さん、凄く凹んでいるぞ」
シェリーは紹介と言いつつ、最後に彼らにとってトドメの言葉を口にした。
『ただ飯食らい』
突然、ツガイという存在が現れ、そのままシェリーが住む屋敷に住み着くようになった彼ら。その彼らの食費は誰が賄っていたか。
炎国での買い物をみても、炎王との取引にしても、フィーディス商会の取引にしてもわかるように、シェリーが金銭を出していた。
だが、考えてみればオルクス以外は王族であり、傅かれて当たり前なのだ。生活費などというより、国ごとを動かすお金のほうが身近に感じることだろう。
そしてオルクスだが、彼にそんな気遣いができるかという問題になる。オルクスの性格からいけば、無理だと言えるだろう。
「本当のことを言っただけですのに、何故凹むのですか?」
「まぁ、タダほど怖いものはねぇって言うからな。でも、俺は佐々木さんのとーちゃんに魔術を教えているぞ!講師料が食事だ!」
「それでいいでしょう。私への対価は、扱き使われることでいいですよね?」
「……え?なにそれ……って!氷が飛んできた!佐々木さんの彼氏はどうなんだよ!」
シェリーと会話しているシュロスに、カイルは氷の刃を投げつけ、話を中断させる。
そしてシェリーは、ため息を吐きつつ答えた。
「カイルさんですか?はぁ……毎月100万を振り込んでいただいてます」
「食費というよりも、好きなものを買うといいよって渡しているんだけど、使ってくれないよね」
100万L。そのような大金をカイルはシェリーに渡していたようだ。振込ということは冒険者ギルド経由だと推測される。
しかし、渡した本人の言い分を聞くと、どうもシェリーにお小遣いを渡したような感覚らしい。毎月100万Lを渡されているシェリーはというと、死んだ魚の目をしていた。
「そんなに毎月使いませんよ」
「うっわぁー!佐々木さんの彼氏すっげー金持ち!」
「身分の話は以前したはずですが?ただのシュロスさん」
「うわぁー……佐々木さん、辛辣」
「それで貴様は、シェリーに何の用なんだ!用がなければさっさと地下に戻れ!」
「佐々木さんの彼氏、二重人格かと思うぐらい態度が違うんだけど……あー来た理由なんだが……ずっとさぁ3日おきに、青いうさ耳のねぇちゃんと白と黒の斑の羽のねぇちゃんたちが来るんだよ。騎士団広報部に来いって」
それはきっと広報部のサリーと外交官のイリアだろう。
サリーがイリアに聞きに行ったあと、シェリーが女神ナディアに強制連行されたため、話が中途半端になってしまっているのだ。
そう、聖女お披露目会にモルテ王を招待する件だ。
「でも、それって人々の認識を変えたので問題はなくなっているはずですが?」
狂王モルテ王と魔人ミゲルロディア大公の招待。そのために、シェリーは世界の黒への認識を変えたはずだ。
「死の王だからじゃないのか?」
シュロスから最もな言葉が出てくる。いくら人々の黒への忌避感をなくそうとも、今までのモルテ王の噂がなくなるわけではないということだった。
「ちっ!」




