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イスラ・ヴィエントの質問。はっきり言ってあり過ぎというほどあったような気がする。しかし、シェリーは黒髪の老人の赤い目の真っ直ぐ見つめていた。恐らく知りたい答えは一つなのだろうと。
「世界はこの現状を憂いています。ですから変革者たちはこの世界で役目を与えられています」
シェリーは一つため息を吐いてから言葉にする。
「クロードさんは獣人たちを戦いに導く役目がありました。そのためにクロードさんの周りには多くの人たちが集まっていたはずです」
「ああ、そうじゃな」
「水龍アマツは種族の垣根を壊すため、炎王は新しいものを世界に与えるため、ユーフィアさんは魔道具を世界に満たすためです」
「ではソナタはどうなんじゃ?」
イスラ・ヴィエントはシェリーに尋ねる。お前はどうなんだと。
「私ですか?私は“破壊者”です。そして世界から聖女をやらされ、世界の浄化と魔王の討伐を命じられています」
「やらされておるか?まぁ、薄々気がついてはおったが、また魔王か。これは大変じゃのう」
「戦火は大陸全土に及ぶでしょう」
シェリーは前回は大陸北部だけの戦いだっが、今回は大陸の全土に戦いが及ぶと言い切った。その言葉に周りがざわつく。
「その理由はなんじゃ?」
「しつこくナディア様に来るように催促されているのもありますし、白き神に南側に行くようにも言われています。あと、このように平和の時間もあとわずかと言われましたし」
「どこを突っ込んでよいのやら」
黙ってき聞いていたツヴェークは頭を抱えおり、イスラ・ヴィエントはシェリーの大胆さにあきれていた。
「それから、白き神から最悪世界が壊れても構わないと言われました。ということはそれ程の戦いになる。最悪世界が壊れる程の戦いになると……ですから、シュピンネ族の力を借りれないかと思ったのですが、イスラ・ヴィエント閣下」
今までの話の中でシュピンネ族がどこに必要になってくるのか、わからなかったが、シェリーはイスラ・ヴィエントに力を借りたいともう一度言った。
「ふむ。神託を無視している理由はなんじゃ?」
「ムカつくからです」
「う……うむ。聖女となると違うのかのぅ。しかし、わしは一族から追い出されておるから一族の力は借りれんぞ。わし以外の一族に頼め」
「ちっ」
これだけの事を提示してのにも関わらず、イスラ・ヴィエントからは力を借りれなかったことにシェリーは舌打ちをする。
「わしは老害じゃからのぅ」
それだけ言って、イスラ・ヴィエント忽然と姿が消えた。まるでその場に始めから居なかったように姿が消えたのだ。
「ちっ!逃げた!」
そう言ってシェリーは立ち上がって、辺りを見渡し、マップ機能を操作して居場所を探ろうにも、元々イスラ・ヴィエントには反応していなかった。シェリーのスキルはシュピンネ族には通じなかったのだ。
「シュピンネ族にスキルが引っかからないから、今まで見つけられなかったってこと?」
このシェリーの言い分だと、以前からシェリーはシュピンネ族の者を探していたようだ。
そして、イスラ・ヴィエントの名が出た時点でクロードを餌にすれば、シュピンネ族のイスラ・ヴィエントは現れるだろうとシェリーは考え、軍の敷地内でスキルを使ったのだ。
「シュピンネ族の能力があれば、百獣なんて足元も及ばないというのに」
シェリーは当てが外れてしまったことが、かなり動揺して素の言葉が出てしまっている。
「シェリー?」
カイルが困惑したようにシェリーの手を引っ張る。それにより、シェリーは正気に戻ったのか大きくため息を吐き出した。
「はぁ、初めて接触したシュピンネ族との交渉に失敗してしまいました」
そう言ってシェリーは座っていた席に戻った。
「第0師団長さん。お騒がせしました」
そのツヴェークは頭を抱えて項垂れている。ここ少しの間で起こったことが、あまりにも異常な事過ぎて頭を抱えてしまっているのだろう。
「そうですね。今日はここまでにしておきましょうか」
シェリーはカバンから白い封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。
「建国祭での人族の選出お願いしますね」
そう言って、シェリーは立ち上がった。しかし、そんなシェリーをツヴェークは引き止める。
「一つ聞いてもいいだろうか」
「なんですか?」
「貴女の敵は何ですか?」
シェリーの敵。この場に来てシェリーは、マルス帝国。次元の悪魔の名を上げた。しかし、イスラ・ヴィエントとの話の中で、魔王という名も出てきたのだ。それは、ツヴェークも聞きたくなったのだろう。
シェリーの敵は何かと。
「敵ですか。それは世界ですね」




