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「はぁ。これは思っていた以上に厄介ではないのか?」
ツヴェークは予想以上に事態に遠い目をし、何処とも焦点が合っていなかった。そもそもクロードが示した業務内容には帝国のどのような事を中心に調査をするようにとは記載されていても、現状がどのようにとは示されていなかった。
それは勿論クロードは現在の状態を知るすべはなかったため、仕方がないことだ。
ツヴェークとしては、帝国相手に一個師団は多すぎると思っていたが、シェリーから聞いて帝国の有様は、一個師団でも足りないのではないのかという考えも首をもたげた。
「今現在の帝国の中で一番注意すべき人物が一人います」
ツヴェークが厄介だと口にしていることに追い打ちをかけるように、シェリーは一番重要なことを言う。
「“ハルナ アキオ”という異界からの召喚者です」
「召喚者?それは勇者ナオフミのような者のことを言っているのか?」
召喚者として一番有名なのはやはり、勇者ナオフミだろう。それはいい意味でも悪い意味でも人々の記憶にその名を刻み込んだ人物だ。
「ええ。帝国はユーフィアさんの代わりになる人物を探していたようです。そして、グローリア国で恐らく異界からの召喚者の資料を手に入れたのでしょう」
「ん?ちょっと意味がわからないのだが、どこにナヴァル公爵夫人と異界からの召喚者の共通点があるのだ?その召喚者がナヴァル公爵夫人の代わりになるとは到底思えない」
ツヴェークの疑問は最もだ。帝国が召喚者に求めたものはただ一点のみ、ユーフィアが日本語で書いた資料の解読だ。
「召喚とは召喚したものの望みが叶えられる者を召喚してくるのではないのですか?勇者ナオフミは結果として魔王を倒しました。その後のことなど、目的を成した付随でしょうから」
付随。大陸の6分の1を焦土化したナオフミの番狂いをシェリーは結果をもたらせた後の余波のように言葉にした。
確かにナオフミは魔王を滅ぼし、皆が……神が望む結果を残した。しかし、一人の聖女に対して番が3人という自体が……いやオリバーの番への執着がナオフミに番狂いを起こさせる口火となり、ナオフミの世界に対する怒りが、憤りが、恨みが大陸の6分の1が焦土化するということを招いたのだ。これを付随と言い切っていいのだろうか。
しかし、この世界の者たちからすれば、納得する言葉なのかもしれない。番狂いであれば仕方がないと。
召喚というもの自体がよくわからないものなので、シェリーの言葉にツヴェークは一定の理解は示す。
「言われてみれば、確かに勇者ナオフミは魔王を倒すことに成功した。召喚というものは召喚した者の望みを叶えるか。興味深い。しかし、シェリー・カークス。君はまるで他人事のように話すのだな」
ツヴェークは自分の父親のことを“父”とは言わずに“勇者ナオフミ”と言うシェリーに言葉を濁すように尋ねた。
「会ったのは片手て数えるほどしかありませんので、赤の他人ですよね。あんなクソ勇者を父親だと思ったことは一度たりともありません」
シェリーはきっぱりと言い切った。前世からの知り合いが父親だとは爪の先程も思っていないと、くだらないことを聞いてきたツヴェークを見下すようにシェリーは答えた。
「う……まぁ。色々あるのだろうな。それで、『ハルナアキオ』という者だったか?その者がどうしたのだ?」
ツヴェークは居心地が悪そうに、本題に話を戻す。
「ええ、その『ハルナ アキオ』という人物の作る魔道具が帝国の横暴を助長させているのです」
「ナヴァル公爵夫人は帝国にいたときに作成した魔道具は未だに帝国で使われていることから、その召喚者も帝国の意に準じているのだろう?」
ツヴェークは魔道具を作成するために召喚された者であるのなら、帝国の意のままに魔道具を作り続けているのだから、当たり前だと言葉にする。
「ユーフィアさんも帝国にいたときはそのような感じだったと言われていましたが、人の命を蔑ろにする魔道具は表には出していませんでした」
人の命を蔑ろにする魔道具と言う言葉にツヴェークは目を丸くして“まさか”と呟いた。
「ギラン共和国と炎国の間を航行する商船に向けて奴隷を魔道具に乗せて特攻させ自爆させる物の作成。ただ、これは不出来なため、自爆は発動しませんでした。次に第7師団が絡んだ人の肉体を操る魔道具。制御石を改造したようですが、ユーフィアさん曰く人の神経に寄生する虫のようなものに肉体を支配され、ユーフィアさんが解除してもその寄生虫は排除されなかったと聞きました」
「え?それでは、第7師団の者たちは?」
ツヴェークは言葉をそれ以上紡げなかった。もしかして、未だにその肉体を支配するモノから解放されていないのかと。
「それは街の人共々、綺麗サッパリ浄化しましたので、問題ありません」
「浄化?ということは君は聖魔術が使えると?」
「第0師団長さん。始めに言いましたが?聖女候補の代わりに聖女になるように言われたと」
何を今更、口にするのかとシェリーは呆れるようにため息は吐いた。聖魔術が使えない聖女など、そもそも思考が凝り固まったエルフ族を納得させられないだろうと。
 




