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「すまないが、聖女というのは君の母親のことという意味ではないだろうな」
ツヴェークは突然の“聖女”という言葉に混乱をしているようだ。
「違いますよ。半年前に聖女候補という方がいらしたのはご存知ですか?担当は第2師団長のアンディウムさんがされていたので、ご存知ではないかもしれませんが」
別に白鳥人のアンディウムがあのアイラという少女の担当だったわけではないが、教会とのやり取りでは白鳥人の見た目のいいアンディウムをつけた方がいいとシェリーが言ったために、アイラに付けられただけで、決して担当だったわけではない。
そして、ツヴェークは勿論知らないと首を横に振る。
「その聖女候補の方が不都合になりましたので、イーリスクロム陛下から代わりに聖女に成る様に強制されました」
確かにアイラという少女は世界の意思の機嫌をそこね、彼女はモルテ王のツガイとなったのだ。それを不都合と言うべきか否か。
「一ついいだろうか」
ツヴェークは困惑した表情でシェリーに質問をする。
「何か?」
「聖女というものはそんな簡単に代理できるものなのだろうか?」
聖女という存在は必ず歴史にその名が刻まれている存在だ。一般的に聖女と認められていないラフテリアもまた違う意味でその名を刻み込んだ。大陸という名で。
だから、ツヴェークはそんなに簡単に聖女の代理ができるのだろうかという最もな疑問が口からでたのだ。
「別にエルフ族に承認された者が聖女と名乗っているだけで、私の母親以外の者たちは何かを成したわけではありません」
シェリーは皮肉を込めて事実を言った。エルフ族という一個の種族によって認められただけだと。そして、彼女たちのツガイという者たちにその力を世界の為に奮うこと無く、ただ、歴史に名を刻んだ者たちだったと。
「だから、母親が聖女である君が選ばれたと?」
「さぁ、イーリスクロム国王陛下の心の内を私が計り知ることはできませんから、ただ、このシーラン王国に囲われることはしないと言っているので、名ばかりの聖女となるでしょうね」
シェリーはこの世界に生きる者たちに聖女と認められても意味がないと、それは所詮名ばかりの聖女と成るだけだと言葉足らずに匂わす。
聖女とは世界が世界の浄化を願い与えた力と称号であり、人々に何かを施す存在ではない。シェリーが聖女として力を使うのは世界の意志が示されたときだ。あと、最愛のルークの為だ。
「聖女の話は大した意味がないので、続きを話していいでしょうか」
かなり大事なことだと思うがシェリーにとってエルフ族に認められる聖女に意味を見いだせないので、続きを話してもよいかと尋ねる。
「ああ」
「その手に入れた奴隷を人体実験と言っていいものに利用しています。一つは神の慈悲を賜るために虐殺をした実験ですね」
「ちょっと待ってくれ、虐殺が何故神からの慈悲を得ることになるのだ?」
またしても突拍子もないシェリーの言葉にツヴェークが困惑の色を見せている。
「それは前例があるからですね。モルテ国に成る前のカウサ神教国の民が魔人による虐殺された事柄です。それを哀れに思った死神モルテ様と闇神オスクリダー様の手によって新たな種族として加護を得た者たちが今のモルテ国の民ですから」
「うー。聞き慣れない言葉が次々出てきて、頭がおかしくなりそうだ。死神に闇神なんて聞いたことないぞ。はぁ。話が長くなりそうだな。何か飲み物を用意してくる。後ろにいる方々も好きなところに席についてくれ」
シェリーの言葉に頭がついてこれなくなったツヴェークはため息を吐きながら、席を立ち部屋を出ていった。
てっきり第0師団のこれからの仕事内容を詰めていくだけだと思っていたら、かなりのことを帝国が行っていることを早々に感じ取ったツヴェークは席を外したのだ。
シェリーの後ろに立っている者たちからの威圧的を受けながら、長時間の話し合いは無理だと悟ったのもある。彼らのことは軍内部でも噂になっており、どこの誰かとは知っているため、機嫌を損ねることは国際問題になりかねない。ツヴェークは第0師団の師団長の任を受けたことを早まっただろうかと内心後悔しながらも、気になる『銀糸の妖精』の女性の写真を受け取らないという選択肢はツヴェークにはなかったのも事実だった。
「彼はあまり帝国の情報は得ていないようだね。それとシェリーが聖女だということも。軍内部の情報共有はどうなっているのだろうね」
しれっとカイルがシェリーの隣に座りながら、ツヴェークの印象を述べている。
「カイルずるいぞ!」
オルクスがカイルに突っかかっている間にグレイはすっと反対側のシェリーの隣を陣取った。
「先程の第5師団長の件もそうでしたが、師団長という立場を甘くみられているのではないのですか?」
スーウェンはグレイにもズルいと言っているオルクスを呆れるように見ながら言う。スーウェン自身はこのままシェリーの後ろの場所で構わないのか動く様子はない。
「そうとは言い切れない。実際に下から挙げられても途中で止められていることがある。シェリーのように初代様に直接物事を言ってくることはないからな。いや、強いていうなら初代様の血族のみか」
炎国の王太子であったリオンは実際に数年前の大事件をつい最近知ったことなので、その言葉には真実味がある。
そして、リオンもスーウェンと同じくその場を動くことはなかった。ただ一人オルクスだけが、カイルとグレイに対して席を代われと駄々を捏ねている。これに終止符を打ったのは勿論シェリーだ。
「オルクスさん、うるさいです」
シェリーの冷たい一言により、シェリーの両隣の席は確定したのだった。
 




