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「まぁ、これは断られると思っていたので別にいい」
ニールは武闘大会の警備の依頼の用紙は素直に取り下げった。では、いったい何のためにシェリーに依頼を持ちかけたのか。
それはきっとシェリーに、色々やらかしすぎではないのかと、釘を刺したかったのだろう。
ラース公国の公族の言葉が他国で与える影響としては、大きすぎるのだ。いや、勇者と聖女の子供という方が大きいのか?
それとも国王であるイーリスクロムの前で、次々と神を呼び出すシェリーに脅威を感じているのか。
シーラン王国でのシェリーの発言は、かなりの影響力をもっているのだ。
「あと、これだ」
そう言ってニールが出してきた依頼書は、『愚者の常闇ダンジョンの調査依頼』だった。
「10日程前のダンジョンの近くで発見された魔物の集団以降、何も音沙汰はない。しかし念のため調査依頼を出すことにしたのだが、あそこのダンジョンは人を選ぶため、中々依頼を受ける者がいない。だから、シェリー。君がダンジョン調査をするように」
確かに、ダンジョンの近くで異常が見られれば、そのダンジョンを怪しむべきだ。だから、ニールは最初にシェリーに確認をしたのだろう。
『年末に起こった『愚者の常闇』ダンジョンで見慣れない魔物が大量発生の件だ。あれは、いったい何をしたんだ?』と。
何かをしたのであれば、その後始末もしたのだろうと、シェリーに報告をさせればいいだけだったのだが、シェリーは何もしていないと答えた。
ならば、ダンジョンの調査依頼を出してダンジョンの異常性を見極めなければならない。
シェリーはニールの言葉に、ため息を吐きながら依頼書を受け取る。本当であればしなくていいことだが、オリバーの偶発的産物を世の中に出すわけにはいかないため、妥協案として依頼を受け入れなければならない。
「最後にこの依頼だ。聖女お披露目パーティー原案(仮)のチェックをして欲しいと広報部のサリー軍曹からの依頼だ」
その言葉にシェリーは遠い目をする。ここ最近、ルークのことで頭がいっぱいで忘れていたが、シーラン王国の聖女として国内外にお披露目するとかフザケたことをクソ狐が言っていたとシェリーは思い出したのだ。
「何か依頼がある時は冒険者ギルド経由にしろという条件をつけたらしいじゃないか。この忙しいのに、余計な仕事を増やさないで欲しいものだ」
ニールのお小言が遠い目をしたシェリーに降ってくる。
広報部のサリーはシェリーの言葉を守って、パーティーの内容のチェックをして欲しいとギルド経由で依頼してきたのだ。これは断ることを……したいが、シェリー自身が条件を付けたことなので、大人しく依頼書と原案用紙の束を受け取ったのだった。
冒険者ギルドを後にしたシェリーたちは、そのままの足で第一層に向かって行く。
「ちょっと、お側を離れている間に何があったのですか?」
スーウェンが聞いてきた。確かにここ一月ほど怒涛な日々が続いており、マルス帝国のおかしな動き。ハルナ アキオという人物の人の尊厳を無視した異常な魔導具。悪魔という人為的に作られた存在。
そして、スーウェンが居ない2週間ほどでも世界がひっくり返るほどの事実が発覚した。いや、既にその事実に行き着いていたオリバーはいたが、シェリーとしては青天の霹靂だった。シェリーの表情としてはそこまで変わっていなかったが。
「グレイが赤い狼になったよな。いいよなぁ」
オルクスが羨ましげに言う。言われたグレイはというと、『ぐふっ』っと言って項垂れてしまった。
「確かに俺が居ない間のことを聞いていなかったな」
リオンも何も聞いていなかったようだ。それはそうだろう。あのあと直に年末に入り、シェリーはルークに構いっぱなしであり、新年が明けて数日後が今日なのだ。
その間、彼らは何をしていたかといえば、各自で訓練を行っていたため、情報の共有はされていなかった。
彼らにとって大切なのはシェリーであって、他の者たちではないのだから。
だが、シェリーはと言うと、彼らの言葉を総無視である。しかし、そうなると、今現在一人勝ちしているカイルから聞き出さなければならない。それは彼らとして苛立ちが大きくなるので、避けたいところだ。
「それはヨーコさんのダンジョンからオリバーさんが作った魔物が出てきてしまったから、その調査依頼をシェリーは頼まれたのだよ」
その彼らの意を逆なでするかのように、カイルが答えた。いや、シェリーが答える様子がないので、代わりにこの事を知っているカイルが話しただけなのだ。
しかし、考えもしなかった答えに4人の足が止まってしまった。
そう、オルクスとスーウェンとリオンはオリバー作偶発的産物と戦って、中々苦い経験をした覚えがつい先日のように思い出された。そして、グレイは手足も出ずに逃げ回っていた記憶しかない。
その偶発的産物が地上に出されたとなれば、この世は阿鼻叫喚地獄と化すだろうと、4人の思いは奇しくも同じだった。
 




