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「それにさぁ。今回は南の第3層の地区が一番酷かったんだよ。いくら修復したと思う?100箇所以上だよ」
南地区限定というのは恐らく王都の南方にダンジョンがあるためだと思われるが、第3層という意味がわからない。第2層もと言われば、王都全体に何かが起こっているのか、若しくは炎王が全面的に悪いのかということになる。
「その修復に時間をかけていたら、ダンジョンの近くに穴なんて空くし、そこから出ていった大魔導師様の作成物は決して陽子さんが廃棄したいために、外に出したんじゃないからね!」
本音が微妙に漏れてはいるが、修復していたら穴が空いたと言っていることは、これは炎王の影響によって空いたわけではないことがうかがえる。
この流れだと、何かが故意にダンジョンに穴を開けるという行為に及んだという話になってくる。いったいどの様な者がダンジョンマスターである陽子の管理下にあるダンジョンに穴を開けるというのか。
いや、例外の存在はいる。超越者と呼ばれる存在であれば、可能だろう。クロードとフラゴルのようにダンジョンに縦坑を作ることもできる。
「陽子さん。言い訳はしなくていいので、ルーちゃんは無事なのでしょうね」
シェリーは陽子の『私悪くない』アピールをどうでもいいと言わんばかりにバッサリと切って、ルークの所在を確認した。
「ルーク君は無事だよ。普通のダンジョンには影響は与えていないから、今は10階層を攻略中でこれが終わったら地上に戻ろうって相談していたよ」
陽子の言葉を聞いてシェリーはほっと溜息を吐いた。思ったより速いペースで進んでいたようだ。10階層を攻略したあと一晩休んでから地上に戻って王都に戻る算段なのだろう。
「それならよかったです」
「で、ササッち。大魔導師様、激おこだったよね?」
陽子は己の管理不足をオリバーに叱咤されるのかと、ビクビクとして聞いていた。これは恐らくシェリーが屋敷の中で陽子に声を掛けて答えなかったのは、ワザとだったのだろう。あの屋敷内の会話はオリバーによって把握されている。もし、あの時陽子がシェリーの呼びかけに応えていたら、その話の内容もオリバーの耳に入っていたことだろう。
「あれは、寝起きが悪かっただけです」
オリバーの機嫌の悪さは、寝ているところを起こしたシェリーに悪態をついていただけだったので、陽子に怒っていたわけではなかった。
「え?でもさぁ、あの黒いのを送り込んできたってことは、相当怒っているよね」
陽子は黒い鎧武者のことを言っているようだが、なぜ、それを送り込んだイコール怒っているということになるのだろう。
「さぁ、ただ実戦で使って使えるかどうか知りたかっただけでは?」
「だって、あの作成物をちぎっては投げちぎっては投げってしているよー。普通なら致命傷になる高温のビームも弾き返しているし、鎧武者の開いた口から黒い火なんて吐いているし、怖ろしすぎるんだけど」
鎧武者には面頬という仮面が付いているのだが、その開いた口元から火を吹いているらしい。
「元々はブラックドラゴンの素材で作られて、名工が魂を吹き込んだものですから、それぐらいできるでしょうね」
シェリーは淡々と鎧武者の逸脱した行動を理解できると言う。すると陽子はシェリーの肩を掴んで揺すりだした。
「なんて怖ろしいものを大魔導師様に与えたのよー。陽子さんにそれも管理しろって言ってくるよね。絶対に!」
「オリバーには処分するように言っているので大丈夫では?」
「それって陽子さんに処分したって言われない?」
泣きついてきた陽子の言葉にシェリーはそれもありえるかも知れないと思うのだった。
大方倒し終わったのか、鎧武者の動きが止まったと感じたシェリーは陽子にその場所に連れて行ってもらったのだが、地上部分はダンジョンではないということで、穴が空いてしまったという場所に陽子のダンジョンマスターの特権で移動してきたのだ。
そして、目の前にあるものに、愕然とする。
つい今日の午前中に見たものと同じものが目の前にあったのだ。
「何?この黒い球体。陽子さんこんなモノ知らないよ?」
陽子は気がついていなかった。ダンジョン内に異物が入っているというのに、それを異物として認識していなかった。ただ、ダンジョンに穴が空いて、中にいたものが外に出てしまったとしか認識していなかった。
それはそれでおかしい。これはまるで共存する寄生虫のように異物として認識せずに排除対象から外れるモノ。
そして、今日見たものも、その前見たものもダンジョン内にいた。それはダンジョンであることに意味があるようだ。
「陽子さん。何かおかしなことはないですか?」
「およ?おかしなこと?」
「例えば、ダンジョンポイントが異常に消費されているとか」
ダンジョンポイント。それはダンジョンの力と言い換えていいものだ。そのダンジョンポイントを稼ぐ為にユールクスも陽子も大都市と言っていい街をダンジョン化しているのだから。
 




