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シェリーはオリバーの地下室を出て、階段を登っていく。その間に陽子に連絡をとろうと何度か呼びかけているが、返事が返ってこない。これは本当に何かあったのではないのかと、シェリーの不安が増していく。勿論不安を向ける相手はルークのみだ。
「シェリー!後ろ!」
殺気立ったカイルが声を上げた。それはシェリーの背後には黒い鎧武者がガシャガシャと音を立ててついてきているからに他ならない。
それをシェリーはわかっていると言わんばかりの視線を向けて、カイルを見上げる。
「オリバーから偶発的産物の相手をコレにさせろと言われて押し付けられました」
「でもそれは危険だ」
カイルはブラックドラゴンの素材で作られた呪われた鎧武者を危険と言ったが、それは間違いはないだろう。まるでブラックドラゴンが小さな鎧武者の中に収まっているようにカイルには感じているのだから。
「オリバーが調整したと言っていましたし、今は私の魔眼の支配下にあるので、問題はありません」
それに元々倒したシェリーには畏怖を感じていたのか、脅せば大人しくなっていたモノだったので、恐れるほどのモノではないのだろう。
カイルはシェリーの魔眼の支配下にあると聞いて安心はしたものの、不安は拭えず付いていけばよかっただろうかと、思っていた。そこにシェリーが転移の魔石を取り出して、床に陣を敷いた。鎧武者の分も含まれているのいつもより大きめの転移陣はいつも通り行き先を言わないシェリーによってカイルと鎧武者と共にこの場から消え去った。
たどり着いたところは、2つの月と星空が浮かぶ地上から離れたところだった。月明かりに浮かぶ周りの景色に目をこらしてみれば、そこが、陽子のダンジョンの要塞のような地上部分だとわかる。シェリーとカイルは要塞の塔の上に転移をしていた。
以前来たときは下の方には多種多様のオリバー作偶発的産物がひしめいていたが、今はシーンと静まり返っている。
シェリーは今いる塔の上から斜め上に視線を向け、何かを探しているように視線を忙しなく動かしている。
「いた。北西方向。数にして150程。『殲滅しろ!』」
シェリーは側に突っ立ていた鎧武者に命じた。その言葉は跡形もなく消し去れと言っているように思える。いや、その言葉に間違いはない。何故なら、オリバーの偶発的産物を新種の魔物と認定されても困るからだ。
まだ、ダンジョン産の変異物と思われいる方がましというもの。
シェリーの命令を受けた黒い鎧武者が震えだす。何を震えているのかと思えば、背中からドラゴンのような二対の翼を生やしたのだ。これは元々の仕様なのだろうか。それともオリバーの改造の所為なのだろうか。詳細はわからないが、4枚の黒い翼を生やした鎧武者は塔から飛び降りたと思えば、そのまま空を滑るように飛んでいった。
知らない者が見れば、総武装した竜人が襲来してきたように思えるかもしれない。
「シェリー。付いていかなくてもいいの?」
カイルは近くであの危険物を見張っていなくてもいいのかと言葉にするが、シェリーはそんなことよりも、連絡が取れない陽子に何かがあったのか知る方が最優先事項だ。
もし、陽子に何かあったとすれば、ダンジョンに潜っているルークはただでは済まないからだ。
「いいです。私の魔眼の効力は距離で切れることはありません」
流石と言えばいいのだろうか。大公に匹敵する若しくはそれ以上の力を持つシェリーの魔眼だ。
「それよりも、陽子さんいつまで無視を続けるのですか?」
シェリーはどこともなく声をかける。それも陽子が無視をしていると決めつけてだ。
「陽子さんは悪くないからね」
シェリーの足元から声が聞こえ視線を向けてみると生首が生えていた。その生首は自分は悪くないと言い訳をしている。
「陽子さん出てきてもらえます?」
「はぁ」
陽子はいつものお調子者の感じではなく、溜息を吐きながら塔の最上階の床から出てきた。
「エンエンが来たときは、いつも気をつけているのに、今回は色々被害が酷かったんだよー」
今回は……陽子は先日来た炎王がもたらした被害がいつもと違うかったと言っている。
「だって、王城とダンジョンが繋がるってありえないんだよー。確かに王城には地下はあるのだけどね。その間には硬い岩盤があるから繋がるはずはないの!」
硬い岩盤というものは、クロードが言っていた赤猿のフラゴルとふざけて岩盤を掘ろうとして諦めた硬い岩盤のことだ。それは陽子の言う通り、普通は岩盤が崩れて繋がることはないはずだ。
 




