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「で、その者たちは力を使おうとして……壊れたと言えばいいのだろうか」
壊れた。言葉を濁したが、身に余る力に対して耐えきれず肉体の破壊が起こったのだろう。
「そこから臭って来たものが、……次元の悪魔を倒した時の鼻の歪むようなニオイを放っていた」
第5師団長のヒューレクレトの口からとんでも無い言葉が出てきた。ヒューレクレトは人と言っていたが、それは帝国の人族という意味なのだろうか。この話が事実だと帝国は人族に対しても何かしらの実験を行っているということに等しい。
「帝国の人族からと言うことですか?」
「ああ、そうだ」
これはおかしな話になってきた。帝国からギラン共和国に送られて来る次元の悪魔。それもクスト曰くクラスチェンジが行われている次元の悪魔だ。
そして、ヒューレクレトが言った帝国の人族の身に余る力と次元の悪魔に似たニオイ。
いったい帝国内では何が起こっているというのだろう。シェリーはてっきり不透明さでは一番のグローリア国から次元の悪魔が発生していると思っていた。だが、この話からその考えを改めなければならない。
しかし、これは所詮机上の空論。真実は程遠いことだろう。
「第5師団長さん。それはそのまま上に報告すべきことだと思います。あと第6師団長さんにも」
「ん?クストにもか?」
シェリーはヒューレクレトにこの王都の警邏を担うクストにも言うように言った。
「ええ、帝国のことはよくわかりませんが、ユーフィアさんであれば、その不可思議な鱗片の何かを知っているかもしれません」
そう、ユーフィアが拒否する程のモノを作り上げる『ハルナ アキオ』という人物はユーフィアが残していった何かしらから、そのヒントを得て、恐ろしいものを作り上げている。では、このことも関わりあるのかもしれない。
「ああ、クストの番だな。確かにあの人であれば、何か知っているかもしれん」
ヒューレクレトは納得し、シェリーとカイルから距離をとる。そして、敬礼の姿を取った。
「我々スラーヴァルはこのメイルーン・アウレア・イッラを護る者である。亡き閣下の最後の命令をこの身をもって受け承った」
それだけをシェリーに言ってヒューレクレトは身を翻して、第一層の方に向かって行った。
またしてもヒューレクレトの口からおかしな言葉が出てきた。王都メイルーンを別の言葉で表現していた。いや、一般市民には開示されていない多くのことがこの王都メイルーンにはある。まだ、この王都には秘密があるようだ。
そう思いながら、シェリーは思ったより時間を消費してしまったために、早足で屋敷の方に戻っていく。時間を取ってしまったが、色々情報があったのは確かなことだ。いったい帝国はどこに向かって行っているのだろう。
シェリーは屋敷に戻ってきたその足で、そのまま地下に向かう階段を降りていく。その後ろにはカイルの姿は無く、玄関ホールで待っていた。
そして、シェリーはオリバーの部屋から溢れ出している偶発的産物を蹴飛ばしながら、オリバーの部屋の前にたどり着き、そのまま扉を開けて、入っていく。
オリバーの汚部屋に入った早々、横からかすかな風を感じ、視線を向けると、黒い鎧武者がシェリーに向けて腕を振るっているところだった。
「邪魔」
シェリーはうざいと言わんばかりに、魔眼の力を解放して言葉にする。すると、ガチャガチャと音を立てながら、部屋の奥に引っ込んでいった。
「まだ、廃棄していなかったわけ?」
あの鎧武者は炎国のファブロのところからもらってきたものだ。それも問題があるからという曰くつきの物体が自由に動いているのだ。あのときシェリーは処分しろと言っていたにも関わらず。
その元凶のオリバーはいつも通り長椅子で寝ている。
そのオリバーをシェリーは揺り起こす。
「……なんだね?」
とてつもなく不機嫌なオリバーが目を開けた。普通の人であれば、そのまま踵を返して脱兎のごとく逃げ出したい程の機嫌の悪さだが、シェリーはそんなオリバーに構わず、用件を口にする。
「陽子さんのダンジョンからオリバーが作った魔物が溢れ出ているらしいから、始末して欲しい。多分、この前炎王が来ていたからダンジョンに穴が空いたのだと思う」
「それぐらいならシェリーが行ってくればいい。俺が出る必要はないはずだ」
確かに作った者はオリバーであるが、管理者は陽子であり、陽子に管理する権利が譲渡された時点で、オリバーに責任は求められないはずだ。
「私はルーちゃんの無事を確認しに行くから無理」
そう、シェリーの中ではルークの無事の確認が第一なのだ。しかし、そのシェリーの行動をオリバーは意味がないと否定する。
「ライターがついているのであれば、気にする必要などない。それに陽子に言って鎧共を出せば、作り物など簡単に壊せる。ああ、ついでに調整したそこの黒いヤツも試運転してくれればいい」
オリバーはそれだけを言って再び目を閉じた。これは起きる気はないようだ。
シェリーはオリバーに言われた黒い鎧武者に視線を向け大きく溜息をだす。
ついでというよりも、いい機会だから、黒い鎧武者を使えと言ったのだろうと、シェリーはオリバーの言葉を解釈したのだった。
 




