531
「『狂いし陽の森』というと、モルテとの国境にあるダンジョンだね。あの方向感覚を失わせる……シェリーが一人で出ていってしまったときの話だね」
カイルの言葉の端から、シェリーを非難するニュアンスが聞き取れる。そう、これはシェリーがモルテ国に入る前にニールから頼まれていたスタンピードを疑うダンジョンの調査依頼だった。
あの時は黒い魔物など存在しなかったが、魔物の海かと思えるほどの多種多様な魔物が襲ってきたのだ。黒の魔物以外はその時と全く同じと言っていいダンジョン内の状態だ。恐らく前回の事も今回の事も原因は黒い球体だと思われる。
黒い球体に近づくシェリーの前で露払とい感じでカイルは大剣を振るい黒い球体までの道を作る。
そして、シェリーは1メル程の宙に浮いた黒い球体の前に立った。以前と違い、ただの黒い球体にシェリーは右手を差し出す。そして、一言、呪を唱えた。
「『白き業火の灰燼』」
白き炎が黒い球体の周りを舐めるように覆い、高温で焼き尽くそうとする。ただ、力を制御しているため、以前のように炎の火柱を上げて燃やし尽くす勢いではない。
それが、いけなかったのだろうか。黒き球体にヒビが入る。天から地に向かって雷でも落ちたかのようにビキビキとヒビが入ったのだ。
そこから、白と黒の斑の手が割れた隙間から出て来て外殻を掴んだ。その奥には赤い血のような丸いモノがこちらを見ている。
その瞬間、カイルの肌が粟立った。構えていた大剣を思いっきり外殻ごと中の物体もろとも叩き切る。
そして、シェリーは炎の勢いを増すために魔力を注ぎ込む。
だが、中のモノが殻から飛び出し、木の枝に移動した。そして、そのモノの全貌が明らかになる。
奇妙にも全身が白と黒で斑であり、黒い皮膚の部分には血管のような青い筋が浮かんでいる。血のような赤き目が長い斑の髪の隙間からこちらを伺い。背中には真っ白な片翼の翼が生え、翼がない方には額から捻じ曲げられた角が生えていた。
片翼の翼。シェリーは思わず舌打ちをする。毎回神々の啓示というものはわかりにくいと。あのギラン共和国の祭りの日に出会った神から渡された片翼の鳥の飴細工のことだ。
何がそのうちわかるかだ、とシェリーは内心、悪態をつく。
「シェリー。あれはもしかして……」
「そうですね。完全体に成る前のモノのようです。ものは言いようですね。完全体ということは完全体ではないモノがいるということですか」
きっと、あのバケ文字のところには完全体の悪魔とかそのような言葉がはいるのだろう。いや、それとも堕天だろうか。空島に住まうアーク族が地に落ちた姿。
『∑θκβφυτθε!!』
何かを言っているが、聞き取れる言語では無かった。不完全なモノの為に劣化した存在なのだろうか。
その不完全な片翼の存在が黒い槍を右手に掲げ、向かってくる。黒い槍?先程まで、武器らしきものは持っていなかった。それは魔術で形成したモノということか。
カイルが大剣で黒い槍を弾き、そのまま翼を斬ろうと大剣を振るうが、空中で方向転換され、カイルの大剣は空を切る。
方向転換した不完全な存在の背後から、シェリーが黒刀を斑な首に向かって斬りかかるが、カツンという音と硬い物にあたった感触がシェリーに伝わり、またしても切れないことに舌打ちが出る。
赤い瞳がギョロリとシェリーを捉え、シェリーを標的に定めた瞬間、不完全な存在の胸に大剣が突き刺さった。
その大剣はそのまま横一線に胴を切り裂き、シェリーは黒刀に白い炎を纏わせ、首を焼き切る。
意志を無くした赤い瞳は青い空を見ながら地に落ちていき、2つに別れた身体も地に伏していった。
その身体をカイルが持ち上げ、未だに燃えている外殻に投げつける。その躯は白い炎に飲まれ見えなくなったが、シェリーは無表情で首だけになった存在を見ていた。
そして、溜息を一つ吐いてから、その首も白い炎で焼き尽くす。立ち上る煙を追うように空を見上げるシェリー。
人が世界の闇を取り込むと、魔人となるように、神の姿を模したアーク族が世界の闇を取り込むと悪魔と化す。
この世界は病んでいる。悪魔と呼ばれる者は別のところからやってきたのかと思っていたが、実際はこの世界に住まうモノの闇に落ちた姿だったのだ。
だったら、魔王という存在は何だったのだろう。悪魔を統制したという魔の王と呼ばれた存在。
あの白き神はあと数年で魔王の復活を予言した。そして、その予言は黒きエルフであるアリスもしている。
魔人。悪魔。そして魔王。そこの根底にあるものは、この世界に住まう、人々の心の闇。
結局、悪魔を倒そうが、魔王を倒そうが、人々の心の浄化を行わなければ、結局のところ同じことを繰り返すだけになるのだ。
「カイルさん。一通り見て回りましょう」
空を見上げていたシェリーはカイルを見て言う。他に異常がないか確認するために移動をするのだった。
 




