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カイル Side
日に日に寒さが増していく朝、日がまだ昇らない空がしらじんできた時間にふと目が覚めた。
そして、己の腕の中で眠るシェリーを見る。それだけでも己の心は満足できる。未だに不安感は払拭できないが、番の絆が結ばれていない以前の状態よりも、今のシェリーが己の番であると確固たる絆がある現状とでは、己の心の有りようが全く違っていた。
いつ消えてしまうかわからない不安感が、番が側にいる安堵感に変わっていた。
だが、変わらないものもある。シェリーを国に連れて帰りたいという独占欲だ。ここでは己の番に近づく者が多すぎるという苛立ち。
はっきり言って、弟であるルークも目障りだ。シェリーが心を砕いてルークのためにしている行動が、ルークには全く伝わっていない。伝わっていないどころか、シェリーを邪険に見ているところがあるのも気に食わない。
オリバーにも思うところもある。己にはわからないところでシェリーに共感していることだ。世界から解放されたからなのだろうか。だが、世界からシェリーの守護者の役目を与えられたオリバーはシェリーから離れることが無いように、シェリーも頼っているオリバーから離れることはないだろう。その信頼が己に向けられないことに憤りを感じる。
だが、一番は炎王だ。昨日の朝の姿には憤りを通り越して殺意が芽生えた。
同じ黒髪であり、いつもと違いシェリーと同じような服装をまとい『エンさん』と呼ばれる、どう見ても人族にしか見えない炎王をどう殺してやろうかと考えを巡らせた。
炎王がシェリーと戦っている姿を見たことがあるが、刀という片刃の剣を使っているのと、尋常でない程の魔力を持っていることはわかったが、その全貌は杳として知れなかった。
いや、一番上の兄と同様に得体のしれなさを感じたのは事実だ。伊達に千年という時は生きていないということだ。
恐らく、本気で戦えばお互い無事では済まないだろうという感覚があるため、剣は抜かなかったが、これが炎王でなければ、確実に首を斬っていただろう。
誰の番と手を繋いでいるのだと。
しかし、ヨーコからあのような言葉が出てくるとは思わなかった。彼女の目は王都中枢まで行き渡っているだろうとは思っていたが、王都とダンジョンを監視出来る彼女の能力はいったいどのようなものなのだろうと気になるところではある。いや、ダンジョンマスターという者だからだろうか。
まさか、高貴なる御方の威というモノが己に褒美をあたえるという考え。その言葉を聞いて否定する己がいたが、認められたという嬉しさがあったことも事実だ。
内心、焦っているのは己だけで、空回りをしているだけなのではと思っていたからだ。だが、間違いではなかったという証。
あの高貴なる御方だということに釈然としないが、この世で全てのモノを統べる存在であることに変わりはない。
実際問題、シェリーと番の絆を繋ぐことは難しいと思っていた。シェリーの番に対する否定は尋常でないほどだ。ただ、幼少期の話を聞くと納得はできた。
だから、シェリーと絆を結ぶには慎重にしなければならないとは考えていたのだ。しかし、神の威というものの介入であれほどすんなりと絆を結べたことに驚いたが、一番驚いたことがシェリーがそれほど怒っていなかったことだ。普通であれば、殺されないまでも、殺意は向けられると覚悟していた。だが、現実はシェリーは逆らうことの出来ない神の威の介入に対して憤っていたが、己に対してそこまで怒っていなかったのだ。
恐らく、これが正解だったのだろう。もし、己の意志で行動していたとすれば、シェリーはルークとオリバーを連れて己の前から消えていたかもしれない。今まで築いてきた人々の関係など簡単に捨て去って、一人で聖女の役目を成そうと行動していたに違いない。
そんなことを考えていると腕の中のシェリーが身動ぎして目を開けた。
なんて愛おしい存在なのだろう。今だけは俺だけの番だ。
このまま、国に連れて帰ってしまいたい。そして、誰の目に触れないよに閉じ込めてしまいたい。
この独占欲に蓋をして、寝起きのシェリーに口づけをする。
「おはよう。シェリー」
俺の愛しい番。
「おはようございます」
今だけは俺だけのシェリー。
「今日は何か予定はあるのかな?」
きっと、何もないだろう。黒髪になったシェリーは極力外に出ないようになった。冒険者ギルドの依頼も受けなくなったのだ。
「何もありません」
そう何もない。このことには星の女神に感謝している。不用意に人の目にさらされることが無くなったのだ。
「じゃ、もう少し寝る?」
「起きますよ。朝ごはん作らないといけないので」
いつも朝早くに起きて朝食を作っている。だけど、今日はそんなに早く起きなくてもいいのではないのか。
「4人分を作るだけだから、そこまで早く準備しなくてもいいと思うよ。ルークが起きてくるまであと1刻はあるのだから」
俺がそう言うと、シェリーは素直に目を閉じた。そんな愛しいシェリーを抱きしめる。
あいつら、本当に帰ってこなければいいのに。




