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「おはよう。佐々木さん、もしかして出勤前だったのか?」
シェリーが開けた玄関扉の前にいたのは、黒髪に着物のような衣服をまとった炎王だった。炎王自ら、それも一人で居るようなので、シェリーは思わず聞いてしまう。
「炎王、暇なのですか?あと、スーツ姿なのは朝から私の着る服で、もめていたからです」
炎王は最後のシェリーのうんざりとした言葉に遠い目をして『ああ』と声を漏らしている。きっと炎王にも覚えがあるのだろう。
「暇じゃないが、今日はリオンを迎えに来たんだ」
炎王がここに来た理由を述べている途中からシェリーは満面の笑みになって炎王を招き入れる。
「さぁ、どうぞ連れて帰ってください」
「いや、用が済めば送り届けるからな」
シェリーがさっさと連れて帰るように促す言葉を炎王は直ぐ様否定をする。それに対しシェリーは遠慮はいらないと言わんばかりに笑顔を深めるが、その目は笑ってはいない。
「もうすぐ年末ですし、ご家族揃って過ごされるのもいいのではないのですか?」
「それはリオンが暴れるから物理的に無理だ」
「そう言わずに」
とシェリーは言いながら、一向に屋敷の中に入ってこない炎王の腕をガシリと掴む。炎王は都合が悪くなると直ぐに転移で去って行ってしまうので、その対策として物理的に捕獲するか、許可がないと転移できないオリバーの結界内に引きずり込むのが有効なのだ。
「遠慮せずにどうぞ。ああ、それから今ルーちゃんがいるので、いつも通りお願いします」
シェリーは中に入るように促す一方、炎王にルークが居ることを告げる。いったい何の関係があるのだろうか。ルークが居るときに炎王が来ると何か問題でもあるのだろうか。
炎王は『ああ』と返事をして、パチンと指を鳴らした。するとどうだろう。炎王の衣服が着物ような服装から、この辺りで一般的に見かけるに洋服に変わったではないか。そして、炎王である特徴的な頭の横から出ていた二本の角が無くなっていた。見た目は訪問用の少し小洒落たブルーブラックのスーツを来た黒髪の人族そのものであった。
これは人に化けたと言っていいのだろうか。
そんな炎王を逃さないと言わんばかりに、腕を掴んだままシェリーはダイニングの方に進んでいく。
ダイニングの扉を開けたシェリーは、4人からの驚いたような視線を受けたが、無視をしてルークに話しかける。
「ルーちゃん。エンさんが来てくれたから好きな物を何でもお願いすればいいよ」
「だから、佐々···シェリーさん。俺はなんでも屋じゃないし」
「ルーちゃんにクリスマスプレゼントということで」
炎王の否定の言葉にシェリーは真顔でこの世界にありはしない、神と成った者の誕生祭を祝うイベントを口にした。
「アマツみたいな事を言うなよ。クリスマスなんてないからな」
炎王から珍しく水龍アマツの名前が出てきた。これはギラン共和国ではクリスマスに代わるイベントがあるということだろうか。
「エンさん。お久しぶりです」
とルークが振り返りならが、炎王の側に行こうと立ち上がった側を風が通り抜けていった。
そのルークの視線の先にはいつの間にか、炎王の側でカイルに抱えられているシェリーの姿がある。
「いや、そんなに殺気立たれても、俺の腕を掴んで、ここまで連れてきたのは佐々···シェリーさんだからな」
炎王は呆れ気味の視線をカイルに向け言い訳をしているが、やはり佐々木といつも呼んでいるため、シェリーとは言い難いのだろう。
「エンさんとカイルさんは知り合いだったの?」
ルークが疑問を口にしながら近づいて来た。しかし、このルークの態度から目の前の人物が炎国の炎王だとは知らないようだ。
「ああ、最近な。ルーク、学園に通い始めたらしいな。学園生活はどうだ?楽しいか?」
炎王は親戚のおじさんのような当たり障りのない世間話をルークに振った。それも周りの視線が痛いと言わんばかりに苦笑いを浮かべながら。
「勉強は簡単。元々剣の先生から習っていたから、成績は一番だよ」
そのルークの言葉に一番反応したのは、勿論カイルに抱えられているシェリーである。
「ルーちゃん。一番なんてすごい!それならお姉ちゃんに一番に教えてくれてもよかったのに」
最愛の弟の成績を何故か炎王との話の中でされたシェリーは少々ふてくされている。ただ、ルークはこの冬期休暇で戻って来た時に色々と姉であるシェリーに話そうとは思っていた。
だが、数カ月ぶりに家に戻って来てみれば、ルークの知っている家の状況とはガラリと変わっていたのだ。
姉の番だと言う顔見知りの冒険者が家におり、自分には知らない家族が居ることが発覚し、姉と同じ珍しい黒髪の男女が夜遅くに尋ねてくれば、意味深な事を言って去っていった。
あまりにも自分が知っている家の状況と変わっていたのだ。それは、姉であるシェリーに一歩引いた感じにはなるだろう。いや、これもまた反抗期の一種なのかもしれない。




