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「姉さん。おはよう」
ルークがダイニングに顔を出してきた。が、昨日に引き続き雰囲気が微妙な姉の番たちを横目にルークはシェリーに朝の挨拶をした。
その言葉にシェリーは慌ててキッチンから出てくる。エプロン姿なのはいつも通りなのだが、オロオロと困った雰囲気をまとっていた。
「おはよう。ルーちゃん。もうちょっと待っていてね。まだ、ご飯ができていないの」
いつもであるなら、ルークが起きて来た時には配膳まで済んでおり、ルークが席につけは食べられる状態だったのだが、今日は珍しくシェリーは寝坊をしたのだろうか。
「うん。今日はライターさんから休みって言われているから、急いでいないよ。だから、ゆっくりでいいよ」
ルークはそういう事もあるのだろうと、周りを見渡すと、一人足りない事に気がついた。そう、ここ数日一緒にライターのところに通っていたスーウェンの姿が無いのだ。
不思議に思い姉に聞こうとしたが、既にシェリーの姿はキッチンの中にあり、聞ける雰囲気ではなかったので、ルークは微妙な雰囲気の姉の番たちのところに足を進めたのだ。
「おはようございます」
ルークは微妙は雰囲気をまとわした3人に声を掛けた。どこが微妙なのか。
グレイがオルクスに何やら地図を見せながら、説明らしきことをしているが、オルクスは聞く耳を持っていないのか行儀悪く片足だけをあぐらをかくように椅子の座面に上げ、テーブルに肘をつきそっぽを向いている。
リオンはリオンで声を掛けづらいイライラとした雰囲気をまとっている。
スーウェンが居ないことに関係しているのだろうか。3人はルークの声が聞こえていないようだ。
「だからな、先にこっちを終わらすべきだって言っているんだ」
グレイが地図上の森を指し示して言う。
「それは、グレイがあのニールと交渉して取ってきた依頼なんだから、リオンと一緒に行けばいい」
「だから、オルクス。俺は全く関係ないと言っている。第一層に入りたかったのはお前だろう?」
確かに、グレイとオルクスはユーフィアの侍女であるマリアに会いに行くために、第一層に入るための依頼をニールにわざわざ作ってもらう対価として、ニールがピックアップした依頼をうけるというものだった。
リオンの言う通り、この話はリオンには全く関係ない。
「だとしても!物理的に行動範囲がおかしいことに気づけ!あの10件の依頼を速攻終わらせば、渡されたこの4件を何で素直に受けたんだ!俺は嫌だと言ったぞ。グレイが行け!」
いや、初めにニールから渡された10件の依頼は終わっているようだ。そのあとニールはこれ幸いとばかりに追加で4件の依頼を差し出し、それをオルクスは否定したが、グレイが受け取ってしまったらしい。
オルクスが怒っている理由は勝手に依頼を受けたグレイなのだから、グレイだけで行けばいいと言っているのだ。
いや、ただ単にシェリーの側を離れるのが嫌だという理由だろう。
「え、でも受けた方がいいと思ったから」
「グレイ。この4件どう見てもこの国の辺境に位置しているじゃないか!移動だけでどれだけ日数がかかると思っているんだ?」
「わかっているけど···あの時は受けたほうがいいと思ったんだ」
グレイは受けたほうがいいと再度言う、依頼をルークは気になり、グレイの横からその依頼の書かれた用紙を覗き見た。
「あっ」
思わずルークは声が漏れてしまって、慌てて手で口を押さえる。
「なに?ここに何かあるのか?」
グレイがルークの反応を気して聞いている。すると、ルークは印が付いている地図上の一点を指した。
「ここダンジョンがあるよ。昔姉さんが空の実という物を取ってきてくれたんだ」
「『クウノミ』?」
グレイは聞いたことがないと首を傾げ、目の前のオルクスとリオンも意味がわからないという表情をしている。
「それを食べると空が飛べるんだ。飛べると言っても騎獣のように速く飛べるわけじゃなくて、この家の屋根ぐらいまでなら浮遊できたよ」
恐らく本当にただ宙に浮くという代物なのだろう。そんな物を何故シェリーが穫ってきたのだろうか。
「体幹を鍛えるのにいいんだ。空中でバランスをとるのは凄く難しくて、僕は父さんみたいに浮遊の魔術って使えないから、『空の実』欲しいな」
これは騎士になると決めたルークの為にシェリーが穫ってきたのだろう。弟の為なら辺境のダンジョンでも2日も掛けずに制覇して戻って来ていたはずだ。シェリーは家を空けるのを常々嫌がっているのだから。
そんなシェリーがルークの朝食だけをトレイに乗せて持ってきた。そして、地図上に示された場所を横目で見て言ったのだ。
「グレイさんが必要だと思ったのであれば行ったほうがよいでしょう。きっとナディア様の啓示でしょうから」
そう言って、ルークの前だけに朝食を置き、シェリーはキッチンに戻って行ったのだった。
 




