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「ズルい。ズルい。ズルい。ズルい」
キッチンでお玉を持ったエプロン姿のシェリーに、そう言って抱きついているのは、日が暮れた庭で目を覚まし、シェリーのところに駆け込んできて、シェリーを見てしまったオルクスだった。
オルクスはシェリーに抱きついているものの、その目はキッチンの奥でシェリーの作業を手伝っているカイルを睨みつけている。カイルはというと、その視線を向けられて、苦笑いを浮かべている。
「オルクスさん、邪魔です」
オルクスにへばりつかれているシェリーは当然ながら、オクルスを邪魔扱いする。そこに、リオンとスーウェンもダイニングに入って来た。
最初は二人共、なぜあそこに倒れていたのだろうかと話しながら入って来ていたが、ダイニングに入った瞬間、いつも違う何かをまとったシェリーを目にして、シェリーに駆け寄る。
「これはどういうことですか!」
「おい!カイル!お前シェリーに何をした!」
やはり二人共、シェリー越しにカイルを睨み付けている。それも狭いキッチンに大人が5人も入っているのだ。シェリーの額には血管が浮かび出てる。
もうすぐ、ルークが帰ってくるというのに、このままではルークが戻ってきた時に夕食が出来上がっていないことになってしまう。
「オルクスさん、スーウェンさん、リオンさん、夕食抜きでいいですか?」
シェリーの、番が作った食事が食べれないということは、彼らにとって耐えれないことだ。それも名指しで言われたということは、カイルとグレイは食べられるが、それ以外の3人には与えられないということを指し示しているのだ。それは耐え難き屈辱である。
だが、カイルを許すわけにはいかない。一人に対して五人の番だ。これを許せば、カイルの一人勝ちになってしまう。
オルクスは渋々シェリーから手を放し、カイルを睨みつけ、親指を立てて、後ろを指し示した。
「カイル、ちょっと話し合おうか」
話し合いで済むような雰囲気ではない、3人に対してカイルはニコリと笑って答える。
「シェリーの手伝いをしているから無理だね」
ここに居るのが己の特権だと言わんばかりに言い切るカイル。その言葉にオルクスとスーウェンとリオンの纏う雰囲気がさらに嫌悪さを増した。
そのような雰囲気の中でもシェリーは気にすることなく、スープの鍋をかき混ぜ、味見をして調味料を足している。
「こっちに来ないって言うなら、無理やり引きずり出すぞ」
オルクスのイライラが頂点に立っているのか、オルクスの斑の尻尾がバシバシと壁を叩き出した。
その音に無視を決め込んでいたシェリーが苛立ちを顕わにする。スープの鍋に蓋をし、お玉をお玉置きに置いて、右手を握り込む。
「埃が立ちます!」
そう言ってシェリーの側にいるオルクスのみぞおちにシェリーの拳がねじり込まれる。その拳にオルクス専用のお仕置きスキルを上乗せする。
スキル
『猫パンチ』
人族であるシェリーが獣人であるオルクスの反応速度を超え、一撃を入れることができるスキルだ。
シェリーの拳の直撃をもろに受け、キッチンから吹き飛ばされるオルクス。リオンとスーウェンはすぐ入り口に居たため、シェリーが拳を構えた瞬間、横にスライドをして、余波を受けることは免れたのだった。
そして、シェリーが拳を振り切ったところに丁度ダイニングの扉が開く。
「姉さん!ただいま···え?」
ルークが帰ってきたのだ。ルークが扉を開いた瞬間に見た風景とは、すごい勢いで目の前を飛んでいったオルクスに拳を振り切った姿のシェリーだったのだ。それは扉のところで固まってしまうだろう。
「ルーちゃん、おかえりなさい。手を洗って着替えてきたら、ご飯にしましょうね」
今までの機嫌の悪さが嘘のようにシェリーはニコニコと笑みを浮かべ、ルークの側に駆け寄る。
「今日は買い物に行ったら、珍しい食材が出ていたの。だから、今日はユニコーンのスープなのよ」
食材?ユニコーンは食材なのだろうか。しかも、ユニコーンというものは市場に出るのだろうか。普通は稀少な素材として取り引きされるものではないのだろうか。
「ユニコーン!!僕、ユニコーンのスープ大好き!いつぶりぐらいだろう。ずっと前に父さんが大量に狩ってきたとき以来だね」
これはオリバーが素材欲しさに大量に駆逐し、必要な素材以外を肉として処理をしたということだろうか。
大量に?駆逐?
市場に出るほど大量に?
これはもしかして、どこかの公爵夫人が関わっていないだろうか。素材を集めるために、大量のユニコーンを····いや、ここで予想を述べるわけにはいかない。その原因が先日言ったシェリーの言葉だったとしても。
「じゃ!直ぐに着替えてくるね!」
ルークは目の前で起こったことはなかったように、笑顔でその扉を閉じたのだった。自分は何も見なかったと。
 




